《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》25話 攻防
石砲は南側の壁に三臺ほど設置されていた。屋上に固定されていたため、かすのは不可能。だが、使うのは端の一臺で充分だ。
範囲はだいぶ狹められるにしても、砲を思いっきり東へ向ければ、何とか盜賊達の下へ屆く。
そして、最も重要なのが石弾。
これは南塔の近くの武庫に収納されていた。一個が大六タラントン、六人分の重さである。
通常は専用の臺車に載せて運ぶのだろう。しかし、置いてあった臺車は損傷が酷く、使いにならなかった。
アルメニオがいなければ、運ぶのは難しい。
ユゼフはそばにあった縄で簡単なハーネス※を作り、アルメニオに裝著した。このように縄で縛ったり、結んだりするのは庶民時代に培った技である。
「大したものだなぁ。手慣れている」
エリザに譽められた。
こんなこと、漁船に乗った経験があるなら當たり前だし、なぜ譽められるのかユゼフには理解し難かった。そして譽められても全然嬉しくない。
努力でに付けた貴族らしい所作や立ち居振る舞いを譽めてくれた方がよっぽど嬉しいのに。こちらは全く譽められたことがなかった。
無言で黙々と作業すること五分。
アルメニオが塔を壊すという騒ぎを起こしてくれたおで、攻撃は止んでいる。用心してこちらの出方を探っているのかもしれない。
細めの縄で編んだネットにった石弾が十個。
これをアルメニオのハーネスに結びつけた。石砲まで運ばせる。
「グォオオオオオオオ……」
アルメニオが唸り、石弾が豪快な音を立てて屋上を回転した。これだけでも敵陣へ突っ込めば、充分な損害を與えられそうだが。
ゴロゴロと石弾が転がる騒音は耳を塞ぎたくなる。振が鼓どころか、全に伝わってくるのだ。神経をでてくる音というのは気持ち悪くなる。
だが、そんなことを気にしている余裕はなかった。張り過ぎて今にも引きちぎれそうな張の糸を何とか保つため、ユゼフは前を向いた。
ここからが重労働。
砲をググッと下げ、石弾を裝填する。
「お、重い……エリザ、手伝ってくれ!」
大人五、六人分の重量を砲の中へ詰め込む。そういえば──
ローズ城で遊んでいた時、イアンがいたずらしたことをユゼフは思い出した。城の魔師から盜んだ魔法の札をベタベタ何枚も石弾にって遊んでいたのである。
札がどのような魔法を封じただったか詳しくは覚えてないが、に関するものだったと思われる。
城の火係が石砲の取り扱いをイアンに教えたのは失敗だった。悪ガキのイアンがこれで遊ばない訳がない。
勝手に石弾を運び、発させた。
魔法の札のせいだろう。
派手な音を立て、石弾は著地する前に発した。上空にとりどりの花を咲かせてしまったのだ。
城は大混。
敵襲だ! 事故だ!……とてんやわんやの上を下への大騒ぎである。
ただ、石弾を飛ばしていただけなのに、大きな花火が上がったのだから。
イアンは大はしゃぎで、もっとやろうとしたが、大人達に取り押さえられ、しこたま怒られた。
特に珍しいことではなかった。
こんなことはイアンからしたら、可いもの。マシな方だ。下手すれば、ユゼフを砲に詰め込んで発したかもしれないし、的にされて殺されていた可能だってある。
ユゼフは年がら年中、仕様もないいたずらにつき合わされていたのだった。
そのイアンが謀反を起こし、國規模で騒ぎを起こしたというのだから「やっぱり」……と思われても仕方ないだろう。全てシーマが仕組んだこととはいえ。
反軍側につく諸侯が多かったのは、クロノス國王の評判が最悪だった上、イアンの悪評が海にまで広がってなかったからと思われる。馬鹿殿についた諸侯達は気の毒としか言いようがない。イアンのことはさておき──
イアンのことで良いことを思い出した。
ユゼフは懐から魔法の札を取り出した。老シーバートが別れ際にランタンの代わりに使えと渡してくれたものだ。
これを石弾にったらどうなるのだろう??──
途端に好奇心と冒険心がムクムクと頭をもたげてくる。
確か、の札と言っていた。
魔師がよく照明代わりに使う。魔力はそんなに消耗しないらしいが、詠唱に時間がかかるから札に封じて使うらしい。
これを発火のタールをたっぷり塗った石弾にってみる。
発する時、砲口へ行くまでにされるから、これが火薬と同じ作用を持つだったら? 全く別だったとしても、何らかのエネルギーを生じて発している。そのエネルギーを発火タールにぶつければ……
古代に失われた學問。詳しいことはユゼフには分からない。だが、同じ作用を生み出す魔法と過程は違えど、原理は同じなのではないかと思った。
優しいを投げかける半月に目を細める。松明もの札もユゼフには不要だ。
ふと、月がいやに黃い時と青白い時があるのはなぜだろう……とユゼフは思った。
こちらも違う過程を経てが変わるのかもしれない。通る道によってが変わる、とか。
ユゼフは白い月の方が好きだ。
円したしさよりも、儚い乙の清らかさよ。
ユゼフは東の盜賊陣営に砲口の狙いを定めた。五首城は崖の上に建つ城。正面以外は足場に恵まれていない。
東側も裏手ほど峻厳でないにせよ、崖だ。
南のこの位置からだと見える範囲は限定されていた。彼らは崖下にもっといるかもしれないし、城壁の真下の狹い空間にひしめいているのかもしれない。ここから見えるのは、崖の途中に広がる幾つかの松明だけである。
あんまり飛ばしすぎてしまうと、崖に落ちてしまう。彼らが陣を張るささやかな平地に落下させるのだ。城壁の真下に。
何、矢をあれだけ當てれたのだから、大丈夫。的は敷地なのだから、人間より大きい──ユゼフはそう自分に言い聞かせた。
さあ、楽しい的當てゲームの始まりだ。
石が風を切れば、ヒューンと軽快な音を立てる。既視を覚えても平気だ。ついこの間、この音を聞いた時は襲われる側だった。この音にユゼフは背筋を凍らせ、冷や汗をダラダラ流したものだ。
だが、今は違う。
襲われる側から襲う側へ。
力を蓄えたカマキリの蟲が蟲へと変貌を遂げたのだ。蟻や蜂の脅威に怯えることなく、狩る側へと。
弾は燃えながら空を飛んだ。
思った通り。
魔法の札が役にたった。
の元は刺激を與えられ、発火する。
巨大な燃える石塊が高速で落下してきたら?
──ドカン!!
數個で辺りはあっという間に火の海。
しつこく城壁を登ってくる輩もいるだろう。そういった連中には火じゃなく違うをお見舞いしてやる。
石弾を半分殘し、殘りをアルメニオをに引かせる。ユゼフはエリザと東側へ移した。
案の定、よじ登って來ていた。
すぐそこまで。
ユゼフとエリザは、屋上へ到達するギリギリの所にたどり著いた數人を槍で刺した。先ほど石弾を得るためにった武庫で槍を確保していたのである。
殘りはアルメニオの運んだ石弾だ。
ネットにった石弾をテコの原理で持ち上げる。壁の間から落とした。
哀れ、クライミング中の猛者らは冷酷な石に弾き飛ばされ、無殘に命を散らす。
轢死か転落か、焼死か。向かえば、死が待っている。相手がたったの二人ということを彼らは知らないのだ。
「退け!! 退けーーーーー!!!」
慌ててぶ聲がここまで屆いた。
下を覗けば、派手に燃えていた。
崖の下の方まで。火の海が途切れ、一旦闇を挾んでから松明の燈りがポツポツと揺らめく。足場を炎に奪われた彼らはまた崖下に逆戻りしたのである。
ユゼフは頬を緩ませた。
やろうと思ったらできるじゃないか。
たった二人でも。
イアンのいたずらも、たまには役に立つ。
※ハーネス……馬などに取り付ける。
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