《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》16話 従兄弟2
城壁に囲まれた中庭へ出るなり、イアンは剣を抜いた。
「イアンサマー、ステキーステキー、ヤッチャッテヤッチャッテ……」
オウムが羽をばたつかせながら、ユゼフ達の周りを飛ぶ。
このオウムは鳥の割に目が大きく、白眼の割合が多かった。どことなく飼い主に似ていて珍妙である。羽は白黒黃が不規則にりじり、長さも不揃いで汚らしかった。それに丸々と太っている。
「これ、ダモン、うるさいぞ。靜かにしろ……さあ、誰から相手になる? お前か? それともお前か?」
イアンの剣はユゼフ、カオル、アダムの順に向けられていった。
「だ、れ、に、し、よ、う、か、な……っと」
剣はアダムの前に向いて一旦止まったが、直ぐに向きを変えてユゼフを指し示した。
「よし、お前に決めた! ユゼフ、剣を取れ」
渡された剣はユゼフには重く大き過ぎた。に合っていないのは明白だ。
「止めろ!」
ぶなり、イアンはいきなり強烈な一撃を降り下ろした。
ユゼフはギリギリでける。しかし、剣が重過ぎて額にれそうだ。
「ほらほら、早く、もっと早くけろ」
イアンは次から次に上から下から、橫からも剣を打ち込んで來た。
「早くけろ! ノロマ! 間違って刺してしまうぞ。おい、カオル、こいつアダムより酷い」
暫くするとユゼフの息は上がって、足はふらつき始めた。
イアンは足払いをかけて、ユゼフを転ばせる。起き上がろうとするユゼフの目前にギラリと輝く剣先が見えた。
その時、包していた闘爭本能がそうさせたのか、本人は全く覚えてない。
ユゼフはすかさず剣を握り直し、真っ直ぐイアンの心臓目掛けて貫こうとした。
厚手のサーコートを突き抜け、剣先は何か金屬にカチリと當たる。
イアンは素早く後ろへ飛び下がり、すんでのところで刃から逃れた。
が、即座に勢を立て直し切り込んできた。
今度は手加減していない。
こちらも理より野生の防衛本能が働いたのだった。
肩に今までじたことのない重み。
──熱い
痛いより熱いだった。
刃はユゼフの肩に食い込んだ。
イアンが刃を抜いた瞬間、辺りはほとばしる赤いで汚される。同時にユゼフはくずおれた。
呆然と立ち盡くすイアン。
ユゼフもイアンも自分達のに何が起こったのか、理解していなかった。
「大変だ! 誰か呼んで來ないと……」
アダムが蒼白になって走り去る。
殘ったイアンとカオルは塗れのユゼフを見て、凍り付いた。
「……目が、目がった……こいつの目が変なに……」
そう呟いたイアンの手から剣がり落ちた。
この事故の後、ユゼフは一週間ほど意識を失っていたが、何とか死なずに済んだ。
イアンと真剣で立ち合ったのは、後にも先にもこれっきりだ。この事件は彼等とユゼフとの間にを作ったようだった。
二年後、イアンが王立學院へ行くまでユゼフはイアン達の遊びに付き合わねばならなかったが、常に疎外をじる事となった。
狩りに行けば、を殺せないユゼフは全くの役立たずで荷係しか出來ない。イアンは臆病者を嫌っていたので、一番働きの悪い者には蟲を食べさせるというルールを作った。
また、ボクシングをすれば袋叩きにされ、顔が変形するまで毆られる。そしてアダムが王城へ行ってしまってからは、アダムの役割をも押し付けられた。
イアンの思い付く遊びはいつも最悪で、夜中に貴婦人の乗る馬車を待ち伏せしたり、覆面をして丸腰の貴族を襲い金目のものを奪ったりと犯罪まがいの遊びもあった。
また、イアンはわざと暴に振る舞っているふしもあった。時折、別人のように優しくなったり気弱にもなった。
シーマに言わせれば、彼のように緒不安定な人間は貴族が近親婚を繰り返す事により、時々産まれるとのこと。生まれつきだから治しようがないそうだ。
しかしどれだけ支配的で兇暴だろうが、イアンは人を強く惹きつけた。
機嫌のいい時は笑いが絶えなかったし、ヴァイオリンを奏でることもあった。それに次から次へと刺激的で面白い事を思いつく。何より自分の所有が誰かに傷つけられるのを嫌った。イアンの家來でいれば、他の誰かにめられる事はなかったのだ。
※※※※※※※※※※※※※※
「肩の傷、どうしたの?」
山道を歩きながらエリザが訊ねた。
「これは……」
戦いで出來た傷と言えるのだろうか。あれは遊びのようなものだったし……
「子供の頃、従兄弟と遊んでた時に誤って切られた」
「……誤って切られたような傷かな……まあ、いいや」
霧がし晴れて、崖道の上にボンヤリと黒ずんだ城が見えた。
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