《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》32話 年時代の回想

(登場人

ユゼフ……亜人のを引く青年。ることができる。王の従者。さらわれた王を取り戻すために策略を練る。

イアン・ローズ……ユゼフの従兄弟。特徴的な赤を持つ。激しい格。壁の向こうで反を起こす。

カオル……イアンの家來。盜賊の頭領アキラの兄と思われる。

アダム……イアンの腹違いの弟。宦になる。時間の壁を無理やり通らされ老化が進んだ後、死んだ。

青白い月は思い出したくもない年時代の記憶を呼び覚ます。

貴族の家に迎えれられてから、ユゼフの遊び相手は絶対服従しか許さない従兄弟と無想なその家來だけだった。

謀反人イアン・ローズ──

狩りや剣の稽古に飽きたイアンはとんでもないことを思い付いて実踐した。

あのゲームもそのの一つに過ぎなかったのだ……

王城に仕える諸侯の一人で有名な大金持ちがいる。

名をリンドバーグといい、王都でも有數の豪邸に住んでいた。

「何でも金の便に糞を垂れるそうだ。両腕と首に沢山金銀寶石をに付けていて、歩くたびにジャラジャラ音を立てるから離れていてもすぐ気付かれてしまう」

本當か噓か分からぬことをイアンは楽しそうに話した。

「どうしてそんなに金を持ってるかって? 海の小領主から徴収した貢納金をちょろまかして懐にれてるのさ。國王も皆、それを知ってはいるが北の大地の五分の一を領地に持っているし、王議會での発言力があるため、見て見ぬふりをしている」

イアンの計畫は外出中のリンドバーグを上手いこと人気(ひとけ)のない場所へい出し、ぐるみを剝ぐという容だった。

イアンの理屈だと、橫領してる上に者の糞野郎だから何をしてもいいと。

い出す役はやっぱり……」

イアンは言いかけてカオルの顔を見た。

「嫌だ」

カオルが反抗するのは珍しい。

「でも、もうアダムはいないし……」

イアンがこっちを見たのでユゼフは目を反らした。イアンの弟のアダムは數週間前からヴィナス王の侍従となって仕えている。

「ペペ(ユゼフの稱)はどんくさいからうまくい出せないと思う……大丈夫、すぐに乗り込むから」

カオルはしぶしぶ従うことになった。

噂では毎週金曜、夕方の祈りを済ませた後、護衛も付けず娼館へ足を運ぶという。

時間が早いことと、そのまま朝まで過ごすからいつも護衛はつけないのだそうだ。

まず、王城の正門の前でユゼフとカオルが待ち伏せした。

リンドバーグの馬車が門を通り抜け、城下町へ続く大通りに出る直前……者が馬に鞭を當てる直前に……

カオルは馬車の前に飛び出した。

「リンドバーグ様にご伝言があります。私は侯爵様がいつもいらっしゃる館の者です」

馬車のリンドバーグにも屆くくらいの大聲をカオルは張り上げた。聲変わり前のい聲を聞けば、キチガイが必ず反応すると踏んだのである。案の定……

「突然、前に飛び出しては危ないではないか」

その小太りな好家は馬車から顔を出しカオルを一目見て、ハッとした。に見間違えられるほどの年だ。

「いつも行く所では見たことのない顔だ。新りか? 名はなんという?」

「エルブと申します。先日館で火事がありまして、別の場所へお客様をご案しております……」

ユゼフが者に道案すると伝え、カオルは馬車の中へ乗り込んだ。

馬車は人気(ひとけ)のない暗い郊外へと進み始める。

ユゼフは吃(ども)りながらも、頭に叩き込んだ道筋を者に伝えた。

馬車は暗い道を何度も曲がり、繁華街からどんどん遠ざかっていった。

芽吹きの季節だったろうか。

日が長くなったとはいえ、落ちてから小一時間も経てば真っ暗になる。

街燈もない夜道に、馬の蹄鉄が石畳を蹴る音だけ響き渡る。

最初は何も言わず、馬を走らせていた者もだんだんと怪訝な表になってきた。

目的地にたどり著くまで、をよじって座る位置を僅かにずらしたり、指や首を鳴らしてみたり、ユゼフはずっとそわそわしていた。

──バレれば、ただでは済まされない

ようやくイアンとの待ち合わせ場所まで來ると、不安はピークを向かえた。

ユゼフはキョロキョロ辺りを見回し、イアンを探した。

月明かりだけが頼りの暗い路地のどこにもイアンの気配はじられない。

時々、イアンは練ハンターみたいに気配を消すことができる。

者を気絶させろと言われていたが、ユゼフにはやり方が分からなかった。

「どうしたのだ? 小僧」

「あ、あのみ、み、道が……」

ちょうど良いタイミングで、フードを深くかぶったイアンが暗がりから飛び出した。者に飛び掛かり、を毆り付ける。

「ヒッ、ヒグゥェッ……」

妙なき聲を上げても、者は気絶しなかった。暴れて馬車から転げ落ち……と思いきや、ストンと上手い合に著地してとっとと逃げ去ってしまった。

「この愚図!」

イアンはユゼフを小突いた。

か腹を毆って気絶させろと言われていたのである。當然できる訳がない。

『イアンだって気絶させられなかったじゃないか……』

口答えが出來るのは心の中だけだ。

そもそも反論しようが、既に手遅れだった。

「何事だ?」

馬車の中から聲がしたのでイアンは目配せしてから、中へ乗り込んだ。

馬車の中では、リンドバーグが腰から剣を抜こうとしていた。

……が、腰には何もない。

あれ? あれ!?……と再度腰に手をばすも、やはりない。

くつろいで剣を座席に置いてしまったのである。

やっとリンドバーグが剣のある方へ視線を泳がせると、カオルがサッと剣を奪い取ってしまった。

そこでイアンがすかさず剣を突き付ける。

リンドバーグの顔はみるみるに赤く染まった。

「貴様ら! こんなことをしていいと……」

リンドバーグが言いかけた時、イアンは剣先で顔を軽く突っついた。

太った好家はギャッとドブガエルのような悲鳴を上げる。

子供が実力行使に踏み切るとは思ってなかったようだ。表は怒りから恐怖へと変わった。

リンドバーグは右手で傷ついた顔を押さえながら、左手を上げた。指先が小刻みに震えている。

「わかった、わかった、言うことを聞くから危ないことは止めなさい」

「服をげ」

「む、何をモギョモギョ……」

言い返そうとするリンドバーグの顎に再び鋭い切っ先が突き付けられる。

リンドバーグはを噛みながら、服をぎ始めた。

スッポンポンになると、今度はに付けている寶飾品も全て外させる。

寶飾品を全て奪い取ってもそれで終わりではなかった。イアンはリンドバーグの持ちの中にあったインク壷に指を突っ込んだ。

何をしているのだろうとユゼフが訝しむ中、なんと、イアンはリンドバーグのに落書きを始めたのだ。

馬鹿とか変態、便などの言葉を書いたり、しまいには、イアンの鳥、ダモンのイラストを描いた。

ダモンの絵は力作だったのか、イアンは指差して大笑いした。被っていたフードがり落ちて燃えるような赤になっても気づかない。

ユゼフはその間、ずっと心ここにあらずだった。者が人を連れて戻って來るまでに時間はかからないはず。

『早くここを出ないと……』

呑気に落書きなどしてる場合じゃないのだ。それなのに、イアンは……

リンドバーグの腹に描いたダモンが呼吸のたび、収を繰り返すのがよほど面白いらしい。

「見ろよ。カオル、こいつの腹、くとダモンが喋ってるみたいにく」

カオルは全く笑わなかった。

イアンの行為に嫌悪じていたのかもしれない。

そこで、大人しかったリンドバーグもとうとう青筋を立てて怒鳴り始めた。

「この糞ガキども! わしにこんなことをしていいと思っているのか!? ただじゃ済まさんからな! 絶対に後悔させてやる! お前! お前! お前も!……お前ら皆、天井に吊るして拷問してやる」

「やってみろよ。くそエロじじいが」

イアンは笑いながら言った。だが……

「このジンジャーが!」

その言葉に顔が変わった。

イアンは赤とそばかすを馬鹿にされると、狂ったように激怒する。

再びリンドバーグに剣を突き付けた。

顔から笑みは消えている。

「殺してやろうか? 貴様のようなジジイは居なくなった方が世の為だ」

「ああ、殺すがいい。どうせウサギや鹿しか殺したことがないんだろうが」

いつもの甲高い聲ではなく、低くドスの効いた聲でイアンはリンドバーグを脅した。

猛禽類が獲を狙う時の顔になっている。剣で戦う時の顔だった。

本當に殺しかねない。

激昂して暴れ狂う様をユゼフは何度か目撃している。後ろからイアンの腕を摑み、ここから逃れようと引っ張った。

「はなせ!」

イアンは荒々しくユゼフの手を振り払った。

その時、馬車の外から複數人の足音が聞こえた。

「やばい。誰か來た。もう逃げよう」

これ以上はもう限界である。

ユゼフはイアンの腕を再度強く摑んだ。

それを振りほどき、イアンは最後にリンドバーグを思いきり蹴飛ばした。

「うぐぅ……」

き聲から逃げるように、ユゼフ達は馬車から飛び降りた。

先ほどの者が人を呼んだのだろう。向こうから走って來る衛兵の姿が見える。

慌てて馬車に繋いであるロープを切り、馬へ飛び乗った。

あとはもう、一目散に逃げるだけだ。

騎手のは馬に移る。

馬達もこれが生死の境目だと言わんばかりに、夢中で駆け続けた。

王都スイマーの郊外にある榊(さかき)の森まで來ると、三人は馬を棄てて歩いた。この森には北のローズ領へ繋がる蟲食いがある。

ここまで來ればもう大丈夫だろう。

遠く離れた北の大地から強盜が來たとは誰も思うまい。年達の思考は短絡的だった。

清廉な湧き水が流れる小川の前でユゼフ達は一息ついた。

口をすすぎ、手と顔を洗う。

冷たい水は汗だけでなく、罪までも洗い流してくれそうに思えた。

「何でさっきから黙ってる?」

イアンが不機嫌な聲を出した。

「……最悪だ……全然面白くない」

カオルは口を拭いながら答えた。

普段は従順なカオルが刃向かうのは珍しい。

イアンは目を泳がせ、困した。

「もう、うんざりだ」

カオルは小さい聲で呟き、背を向けた。

イアンが肩を摑むと跳ねのける。あんなに大人しかったカオルが……

イアンはバツが悪そうな顔をして手を後ろに組んだ。自分は平気で人を攻撃するのに、その逆は慣れていない。

「イアンとはもう遊ばない」

カオルはハッキリと言った。

「母上、いや、ローズの奧様に今までのことを全部話す」

それを聞いて、さすがのイアンも困り顔になった。助けを求めるようにユゼフを見る。ユゼフは目を反らした。

カオルが怒るのは當然だし、ユゼフも同じ気持ちだった。これを気にイアンの橫暴を告げ口するのもいいかもしれないと思った。

だが、こんなことは後にも先にも一回限りだったのである。この時、二人が強手段に出ていたなら、未來は変わっていたかもしれない。

「分かった。ごめん。こんなことはもう二度としない。約束する」

イアンはカオルに頭を下げた。

らかな風が通り過ぎ、榊の葉がさらさらと優しい音を立てる。

丸い月はし欠けて歪んで見えた。

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