《星の海で遊ばせて》トラバース(6)
二人分の弁當と水筒を機の上において、詩乃は早速、食べ始めた。
スクランブルエッグとひきと桜でんぶの華やかな三食丼にマカロニ、ほうれん草の胡麻和え、八寶菜。八寶菜は詩乃の十八番料理だった。
「おいしい!」
シンプルな柚子の想だが、それが一番詩乃には嬉しかった。勝手に弁當を作ってきて、外を歩くつもりが、代り映えのしない文蕓部の部室に連れてこられた――それに対しては、不満はないのだろうかと思いながら。
「どうしよう私、やっぱり、絶対水上君に料理勝てないよ!」
「そんな、料理人じゃないんだから」
「だって、私だって、水上君に味しいって思ってもらえる料理、作りたいもん」
「いや、そんなさ――」
作ってもらったものを食べて、不味いなんていう人いないよと、詩乃はそう言おうとした。しかしふと、自分を顧みた。そう、普通は、彼が一生懸命作ってくれたものを、多味がアレでも、面と向かって「不味い」なんていう男はいない。焦げたクッキーを、「味しいよ」と食べ切る、というシーンは、創作でも現実でもよくある景だ。
しかし、自分はどうだろうかと、詩乃は思いなおした。
そうだ、自分は、そういう所で平気で、「味しくない」と言ってしまう人間だ。料理でも何でも、自分のに合うか合わないかを、すぐに評価しようとする。だから、小説でも何でも、好き嫌いが激しい。文章を読んでも、飲みを飲んでも、嫌いなものは大嫌いだと思う。人の気持ちより、必ずそれが優先する。
そうだ、まさにそれが、問題なんだ。
新見さんに知ってもらいたいのはそれなんだと、詩乃は言葉を選びなおして答えた。
「新見さん、本當を言うと、自分は、そう言う所があるんだよ」
柚子は小首をかしげた。
そう言う所、の意味するものが分からなかった。
「例えばさ、新見さんが、何か料理を作ってくれたとするでしょ。で、普通は、それが多自分の好みに合わなくても、味しいって言ってあげるよね」
柚子は、頷きかけて、やめた。
ここのけ答えは、何か、ものすごく重要な気がしたのだった。
「でも、自分は、それが嫌なんだ。誰が作ってくれても、好みに合わないものは合わないって、はっきり言っちゃう。――そんな奴なんだよ」
詩乃は、じっと、箸を持つ柚子の手のあたりを見つめた。
「――じゃあ、いつもの厚焼き玉子は!?」
「味しいよ。あれは、味しい。だから味しいって言ってるんだよ。でも不味かったら、やっぱりそう言うと思う。――新見さん、たぶんね、こんな自分勝手な人間に合わせてたら、そのうち疲れちゃうよ」
柚子は、靜かに詩乃を見つめた。
話の雲行きが、急に怪しくなってきたのをじた。
「きっと新見さんは優しいから、自分がね、例えば、これは不味いとか、こういう味が好きとか言ったら、それに合わせて々頑張ってくれるんだと思う。そうでしょ?」
「でも私……それは全然苦じゃないよ。むしろ、水上君の好みとか、もっと知りたい」
詩乃は首を振った。
「料理だけの話じゃないんだよ。この間だって、そんなことで水族館、途中で出てきちゃったし――ライトの合とか、展示の仕方なんて、どうでもいいのにね」
詩乃はそこで一旦言葉を切って、左手で顔を覆った。
「――でも、ダメなんだよ。だから絶対、新見さんを振り回すことになる。普通の〈彼氏〉を演じようとしても、やっぱりダメだった。――八寶菜、味しい?」
「お、味しいよ――」
「八寶菜はね、絶対にミズグワイとキクラゲ、それにエビがってないとダメなんだ。ミズグワイは、ちゃんと水を切っておかないと不味い。野菜は、湯通しでもいいけど、できれば油に通してから炒め合わせたい。――プロでもないのにね」
ちょっと待ってと、柚子はバックからメモ帳を取り出して、メモを取り始める。バックにメモ帳をれるのは、詩乃の影響だった。それまでは、メモはスマホを使っていた。
「たかが料理の一品だよ。たったそれだけで、新見さんにメモを取らせてさ、それできっと、新見さんは、家で練習するんでしょ?」
詩乃に言われて、柚子は手を止めた。
はっとして、顔を上げる。そうして柚子は、詩乃の寂しそうな目に見つめられているのに気づいた。
「新見さん、自分は、沈むとわかってる舟に、好きな人を乗せられないよ」
詩乃の表、口調、そして言葉を聞いて、柚子は、自分が今、詩乃に別れ話を切り出されているのがわかった。
「……このままじゃダメだと思うんだ」
ぽつりと、詩乃が言った。
柚子は、近頃の悪い予が、ただの予ではなかったことを知った。
「水上君は、私といるの、嫌……?」
靜かに、慎重に柚子が訊ねる。
詩乃は言葉を選びながら答えた。
「新見さんは、不安にならないの? たった一回のデートさえ、ちゃんとできない男と、ずっとやっていけると思う?」
詩乃の険しい目で見つめられて、柚子は、聳え立つ崖を前にしたような気持ちで、竦んでしまった。これから先のことなんて、柚子は考えていなかった。ただ目の前の水上君のことが好き、そう思ってきた。それに、誕生日もクリスマスも、柚子にとっては、〈失敗〉ではなかった。水上君のことを知ることができた、貴重なデートだったのだ。
詩乃は、柚子の目の奧を見つめながら言った。
「だからさ――」
別れよう、と詩乃の口元にその言葉が出かかった時、柚子は、慌てて口を開いた。
「待って待って!」
柚子はそうして、聲と、振り手振りで詩乃の言葉を遮った。
「水上君、今度星見に行こう、星!」
「え、星?」
「うん、星!」
話の唐突さに、詩乃は思わずきょとんとしてしまう。
今、別れ話を切り出していたのに、どうしてまた、デートのいなんて……。詩乃は一瞬そう思ったが、し考えると、なるほど、〈別れ〉のシチュエーションを整えるという意味では、星はぴったりなのかもしれないと、そう思った。距離も時間も、人間にとっては無限に近い星。それを見れば、自分たちの関係の有限さ、小ささをじずにはいられなくなることだろう。
「……行こうか」
「うん、行こう!」
柚子はうんうんと、頷いた。
詩乃の目を、そうしてじっと見つめる。詩乃に縋りつくような気持ちだった。
別れるなんて、絶対に嫌だ。
水上君の隣にいる!
柚子は、そんな気持ちを目に込めていた。
「どこに行こうか。場所は――」
「私が決めとく! 大丈夫だから!」
「う、うん……」
柚子の妙な気合に、詩乃は押されてしまうのだった。もしかすると、新見さんも、その日に結論を出す踏ん切りがついたのかもしれないと、詩乃は思った。
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