《星の海で遊ばせて》トラバース(8)

「柚子は、水上とはどうなの」

ドキンと、一瞬息を詰める柚子。

しかし柚子は、むしろ、その話をししてみたいと思っていた。柚子は、ずっと悩んでいた。詩乃との會話や、その細かいこと――例えば詩乃が映畫音楽を聞いて泣いてしまったとか、水族館で気分が悪くなってしまったとか、そういうことは誰にも話していない。年の初めのダンス部の合宿で、ダンス部の同級生や後輩が、彼氏のことを赤々に語っているのを聞くにつけ、それに対して挾まれる辛辣な意見を聞くにつけ、柚子は、その気持ちを強くしていた。水上君のことは、絶対に悪く言われたくない、そう思われたくもない――しかしそう思いすぎてしまったせいで、今度は、紗枝にも千代にも、何も相談できなくなってしまって、そのことは、柚子にとっては大きなストレスになっていた。

本當は、話したいことがたくさんあった。

二人のことを信用しきれていない自分を、柚子は恥じ、そのことも、柚子を殻に閉じ込めさせていた。私なんて、友達失格だと、そこまで考えていた。

「ほら、私たちのことは大きな、なんだっけ……カボチャ? まぁなんか、そういうもんだと思って」

千代が、いつものような明るい調子で言った。

「カボチャはともかく、悪いようにはしないよ」

紗枝も、千代の言葉に続けて言った。

二人の言葉を聞いているだけで、柚子は泣きそうになってしまうのだった。ここ最近の一番の悩み。そんなことは、柚子の中でははっきりしていた。そのことを口にしたら、きっと泣いてしまう。こんなところで、いきなり泣かれたら、きっと二人は困ってしまう。だから、泣きたくない。

でも――。

柚子は、込み上げてくるを、どうしても、抑えておくことはできなかった。口を開くと、先に涙が出てきた。

「水上君に――」

柚子は、両手で目を覆った。

「水上君に、別れ話されちゃったよぉー……」

そう言って、泣き出してしまった柚子に、千代と紗枝は慌てて寄り添った。柚子ってこんなに大泣きするの、と思うくらいの泣き方で、二人は驚いてしまった。

別れ話を切り出されたから、慌てて星を見に行くというデートの約束をした、そんな狀態であると、風呂から上がって落ち著いた柚子から、紗枝と千代は聞かされた。柚子の中では、詩乃とはすでに〈別れ〉まで秒読みの段階にっているという認識だった。

話を聞き終えた千代と紗枝は、どう思う? と、互いに目で確認し合った。

「別れたいというより、ちょっと自信無くしてるだけかもよ?」

千代はベッドに腰かけ、絨毯の上にペタンと座るペンギン姿の柚子に言った。柚子の隣には若草のパジャマを著た紗枝がいる。紗枝は、千代の意見には同意していたが、その千代のあんまりな格好に、頭を抱えるのだった。千代は今日、洋畫のベッドシーンで見かける、かなり際どいレースの白いネグリジェを著ていた。

「――だって、もし本気で別れたいと思ってたらさ、デート、オッケーしないんじゃない?」

千代は、自分の場違いな格好は気にもせずに、いたって真剣にそう言った。それがまた、紗枝の笑いのツボを刺激した。

「でも、次のデートを最後の思い出作りに、とか思ってるかも……」

千代は、柚子のその意見に、考え込んでしまった。確かに、その可能もあるかもしれない、と。そんな沈黙を、紗枝の笑い聲が破った。あはははは、と急な笑い聲に、柚子も千代も顔を上げる。

「紗枝、真剣な話してんだから――」

「ごめんごめ――いや、千代が原因だから! 似合ってるんだけど、ふざけすぎ! 柚子も、なんでペンギンなのよ」

そこで初めて、千代と柚子は、自分たちの格好の珍妙な組み合わせに気づいた。

ダンス部はこれで大丈夫なのかと紗枝は思ったが、ダンス部は普段々な裝を著るので、多変でも、それを普通と思ってしまうふしがあった。

「えーと、柚子。たぶんその、水上はさ、打算でくタイプじゃないと思うんだよね」

「打算?」

「思い出作り、とか、あの水上が考えると思う?」

紗枝の指摘に、柚子は、確かにそうだ、と思った。

「水上も水上なりに、何か悩んでんじゃないの? 私がもし柚子の彼氏だったら、やっぱり悩むと思うよ」

「あぁ、そっか」

千代が言った。

「柚子の彼氏特有の悩みって、あるよね絶対」

柚子は、そう言った千代を不安げな目で見る。

「節目ごとに告白される彼じゃあねぇ」

と、紗枝が言うので、柚子は今度は、紗枝を見る。

ひょこひょこと首を振る柚子の仕草に、思わず千代は笑ってしまう。そうしてふと、千代はあることを思い出した。

「柚子、そういえばさ、イブのダンスの時告白されたこととか、誕生日、男子からプレゼント貰った事とかって、水上君に言ってるの?」

「え……?」

柚子は一瞬、ぽかんとしてしまった。

「言ってない、けど……」

ふむふむと、千代は腕を組んだ。

「もしかして、そのこともあるのかも」

そのことって? と、柚子は首を傾げる。

「水上君が、実は噂でそれを知ってて、もやもやしてるとか」

「え!」

思いもよらない千代の指摘に、柚子は息を吸い込んだ。

し考えると、これはかなり、重大な問題な気がすると思う柚子だった。自分のが疑われている可能さえある。

「でもさ、告白する男ってさ、何考えてるのかわからないよね、正直。だって、柚子に彼氏いるの知ってて告白とかするわけでしょ。どういう神経って、思っちゃう」

千代が言った。

それに対して紗枝は冷靜だった。

「まぁ、男は闘爭本能が湧いてくるんじゃない? だって、そういうところあるでしょ。略奪とか不倫とか。私なんかはされないけど、柚子ならあるでしょ」

「あぁ……まぁ、言われてみれば、そういうもんかぁ」

腑に落ちないような、ちょっと納得したような気持ちで、千代が相槌を打つ。

柚子は、水上君に誤解されているかもしれない、信用を裏切ったように思われているかもしれない、そう思うとが苦しくなってくるのだった。

「私、誤解されてるのかな」

柚子がぽつりと言った。

紗枝と千代は頭をひねった。

「柚子、水上君にちゃんと甘えてる?」

「え!?」

千代の言葉に、柚子は驚き、そうして次第に、その顔が赤くなっていった。詩乃に甘えてしまった々な場面を思い出してしまったのだ。

「私はねぇ、そこは大丈夫だと思うよ」

紗枝が言った。

「前、夏祭りの後のこと、柚子も覚えてるでしょ? たぶん、信頼を裏切られたとか、そういう風に思ったら、水上は極端な行をとると思うのよね。そもそも不用だし。だから、柚子のを疑ってるんだったら、星を見に行くなんて話になってないと思うのよ」

なるほどと、千代は紗枝の分析に心してしまった。

しかしその分析は、紗枝からすると簡単なことだった。まず柚子は、がわかりやすい。特にプラスのは、かなりわかりやすく表に出る。水上も、イブのダンス會の時に、柚子の無防備さについて私に聞いてきたくらいだ。それくらい――たぶん水上からすると、怖いくらいに無防備なのだろう。むしろ水上は、を疑っているよりは、を向けられすぎて、それをどう扱っていいかわからない、そんな所なのだろうと、紗枝は推理していた。

柚子の部屋を見れば、前に來た時と明らかに違う箇所がある。棚の上の本の量だ。柚子のベッドの奧側はベランダで、手前側には、タンスと電子ピアノが置いてある。その棚の一段目は鍵がかかっていて、中には詩乃の書いた本や、詩乃からもらったものなどがっている。そしてそのタンスの上は、前は何もなかったが、今は、文庫本やDVDが並べられている。紗枝は聞くまでもなく、それが詩乃の影響によるものだとわかっていた。――柚子は、詩乃に対するそこまでのを、隠せるようなの子じゃない。こういったを、ほぼストレートに水上に表現しているはずだ。そのけて、それを疑うというのは、いくら水上でも考えにくい――紗枝はそう思った。

「言った方がいいかな……」

柚子が、不安になって訊ねる。

「言うんだったらちゃんと、どうしたか、まで言わないとダメだよ」

千代が応えた。

「どうしたかって?」

「ちゃんと斷った、ってさ。斷ったんだよね?」

「斷ったよ!」

「わかってるわかってる」

よしよしと、千代は、ムキになって応える柚子のペンギンフードの頭をでて落ち著かせた。

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