《星の海で遊ばせて》トラバース(10)
二人に悩みを聞いてもらって、柚子は、きっと水上君とはうまくやっていける、そんな風な前向きな気持ちで、デートまでの一週間を過ごそうと思っていた。週明けは、確かに柚子は、そんな気持ちでいた。月曜日の詩乃との晝食も、火曜日のダンス部の練習も、柚子は充実した時間を過ごしていた。
ところが、水曜日あたりから、「でも本當は、水上君は、私と別れたいんじゃないか」という気持ちが、むくむくと、心の中で膨らんできた。翌日の木曜日になると、その不安は、朝起きた時からもやもやと、柚子の心に錘のように乗っかって、心だけではなくも、だるくなってしまった。それでも、晝休みは詩乃の部室に行くと決めていたので、二人はその日、一緒に晝食を食べた。
その時に、ちょっとした出來事があった。
詩乃は、明後日の天気が悪いのを週間天気予報で確認して、そのことを柚子に話した。
「土曜日、天気悪そうだね」
何気ないたった一言だった。
ところが、その一言に、柚子はを昂らせて言った。
「晴れるかもしれないじゃん!」
え、と詩乃は、柚子が突然怒り出したので、驚いてしまった。
「う、うん、晴れるかもしれないけど――」
「水上君、そんなに私とお出かけするの嫌なの?」
普段とは違うきつい口調に、詩乃は一瞬狼狽えてしまう。ただ、普段よりきついとはいっても、柚子の聲質というのはやんわりしていて、しかも選んでいる単語も可らしい。怒っているのに『お出かけ』なんて言葉を使っているのが本當に新見さんらしいなと、詩乃は思った。
「雨でも行こうよ」
詩乃の返しに、柚子は混して、むすっと口を尖らせた。
「じゃあなんで、わざわざ天気の話なんてするの」
「天気の話が好きなんだよ」
そんなの噓じゃん、と柚子は思ったが、しかし、詩乃に言われると、本當にそうなのかな、と思ってしまう。そうして一瞬落ち著くと、柚子は、なんで自分は、水上君にこんな態度を取っているのだろうと、自己嫌悪に陥った。
一方詩乃は、自分でも驚くくらいに、冷靜だった。
詩乃はもう、別れについて十分考えていたので、柚子に多きつい態度を取られたとしても、あまり怖さはなかった。この場で新見さん方から別れを告げられてしまえば、それはそこまでの話だし、そうでなかったとしても、明後日には、何かしらの結論が出る。この一週間で、新見さんも、自分との関係を考えてくれたに違いない。それで別れるかどうか、それは、今日でなくても、明後日には決まる。
そんな風に思って冷靜でいた詩乃は、柚子がいつもとは明らかに違うのがわかった。こんなに骨に不機嫌な態度を取るなんて、今まで一度もなかった。教室でも、二人でいる時も。
そこで詩乃は、前回の小説を書くときに仕れた、のと心の生理學的な知識を、頭の図書館から引っ張り出してきた。そうして、これはもしかすると、特有の狀態なのではないか、という結論に至った。直接本人に聞くなんて無粋なことはできないが、今日は、〈かもしれない運転〉で會話をしようと、詩乃は決めた。
その日の晝ご飯はその後も、柚子は何度か、詩乃を非難するするような事を言ったが、詩乃は言葉遊びのようなことをしながらのらりくらりとを躱し、どちらも傷つかないように會話を進めた。
翌日の金曜日。
柚子は、部活を休んで放課後、文蕓部の部室に顔を出した。
ダンス部を休んだのは調の悪さからだったが、文蕓部の部室に來たのは、昨日の自分の態度で、水上君に今度こそ嫌われたのではないか、という不安のせいだった。しかし今日は、昨日にもまして、調も、そして気持ちの方も、良くなかった。
柚子は、晝食用の緑クッションの椅子に座り、機に突っ伏した。詩乃は、肘をつく手を解いて、柚子の頭を見下ろした。
――今日は部活は、無かったのだろうか。
そんなことを思う詩乃だったが、そのことは、聞かないことにした。部活があろうとなかろうと、新見さんが選んでここに來ているのだから、別にそれを、ああだこうだ言う必要はない。それにやっぱり今日も、の合が悪そうだ。
「最近冷えるよね」
詩乃は、柚子に話しかけた。
柚子は、顔だけを持ち上げて、うん、と頷いた。
瞼が重たそうだった。表も曇っている。
詩乃は、椅子を回転させて柚子に向き直り、その首筋を右の手の甲でった。熱い――けれど、風邪で熱が出ているというような高熱でもない。
詩乃にれられて、柚子は、うっとりとめを細めた。
「溫、高いね」
「うん……」
柚子はそう返事して、ふうっと、ため息をついた。
風邪か、それともやっぱり、特有の調変化なのか、詩乃にはイマイチ判斷がつかなかった。明日は、星を見に行く約束をしているが、大丈夫なのだろうか? そんな疑問を詩乃は頭に浮かべたが、しかし次の瞬間、別に明日行く必要はないじゃないかと理とが同時に即答した。
大丈夫? と聲をかけようとした詩乃だったが、その言葉が空々しい気がして、言葉を言うのはやめた。その代わりに、黙って柚子の背中をでた。貓か兎か、らかい背中。それに、暖かい。
「うーん……」
気持ちいいのか、苦しいのかわからない聲をらす。
本當に大丈夫だろうかと、詩乃は心配になってきてしまう。
背中から手を離すと、柚子は両手で詩乃の手を追いかけて來て、その手首をつかむ。
詩乃は、手のひらで、柚子の頬をった。
ふわっと、何とも言えないなめらかな。柚子にれるたび、詩乃は、これは幻なのではないだろうかと、どうしても疑ってしまうのだった。辛そうな柚子には申し訳なく思いながら、詩乃は、この瞬間が幻ではないことを、もうし確かめていたいと思った。
しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。やっぱり新見さんは、何が原因であるにせよ調不良だ。こんなところで自分が新見さんにれていても、新見さんの調が良くなるわけでもない。自分が新見さんにれているうちには、きっと新見さんは、調が悪くても、それを拒絶したりはしないだろう。無理してこのまま、自分がれるのをけれてくれる。
だからダメなのだと、詩乃は思った。
新見さんの優しさは――特に自分に対する思いやりは、を亡ぼすような危険な思いやりだ。だから自分は、新見さんをちゃんと、道に戻さないといけない。今日はもう、今すぐに家に帰さないといけないし、明日のデートは、中止にしないといけない。それは、新見さんが何と言おうと、そうさせないといけない。それで、新見さんに何と思われたとしても。
詩乃は決意すると、柚子に言った。
「今日は、もう帰ろう」
「なんで……?」
「家でゆっくり休んだ方がいいよ」
詩乃はそう言うと、柚子の頬から手を引いた。柚子は反的に、その手首を、両手でまた追いかけた。仕方なく、詩乃は右手の袖口を柚子に摑ませて、左手でスマホを弄った。日本通のサイトから、タクシーを呼ぶ。
「どこ電話してるの?」
「タクシー會社」
「え、なんんで。まだ帰らない」
詩乃は首を振る。
「なんで、私帰らないよ。ここにいる」
詩乃は、柚子の言葉を無視して、電話をかけた。2コールで、電話がかかった。
「もしもし、あの、タクシーをお願いしたいんですけど。はい、えーと、日暮里の、茶ノ原高校の前――正門のあたりでお願いします。はい……高校生なんですけど、はい、ええと、正門から文京區の――」
詩乃は、電話で柚子の家の住所を相手に伝えた。
駅からすぐにタクシーを一臺向かわせるということですぐに話が付いた。數分で行きます、ということだった。詩乃は電話を切り、スマホをポケットにしまった。
「さ、帰ろう」
「なんで勝手に決めるの。私まだ一緒にいたいのに」
柚子の不機嫌そうな顔と聲。
詩乃は、くじけてしまいそうになるのをなんとか神力を支えにして持ちこたえた。ここまでの柚子の様子を見て、詩乃は、たぶん今日の柚子のこの調不良が、風邪ではないということがわかってきていた。
詩乃は、柚子の赤いコートをとってきて、柚子の背中に被せた。
「立てる?」
「立ちたくない」
「ほらもう、タクシー來るから」
しぶしぶ、柚子が立ち上がる。詩乃は、柚子の腕をコートに通してやり、自分のと、柚子のスクールバックを片手ずつに持った。二人で廊下に出て、部屋の電気を消す。CL棟から學校の正門まで歩き、外に出ると、もうタクシーは來ていた。
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