《星の海で遊ばせて》トラバース(9)

「私も、紗枝の意見に賛だな。みっくんも――」

と、千代が切り出した。

「やっぱり、男子ってさ、プライドがあるんだよ。弱い所を見せられない、みたいな。だから、そういう所を彼に見せちゃった時なんかは、男としての自信を無くしちゃうっていうかさ……柚子、心當たりある?」

千代に聞かれて、柚子は、レストランで詩乃が泣いてしまった場面や、水族館で調を崩した時の、詩乃の暗い顔を思い出した。柚子の表をみて、千代と紗枝は、笑みを浮かべて頷いた。

「じっくりだよ柚子」

「そうそう、水上って、たぶん彼とか初めてなんじゃないの? だから、どうしていいかわかんないのよ。しかも最初の彼が、柚子じゃさ」

「そうそう! 大丈夫だよ柚子」

二人に勵ましは、柚子には心強かった。二人に言われると、大丈夫なんだ、という気になってくる。

「じゃあ、別れ話じゃなかったのかな……?」

柚子は安心して、呟くように二人に聞いた。

しかし、紗枝も千代も、そう聞かれると、はっきり頷けなかった。

「え、違うの!?」

急に梯子を外されたような心地で、柚子は聲を上げた。

紗枝も柚子も、顔を見合わせて、首を傾げてしまった。詩乃が、柚子に別れ話を持ち掛けたということは、たぶんそうだったのだろうと、二人は思っていた。『このままじゃダメだと思う』なんていう言葉は、別れ話でもなければ出てこない。なくとも、別れるということを選択にれながら、詩乃は柚子に話したのだろう。

「……絶対別れたくないよ。水上君しかいないと思う」

そんなことを平気で言い出す柚子。

そんな真っすぐな言葉、許されるのは柚子だけだよと二人は思った。

「うーん、まぁ……柚子がそう言うなら、そうなのかもねぇ」

紗枝が言った。

「どういうこと?」

千代は紗枝に聞き返す。

「だからさ、その、柚子の、水上しかいないっていうの」

「あぁ、運命の相手的な」

紗枝は頷いた。

柚子はこれまで、たくさんの男から告白されてきたことを紗枝は知っている。花畑で花を摘むように、柚子は、その気になれば男を摘むこともできたのだ。実際柚子には、彼氏がいたこともあった。でも結局、いつも柚子から別れを告げる。付き合う時も、いつも相手から。花の方から、柚子の花籠に飛び込んでくる。そんな、ちょっと羨ましいようなばかりをしてきたのが、新見柚子というの子だ。

だから柚子は、実際の所、目がえているはずなのだ。ずっと花畑にいて、花に囲まれてきたのだから。そんな柚子が、水上詩乃を選んだ。籠を放り捨てて、なんだか必死に、その何かよくわからない、とにかくちょっといびつな形をしているであろう花を、必死で追いかけている。だからたぶん、柚子が『水上君しかいないと思う』と言うなら、たぶん、気の迷いとかではなく、そうなのだろう。

「水上に直接聞いてあげようか? どうなのって」

「ダメ!」

紗枝の申し出を、柚子が慌てて卻下する。

紗枝はため息をついた。

「まぁ、実際、私が聞いたって、水上は答えないだろうね。柚子にしか心を許してないっぽいし」

「そうかな?」

「うん。大、しゃべるの柚子だけでしょ、水上って」

「うん、そうかもしれない」

へぇ、そうなんだ、と千代が呟く。

「そういう意味じゃ、水上の事を一番知ってるのは、やっぱり柚子よ。星のデート、日程とかは決まってるの?」

「うん。來週の土曜日。ムーミンバレーに行こうかなって」

紗枝の質問に柚子が応える。

えっ、と千代が聲を上げる。

「ムーミンって、フィンランドかどっかでしょ!? 海外旅行!?」

「違う違う!」

柚子が笑いながら答える。

「飯能の方にあるんだよ。ムーミンのテーマパーク」

「あ、そうなの!?」

千代は、自分の勘違いに笑ってしまう。

「振られないように頑張らなくちゃ」

いつの間にか、柚子の気持ちは上向きになっていた。

柚子の口から『振られないように』なんて言葉が出てくることの意外に、やはり紗枝と千代は、顔を見合わせてしまうのだった。こんな健気な柚子の姿を見ていると、二人は、無條件で応援したくなってしまうのだった。

「何か特別なプランとかある? もし必要なら、アイデア出すよ」

千代が言った。

「特別なことは考えてないんだけど……」

と、柚子はそう言ってから、今、どうしようか悩んでいることを口に出してみた。

「お弁當、食べてもらいたいなって……」

「それいいじゃん!」

千代が絶賛した。

「そうかな? 変じゃないかな? 嫌われないかな?」

「私は全然いいと思う、っていうか、喜んでくれると思うけど――紗枝はどう思う?」

「うん、いいと思う」

千代はうんうんと頷き、柚子を見つめる。

「もうさ、迷ったらやっちゃった方がいいよ。何作るの? 決まってる?」

「八寶菜」

「八寶菜!?」

素っ頓狂な聲で千代が聞き返す。

「うん」

頷く柚子。

なぜか意志が固そうなので、獻立には、千代も紗枝もれないでおこうと決めた。

「――水上君に作り方教えてもらったんだ」

「八寶菜の?」

「うん。なんか、好きみたい」

「なーんだ!」

全然仲いいじゃんと、千代は思った。

別れ話とか、やっぱり柚子の一方的な思い込みなんじゃないかと思ってしまう。

「でも、いいのかなと思って」

「何が?」

「水上君の作るのと全く同じ材で作るのって、どうなのかなって……」

千代はし考えてから、あー、なるほどと思った。

彼氏に盡くすというのも、け取る相手によっては、印象が悪かったりする。彼氏の好きなものをそのまま作るのも悪くないが、そこに窮屈さや足りなさを、彼がじないとも限らない。

「――じゃあさ、ちょっとアレンジしてみたら? 私の八寶菜はこうよって」

私の八寶菜って何よと、紗枝が笑いながら突っ込んだ。

「レモンとかれてみたら。料理部のジンクスであるって言ってなかったっけ?」

「レモン果りのオムレツね」

紗枝が訂正する。

「そうそれ」

「八寶菜にレモンはどうなのよ」

紗枝が言った。

「じゃあ、パイナップルとか」

「クセが強いでしょ」

そっか、と千代。

マシュマロ、餅、柿ピー、松茸――材の案がいくつか出たが、どれもこれも、無茶すぎるか、八寶菜には合わなそうなものばかりだった。そこでふと、紗枝が思いついて言った。

「柚子は?」

千代と柚子が固まる。

「え、私……?」

「紗枝、気持ちはわかるけど、ちょっとそのプレーはハードだよ!」

ぶふっと、紗枝は噴き出した。

「そうじゃなくて、柚子だよ柚子、本の!」

「私本の柚子だよ!?」

「違う! 柑橘類の!」

紗枝に言われて、千代と柚子は、はっとした。

「「それいいかも!」」

千代と柚子は、二人して言った。

柚子をれると聞いて、柚子のとか髪のれるという相當背徳的なことを考えていた千代は、改めてケラケラと、聲を上げて笑ってしまった。

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