《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》23話 盜賊達②
(盜賊の頭領アキラ)
レーベという年の案でアキラ達はソラン山脈へ向かった。
辺りは見渡す限り巖ばかりで何もない。
緑と言えば、生命力の強そうな草が所々、巖の隙間から顔を出しているだけ。唯一、しいと呼べるのは雲一つない青空だ。だが、濃い青のコントラストは無味乾燥を一層際立たせた。
殺風景な巖山である。
アキラは家來の半分以上を引き連れ、ソラン山脈の中腹辺りにいた。急遽、家來を呼び集めたのである。
「おい、ガキ、まだ歩くのか?」
バルバソフはイラついている。
「そんなに急かさないでくださいよ。ほら、景でも見て」
道案を買ってでたレーベと名乗る年は屈託のない笑顔を浮かべていた。
ラバで移しているのにまだバソリーの廃城へは著かない。山の中腹に著いてから半日以上が過ぎていた。幾ら山道に強いとはいえ、ゴツゴツした巖ばかりの道はラバの足を傷つけ疲弊させる。
バルバソフは舌打ちした。
「アナン様、こいつ本當に城の場所を知ってるんですかね? 全然たどり著かないし、さっきから同じ所をグルグルしてる気がする」
確かにバルバソフの言う通りだった。
「もうしですよ。ここの崖道を上がってすぐの所です」
レーベは悪びれず、アキラの代わりに答えた。
バルバソフはラバの肩を叩き、レーベを追い越して先頭へ躍り出た。
道はそんなに広くないからレーベの橫を過ぎる時、ラバがギリギリ接しそうになる。
バルバソフはレーベ四人分くらいの軀である。
レーベは巨大な男を前にしても全く臆さなかった。幾ら急かされても慌てる素振りは見せず、楽しんでいるようにも見える。
「熊男君はに逃げられてイラついているのだよ」
後列に姿を消していたアスターがヌッと現れた。幸い、バルバソフは前にいるから聞かれていない。
先ほど急にアスターの姿が消えたので逃亡を疑ったが、何食わぬ顔で戻っていたのでアキラは苦笑した。
『まあ、いい。何かあればすぐに叩き斬ってやる』
アスターは何を考えているか分からない男だ。だが、一つだけ確証が持てるのはこの探索を楽しんでいるということ。
バルバソフが前へ行ったことで、自然とレーベはアキラの橫に並んだ。
「レーベ、と言ったな。戦爭で村が焼けたと聞いたが、カワウがここ一帯を占領した時か? 両親は?」
「ええ。両親は亡くなりました。僕が九才の時です」
レーベは道の先を見ながら答えた。さっきまでの楽しそうな表から一転して無表になる。噓をついているようには見えなかった。
「それは殘念だった。それからはどのように生活を?」
「……お兄さんは本當の盜賊なんですか?」
レーベは質問に答えず、問いかけた。
「ああ、そうだが」
「あの大きい髭のおじさんは貴族の人ですよね?」
レーベはすぐ後ろにいるアスターを見た。
「前はな。不祥事を起こして今は爵位も領地も剝奪されている……なぜそんなことを聞く?」
「僕は貴族、大嫌いなんですよ」
レーベは笑いながら言った。
「勝手に僕達の國にり込んで支配しようとしたり、僕達の土地で戦爭を始めたり……あいつらはなんで戦いが好きなんでしょうね」
「さあ……俺も貴族は嫌いだ」
その時、真っ赤な顔で戻って來るバルバソフが見えた。
「どこがすぐ、だ? この糞ガキが!」
「どうした?」
「上の方には何もない。アナン様、このガキ胡散(うさん)臭いですぜ」
レーベは二人が話しているにするっと先へ通り抜けた。
「待てっ! 糞ガキ! 逃げる気か?」
「僕は逃げも隠れもしませんよ。この先に吊り橋があったでしょう。ご案します」
レーベはそう言ってラバを走らせた。アキラとバルバソフは顔を見合わせる。
「おい、追いかけるぞ」
確かに城の姿形はどこにも見えないが、ボロボロの吊り橋ならあった。レーベは古く傷んだ吊り橋を勢いよく走り抜けた。
吊り橋はギイギイと嫌な音を立て、派手に揺れる。そのまま追走しようとするバルバソフをアキラは吊り橋の手前で止めた。
吊り橋の長さは百キュビット(五十メートル)はあった。今連れている人數は全員乗れる長さだ。
「早く來てくださいよ。お馬鹿な盜賊さん達!」
向こう側に著いたレーベはんだ。
「渡らないんですか? 意外と盜賊って怖がりなんだ?」
レーベの挑発に怒り狂って飛び出すバルバソフをアキラは止めることができなかった。そして他にも何人か、バルバソフの後に続く。
「バルっ!! 待てっ!」
ギィギィギギギギギギィイイイ……
耳障りな音を立て、腐った木板から埃が舞い上がる。木板を繋ぐロープも劣化が進んでいるのだろう。重みで千切れてしまいそうだ。
「……二十二人か」
レーベの言葉の後に続くのは、弱った繊維を容赦なく斷ち切る音だ……ブチン!
レーベは吊り橋に乗った人數を秒速で數え、素早い作で橋を繋いでいるロープを切った。
び聲と共に吊り橋は反対側の崖へ叩きつけられる。渡っていたほとんどが深い渓谷へと落ちていった。
「バルバソフ!」
バルバソフは辛うじて巖場の尖った所を摑んでいた。を流してはいても無事だ。
「おーい、お馬鹿な盜賊さん達、今、どんなお気持ちですかー?」
レーベの笑い顔は橋の向こうからでもよく見える。とんだ糞ガキだ。
「あのガキ、曲者(くせもの)だったか」
アキラはを噛んだ。
「王の一行に加わっていた一人だ。シーバートの弟子かもしれん」
アスターは冷靜だった。この老獪な大男は表一つ変えず、後ろにいる家來の一人を呼んだのである。家來が持ってきたのは黒い布で覆われた丸い籠だ。
そこから鷹が空中へ舞い上がった。
伝書鳥だ。風切羽に傷を負っている。鷹は青空高く浮上し、南西へ飛んでいった。鷹を見た悪の顔から笑いが消える。
「もしもの場合に備えてあの子供を監視していた。そうしたら思った通り。小用だと言っていなくなった時、使い鳥に文を託して飛ばしているではないか。私は羽を狙って鳥を落とし、捕らえていたのだ」
アスターは落ち著いた調子で続ける。
「この鳥は風切羽に矢をけたが、継ぎ羽をしたのでゆっくりだがまだ飛べる。あの鳥を追っていけばバソリーの城に辿り著く事が出來るだろう」
アキラは驚きの余り、しばし言葉を失った。アスターは姿を消している間、全て取り計らっていたのだ。手際の良さには嘆息するしかない。
「アスター、謝する。文にはなんと書いてあった?」
アスターは元から便箋を取り出し、レーベにも聞こえる大聲で手紙を読み上げた。
「敬するシーバート様。時間が無いため要件だけお伝えいたします。まず、ダニエル・ヴァルタン隊長が亡くなりました。王様とユゼフさんの行方は分かりませんが、恐らくそちらへ向かっていると思われます。そして最悪な事ですが、賊どもに居場所を気付かれてしまいました。僕が奴等の道案を買って出て、出來るだけ時間稼ぎいたします。王様と合流したらすぐに蟲食いの方へ移してください。僕も奴等を上手いこと撒けたらそちらへ向かいます」
読み終わる前にレーベの姿は消えていた。怪我を負った鷹の速度はゆっくりだから、追うのは難しくない。
アキラは數人をバルバソフの救助に殘し、鷹の後を追った。
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