《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》30話 死人
五首城へ戻る途中、ユゼフは巖影に隠れた。逃走する盜賊の集団を見かけたからである。彼らは敗殘兵。
うなだれ、あからさまに落ち込んでいる者。恐怖の余り、背後を気にしながら小走りで通り過ぎる者。頬を上気させ、何かに憤ってる者。悲嘆にくれ、鼻を啜りながら嗚咽する者……
彼らはもう、敵ではなかった。
五首城に戻ると、ユゼフはまずアルメニオとマリクに食事を與えた。
マリクは可らしいシーバートの伝書犬である。
的勘で安全な場所に隠れていたのだろう。騒の中、無傷で生き殘ったのは幸運だった。
この犬はシーマのいるシーラズ城へ手紙を送る唯一の手段になる。
行きは初めての場所だったから付き添いがいたかもしれないが、戻りは必要ない。伝書犬はそのように訓練されている。
案の定、盜賊は一人も殘っていなかった。
外に置かれたままの死や黒い蟲は全て灰になっている。辛うじて黒ずんだ骨格だけが殘り、太のに照らされていた。
闇の者がのを憎悪するのは必然である。
彼らが危険を犯してまで、出て來たのには相応の訳があるはずだ。
の屆かない所にまだ大量の蟲が集まっていたので、ユゼフはタールを撒き火を付けた。
城はしした形跡があるだけで、盜られたはなさそうだ。盜賊達は盜賊らしいことをする余裕もなく、撤退せざるを得なかったのだろう。
ユゼフは死の殘したから長に合った剣を見つけた。恐らく盜品だろうが。腰に差せば、何となく見栄えは良くなった気がする。
屋上を確認した後、ユゼフは屋へと下りていった。
荷を確認するため、使っていた部屋へ向かう。何の疑心も持たず、勢い良くドアを開けた。今まで何事もなかったから、すっかり油斷していたのだ。
「わっ!!」
思わず聲を出したのは、真ん前に青黒く歪んだ顔があったからである。
き聲を上げながら飛び掛かってきたのは死人だった。
不意を突かれ、後ろに倒れこむ。
間一髪、持っていた剣でユゼフは死人の頭部を貫いた。
が、そこでホッとは出來ない。
真っ黒に開いた眼窩と口からブワァッと大量の蟲が放出されたのだ。
後ろへ下がっても間に合わず、數匹腕に食い付かれた。蟲は皮を食い破りにり込もうとしている。
ユゼフはバルコニーへ走った。
太のを浴びても、皮下深くり込んだ蟲はへの猛進をやめようとはしない。シーマから貰ったダガーで抉(えぐ)り出すしかなかった。
激しい傷みと共に周りは塗れになったが、苦しさや恐怖はじなかった。
機械的に消毒と止を行い、休む間もなくユゼフは潛んでいる死人や蟲を捜して城を隈(くま)なく歩き回った。
果は蟲の群れ三つと死五。その頃には大部慣れてきた。
死を倒すときは頭部への直接攻撃より首を斬った方がいい。首を斬られた死はきが一瞬鈍くなるので頭部を踏みつけて破壊する。
蟲が出す毒素により、頭蓋は脆くなっている。金屬を張ったブーツであれば、らかくなった頭部は簡単に踏み潰せた。蟲は頭部に集中するので、殘った數匹を潰して完了だ。
このやり方だと蟲は飛び散らなかった。
城の探索が大終わると、ユゼフは談話室から地下へ降りて拷問部屋に向かった。
蟲がいたら火を付けようと左手に松明、右手にタールのったブリキ缶を抱える。
思った通り、階段を下りた瞬間、蟲が寄って來る気配をじた。
だが、目の前に居たのは下を向いて立っているシーバートだった。
「シーバート様……」
ユゼフは強張った聲で呼び掛ける。
しかし、シーバート……いや、その死人はき聲を上げ、空っぽの眼窩から蟲を放出しながら飛び掛かろうとした。
ユゼフは死人に松明を投げ付け、タールを撒きながら階段を一気に駆け上がった。
明るい部屋まで戻ると、金屬製の跳ね上げ扉を勢い良く押さえつける。慌ててカンヌキをかけた。心臓はまだドキドキしている。
しばらくすると、床の隙間から煙が上がってきた。多不安だが、石造りなので燃えるがなくなれば自然に鎮火するだろう。
シーバートのの前にわざと落としたヴィナス王の文は読まれただろうか。
カオルがイアン・ローズの家臣であることをアナンには伝えた。その文を見てどう思うか。兄が謀反人の家臣だと知ったら……
談話室のステンドグラスから夕が差し込んでいた。
『まだ、やらねばならぬことがある』
ユゼフはアルメニオとマリクに、その日二回目の食事を與えた。
手を洗い、自分の部屋に戻り、手紙を書き始める。
一通はいつもの自分の字で、もう一通は的ならかい字で書いた。
家庭教師から筆記のレッスンをけるのが苦痛で仕方なかったのを思い出す。こんな形で役に立とうとは……
王の傍に仕える際、手紙の代筆をする機會もあるので義母はユゼフに仕込んだのである。
ユゼフは兄達のような騎士になるわけではなく、向いてもいなかったので剣や武道は形だけの教育だった。本當に必要なのは語學や歴史、行儀作法、楽、服の著付けなどだ。それらは厳しく教え込まれた。
手紙を書き終えると、一通にはヴァルタン家の紋章、冠の下に差する剣の印璽《いんじ》を封蝋に押し、もう一通にはディアナの荷にあった王家の三つ首犬鷲の印璽を使った。
全て終わった後、ユゼフはそのまま床に倒れ込み、睡魔の為に意識を失った。
酷く疲れていた。
夢を見た。
ユゼフはまだ子供だった。
いつものように路上で魚を売っていた。
空は青く自由だ。
頬に當たる空気がひんやりとして気持ちいい。
釣り銭を渡すのが余りに早いので、合っているか確認する客を笑い飛ばした。早く売り切って家に帰り、寢たきりの母の顔を見たい。妹二人は臺車の橫でままごとをしている。
心の中は空と同じく晴れ晴れとしていて、何のわだかまりもない。笑みが自然にこぼれた。
そこで急に畫面が変わる。
ユゼフは玉座の間にいた。
玉座に誰か座っていて、大勢の諸侯、家臣達が跪(ひざまず)いている。
それをユゼフは玉座の後ろから俯瞰しているのだ。
玉座の間は沢山の人で埋まっていた。皆が皆、王の前に平伏している。後ろからでは、玉座に座っているのが誰か分からない。王の後ろ姿には妙な親近を覚えた。シャリンバイの草冠を載せた頭と深い濃紺の長い髪、そして尖った耳の──
「お前は何がしたい?」
突然、親友サチ・ジーンニアの聲が耳元で響く。
「逃げるなよ。諦めるのは逃げる事と同じだ」
辺りを見渡してもサチの姿はなく、ユゼフは貧民窟(ゲットー)に居た。
道は糞尿で汚れ、嫌な臭いがする。古びた家々の扉はどこも固く閉ざされて、灰の空が重く垂れ下がっていた。
腕のない男が悲しげな聲で歌を歌っている。生きているのか死んでいるのか分からない老人が、地面に伏してピクリともしない。
ボロを纏った亜人の子供達……盜んだ財布を持った子を先頭に走り去って行く。路地裏では喧嘩が始まり、酔っ払いが道端で吐いていた。
この景はいつか見た覚えがある。
「しでいい、ほんのしでいいんだ。」
今度はシーマの聲が聞こえた。
「しの知恵と度と、たった一本の劍があれば世界を変えられる」
シーマの言葉が終わると同時にユゼフは暗闇へ逆さに落ちて行った。
今度は甘い果実の香りがして目を開ける。
ユゼフはディアナと抱き合っていた。二人は何もに付けていない。彼のがユゼフのにれると、貪るようにお互いのを吸い合った。悅楽の渦が押し寄せそれが頂點に達したら、また暗闇へと落ちて行く。
※※※※※※※※※※※※※※
鳥の鳴き聲が聞こえる。
気付くとユゼフは固く冷たい床で寢ていた。
のあちこちが痛い。
ガリガリ聞こえるのは、マリクとアルメニオだ。ドアの外側から引っ掻いている。雨戸の隙間からは朝日が差し込んでいた。
ユゼフは口を拭いドアを開けた。
腹を減らしたマリクが吠えながら飛び付いてくる。
「分かった、分かった。今やるから」
ユゼフはアルメニオとマリクに朝食を與えた。
それから、自分が丸一日何も飲食していなかったことに気付いた。
食糧はしだけ殘っている。
固いパンとチーズと、後は木の実をし。
余り空腹ではなかったが口にれる。
『それにしても、何て夢だ』
食べながら、さっきの夢を思い出して苦笑いした。
ディアナに手紙を書かせた後、抱き付かれて正直嬉しかった。きっと舞い上がっていたのだろう。その後、別れ際に大切なお守りを彼に渡してしまった。
『結局、キスはどこが正解だったのだろう』
あの様子だと、にしても良かったのかもしれない。
し後悔した。これからはいつ死んでもおかしくないのだから。
いずれにせよユゼフはもう魚売りではないし、ディアナは町娘じゃないのだからし合うことは出來ない。
彼が自分に対してどんなを持とうが、関係ない、そう思わなくては。
ディアナを約束の場所へ時間通りに送り屆けること。それさえできれば、後は彼が自分を憎もうがそうがどうでもいいことだ。
ユゼフはディアナのことを考えるのを止めた。
食後、ユゼフは地下の拷問室へ行った。火はもう消えている。拷問道の全部は燃えておらず、煤けた狀態で一部殘っていた。
煙を外に出してから、シーバートのを引き取った。
最悪なことにシーバートのは生焼けで、まだしいていた。
だから、頭部を刺し、蟲の生き殘りを數匹退治せねばならなかった。
一人でを持って階段を上る。
これはかなりの重労働だ。
背中に背負えば幾らか楽なのだが、それはしたくない。
結局、の足を持って引き摺るような形になる。階段のヘリにられ、の焦げた部分が削れても気にする余裕はなかった。
『レーベがこれを見たら激怒するだろうな』
その後、シーバートのを燃やして骨だけにし、城にあった手頃な箱にしまった。
これで五首城での仕事は終わり。
ユゼフは仕度を始めた。
『まず手紙を持たせたマリクを蟲食いまで送り屆けよう。その後は山を下ってカワウへ向かう』
カワウへ戻って何をするのか?
ディアナの婚約者と會うのだ。
恐らくは盜賊達の雇い主、コルモランと繋がる──フェルナンド王子と。
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