《星の海で遊ばせて》それでも息はできるから(2)

休み明けの詩乃との電話の後、柚子は、詩乃としの間、距離を取ることにした。本當は晝休みも詩乃と一緒にお晝を食べたかったし、ダンス部が休みの日は、放課後すぐに、文蕓部の部室に行きたかった。何も話せなくても、とりあえずは、詩乃のそばにいたいと思った。話しかけてみよう、部室に行ってみよう――しかしそう思うたびに、詩乃から電話で言われた言葉が脳裏によぎった。――『話は落ち著いてからにしよう』。思い出すたびに、その言葉は冷水の様に、柚子を立ち止まらせ、衝の炎を鎮火させた。

柚子は、詩乃の言葉を、『しばらくは會いたくない、話したくない』という意味だと思っていた。本當に、水上君を怒らせてしまった。このまま、関係が修復できなかったらどうしよう。そんな不安の中、柚子は過ごしていた。

ダンス部は、四月の新生歓迎會に向けて新しい曲に取り組み始めている。勉強の方も、三月頭の後期テストまで一か月を切った。そんな中で、柚子も、詩乃の事で落ち込んでばかりもいられなかった。勉強の時は勉強、ダンスの時はダンス――特にダンス部では、二年生はもうほとんど最高學年のようなものだ。元気のない顔を後輩に見せるわけにはいかない。そう思い、柚子は、教室でも部活でも、できるだけいつも通りに振る舞った。

しかし、事を知っている紗枝や千代からすると、柚子のそうした態度は、かえって痛々しかった。電話で、どのような話が柚子と詩乃の間にあったのかは、紗枝も千代も知らなかった。そこで決定的な別れ話があったのか、それとも、まだそこまでいっていないのか、二人からすれば気になって仕方が無かったが、柚子がそのことを言わないので、それを無理やり聞き出すという風には、二人とも思わなかった。思いやりとお節介の違いをちゃんと弁えて接するようにしようと、紗枝と千代は、二人で話し合って決めていた。

そうして、二月の第一金曜日になった。

その日は、放課後に次期部連會が開かれる。

茶ノ原高校は部活數が多いので、運部連、蕓部連、工作部連と、三つの部連があり、各部活は、そのいずれかに所屬し、部連ごとに部活は管理されている。今日は、來年度の部長と、副部長が決まっているところは次期副部長も出席し、部連ごとに顔合わせをする。

ダンス部や寫真部、軽音楽部などは全て蕓部連で、蕓部連の部連會は、SL棟――一年生教室棟の三階會議室で行われる。

長方形の〈ロ〉の字型に長テーブルと座席が置かれ、出席者は、口に用意された自分の部活の座札を取っていく。席について、アクリルの座札プレートに、座札をれて、テーブルの上に置く。次年度ダンス部の副部長になる千代も、この會議に出席していた。次期部長の隣に座り、會議の始まるのを待つ。と――千代は思いがけない人が、會議室にってくるのを見つけた。

詩乃だった。

今年度五月にあった第一回の部連會、そして第二回目の九月部連會に無斷欠席していた詩乃は、今回も、欠席するところだった。詩乃に悪気はなく、単に、そんなものがあることを意識していなかったので、開催を知らせる放送も配布も、詩乃の目と耳にはっていなかったのだ。今回は、生徒會の副會長が、昨日部室に來て詩乃にそれを伝えたので、そこで詩乃は、これまで欠席してきた部長會のことも、そして今日の部長會のことも、初めて知ったのだった。

――それでは、全部活揃ったので、蕓部連會を始めます。

司會進行は生徒會副會長。眼鏡をかけた、穏やかそうな男子生徒である。

「では最初なので、時計回りに、各部、新年度の抱負や部活の紹介の方、お願いします」

園蕓部、書道部、お笑い研究部、料理部と、調子よく紹介が進んでいく。行事で有名な茶ノ原高校では、蕓部連の部活は、自分たちが茶ノ原高校の伝統を守っている、という自負があり、こういった蕓部連の集まりでは、部同士の不思議な連帯があった。文化祭では、ステージ発表の部活は目立っていたが、それ以外の部活も、その部獨自の展示や発表をして、文化祭を盛り上げていた。そういった仲間意識のためか、部長の部活紹介のあとは、溫かい拍手が起こるのだった。

放送部、創作マンガ部、天文部と來て、その次が文蕓部――詩乃の番だった。

部連から文蕓部が除名され、廃部になって三年、最も新しい部活として再度立ち上げられた文蕓部。詩乃が立ち上がると、今までの部活紹介とは違う、張した空気が流れた。本來は、文蕓部は蕓部連の代表格の部活なのだが、その活実績や活実態が蕓部連にも、そもそも茶ノ原高校の部活としても相応しくないということで、生徒會から怒りを買って取りつぶしになった。今や、そんな過去を知る生徒もいないのだが、そういった経緯によって、文蕓部は、他の部とは立ち位置がだいぶ違っていた。

「文蕓部の水上詩乃です。今年――今年度は部誌を二冊出しました。來年度も……來年度は、できれば、三回は部誌を出したいと思っています」

よろしくお願いします、という結びの一言も言わずに、詩乃は著席する。

司會進行の副會長が、詩乃にらかく質問した。

「部誌、もしまだ殘っていれば、この場で宣伝しても良いですよ」

そう言われて、詩乃はし考え、それから口を開いた。

「文化祭で出した一冊目の部誌は、まだ三十冊くらい余ってます。容は……短編が六話です。話、ホラー、ジャンルは々です。クリスマスの……二冊目の部誌は、クリスマスだったので、五萬文字の中編――ジャンルは一応、ものです。あと、三冊くらいあったと思います。部室にあるので、言ってくれればお渡しします」

ぺこりと、詩乃は著席したままお辭儀をした。

「ありがとうございます。文蕓部は、今年度から、また活を再開しました。部員は水上部長一人ですが、小説は、実は僕も読んだのですが、すごく良い作品ばかりです。是非皆さんも読んでみてください。――水上部長、ありがとうございました。では次、吹奏楽部ですかね、お願いします」

あぁ、この人は良い人だなと、詩乃は思った。

詩乃は改めてもう一度、司會の副會長に頭を下げた。副會長はそれに気づいて、小さく頷いた。部連會は、皆が挨拶を終えて、予算の事や來季の部連會の事、コラボ企畫はどんどん計畫してほしいということ、企畫があれば予算は別途組むということなどを確認し合って、つつがなく閉會となった。會が終わった後は、この日活をしている部の部長は部活に戻り、そうでない部の部長や副部長は、早速、コラボ企畫などを話し合ったりし始めた。

詩乃は、コラボなどはやるつもりもなく、他の部の部長と親を深めようとも思っていなかったので、まだ賑わう會議室に背を向けて、ひっそりと部屋を出た。

千代は、これは水上君に話しかける絶好のチャンスだと思った。ダンス部の次期部長と管弦楽部、ピアノ部の次期部長がコラボ企畫の話をし始めていたが、千代は、その話し合いには參加せず、詩乃を追いかけた。

會議室を出た千代は、すぐに、詩乃の後姿を見つけた。

「水上君、待って待って!」

千代はそう言いながら、詩乃に走って近づいた。

詩乃は名前を呼ばれたので振り返り、何だろうと思って、やってくる子生徒――千代のことを待った。詩乃は、千代とは直接話したことは無かったが、その存在は知っていた。

新見さんの話の中でもよく出てくるの子で、新見さんと仲が良いらしい。一緒に映っている寫真も見せてもらったことがある。――雨森千代、さっきの會議でもそう名乗っていたから間違いない。

「あ、どうも」

詩乃は、軽く千代に會釈する。

あれ、と千代は違和を覚えた。紗枝が言うほど、人嫌いなじはしない。もっととっつきにくい男の子なのだろうかと勝手に思っていたが、どうやら、そういうこともなさそうだと千代は思った。

「雨森さんだよね?」

詩乃は念のため確認する。

「うん、そうそう! 來年度の、ダンス部の副部長です」

詩乃は頷いた。

あれれ、と千代はまた意外に思った。

柚子くらいしか人としゃべらない男の子、という報と、今目の前にいる水上詩乃という男の子の印象と、隨分と違う。人違いかな、と千代は思ってしまった。

「新見さんから、話を聞いてたから」

「あ、そうなの!?」

うん、と詩乃は頷く。

詩乃からすれば、千代は、単なる他人ではなかった。柚子の親友というポジションは、詩乃にとっては、し特別だった。そのポジションとして詩乃が認識しているのは、紗枝と、そして千代の二人で、この二人は、何を言われたとしても、ぞんざいに扱ってはならないという、詩乃の中のルールがあった。

「何か、コラボの話?」

「え、コラボ!?」

千代はそう言って聞き返した後、笑いながら首を振った。

「あー、ダンス部と文蕓部のコラボって、ちょっと面白いかもだけど、えーと、そうじゃなくてね……」

気まずそうに言葉をしまった千代を見て、詩乃は、すぐにピンと來た。部活の事ではないとすれば、新見さんのことに違いない。

「今日は、部活は?」

「今日は無いよ。柚子ももう帰っちゃったし」

「そっか」

詩乃はそう応えてから、千代に言った。

「部室に行こう。新見さんの事でしょ?」

千代は、目を見開いて、こくこくと頷いた。

なんて話が早いのだろうと思った。千代は詩乃の後について、渡り廊下からCL棟にり、階段を下りて、その一番奧の文蕓部部室にやってきた。詩乃は部屋の電気をつけ、窓をし開け、それから暖房をつけた。

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