《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》33話 取引材料①
(あらすじ)
時間の壁に遮られ、鳥の王國へ戻れなくなったディアナ王と従者ユゼフ。
魔に連れ去られた王を助けるべく、ユゼフは計畫を進める。
まず、王の婚約者であるカワウの王子をモズの古代跡へい出すことに功した。その後は……
歪んだ青白い月の下──
荒涼とした土漠から寂寞とした跡へと。
跡が見えるまで五分とかからなかった。
その昔、栄華を極めたであろう王都の跡。
今では、城下町を囲う壁や家々の形跡はほとんど見當たらない。土臺の石だけが辛うじて殘っている狀態だ。その慘めな殘骸から、かつての繁栄を伺い知ることは學匠でなければ難しいだろう。
町の殘骸の背後には泥煉瓦で造られた城が夕闇に包まれ、まるで幽霊のように佇んでいた。円形狀の城の上部はほとんど破壊されている。一方で、外側に張り巡らされた城壁は最後の砦のごとく綺麗に殘っていた。
巨大な建造だったと思われる城の亡骸。今は無慘に打ち捨てられ、人々の記憶からも消え去ろうとしているのかもしれない。
哀れなその姿にユゼフはを痛めずには居られなかった。
「不気味な場所だ……」
フェルナンド王子は不快そうに顔を歪め、コルモランは「それ見たことか」と顔をしかめる。
跡へる頃にはすっかり日が暮れていた。
暗闇に慣れているユゼフにとってし欠けているだけの月は明る過ぎるくらいだったが、兵達は松明に火を燈した。
民家の建てられていた場所に捨て置かれた親石が月を浴び、青白くっている。脇に掘られたが四方へびているのは何の跡なのか気になった。よく見ると、盛土で區畫分けされている各家々に繋がっている。
これは下水道の跡だ。
元々大陸に住んでいた亜人や舊國民は大した文明を持たず、土人のような生活をしていたと學校では教えられたのだが……
『果たしてそうなのだろうか……』
ぼんやり考えているに城の前まで來てしまった。
近くまで來て初めて気付く。
思っていたより巨大である。
二階までしか殘ってないとはいえ、立派な城壁を前に言いようのない圧迫がある。
ユゼフ達はその迷宮へ一歩踏み出そうとしていた。
る前にユゼフは、
「王様に殿下がいらしたことをお伝えして參りますので、しばしお待ちください」
そう伝え、先に城へ足を踏みれた。
全くノープランでい出した訳ではない。
この場所を選んだのにもちゃんとした理由があるのだ。
學生時代、図書館で見つけた本にこの跡のことが詳しく書いてあった。部はり組んだ迷宮になっており、奧の方は一人分の幅しかない狹い通路が網の目のように張り巡らされていると。
事を済ませてから逃げるには格好の場所だ。
城の一階部分と二階の一部だけが殘っているのも好都合だった。
迷路は敵の襲撃に備え、造られたものと思われる。生活基盤は恐らく上階に築かれていたのであろう。
だが、當時の暮らしぶりを伺い知れる上階部分は全て破壊されて、もう殘ってなかった。
ユゼフは二階へ続く階段を上った。
二階部分の壁や天井はほとんど殘っていない。床は支柱を失い、ぐらついているので爪先立ちで踴り場に立った。
見下ろした先には、隊の全貌と王子の姿がある。
ユゼフは腰をかがめ、彼らから絶対に見えない位置から吠えた。
狼を呼んだのだ。獣達の城はすぐ近くにあった。
狼は普段モズの森で狩りを行う。
しかし、魔が出るため、森からし離れた土漠を城にしていた。呼べば數分でこちらに到著する。
ユゼフの遠吠えを聞いて、兵達はざわついた。土漠では、旅人が狼の襲撃をけることもある。
「狼が土漠で群れて狩りをすることはまずない。彼らも馬鹿ではないから武裝している我々を襲うことはなかろう」
コルモランの聲がひんやりとした空気の中、響き渡った。
「しかし啼き聲が聞こえたのはすぐ近くだったぞ」
王子が不安そうな聲を出す。
彼らの気が変わってしまっては、全て無に帰してしまう。仕掛けを整えたユゼフは、急いで階段を駆け降りて戻った。
呼吸を整え、薄く笑みを浮かべる。
「遅かったではないか。狼の啼き聲が聞こえたぞ」
脅えているのを気付かれたくない王子が、一杯威厳を保とうとしている姿は稽だった。
「お待たせして申し訳ございません。すぐにご案いたします。さあ、こちらへ……」
ユゼフは王子を先導し、城へとった。
先ほど見つけた打ってつけの場所へと歩を進める。兵は外に數人殘しただけで、全員ついて來ている。
床は地面と區別出來ず、天井が崩落している所には雑草が生い茂っていた。
人一人やっと通れる通路には圧迫があった。
天井が崩れている場所はまだいい。綺麗に殘っている所は狹いトンネルに押し込められたような錯覚を覚える。
あちこちに末な石のドアがあり、それが道の延長なのか、部屋なのかはっきりしない。
「こちらに王様はいらっしゃいます。ただ、中は狹いので數人のお供の方だけお連れください」
ユゼフが王子を連れて來たのは、天井が綺麗に殘っている部屋の前だった。口には小さな石の扉が據え付けてあり、し開いた隙間からは暖かいがれている。
り口は狹く、一人ずつでないと潛(くぐ)り抜けることができない。先にユゼフがってから王子が中へるのを手伝った。
「姫よ、しい我が姫よ。待たせたな」
浮ついた聲を出す王子へユゼフは冷ややかな視線を投げた。
「どこだ? 姫は?」
のごとき口から這い上がり、薄暗い室をキョロキョロと見渡す王子。
コルモランが続いて中へろうとしている。
「ここにはいません」
「!」
ユゼフは言うなり、口に立てかけてあった松明を小窓から外へと放り投げた。
辺りはたちまち闇に包まれる。
「謀ったな!」
コルモランがんだ時には、もう王子の心臓は貫かれていた。
目を剝いて前を凝視したままの王子は靜かに倒れる。
間髪れず、口をくぐり抜けたコルモランの心臓を一突き。
から剣を抜いたユゼフは、瞬く間に奧の暗闇へと姿を消した。
部屋の外にいる兵士達は騒然となった。
が、部屋へり込む前に彼らを待っていたのは阿鼻喚だった。
狼達が到著したのだ。
狹く見通しの悪い通路で視力と鼻の利く狼に襲われ、兵士は次々に倒れていく。
ユゼフは二階に殘された僅かな足場から、その様子を冷ややかに見下ろしていた。
狼達の荒々しい鼻息と、人間達の悲鳴、怒號……それらが全部聞こえなくなるまで、じっと。
青白い月は高く昇り、ユゼフを優しく照らし続ける。この場所はとても悲しいのに奇妙な落ち著きをじさせる。
誰も居なくなるまで、そう時間はかからなかった。
ユゼフは王子とコルモランのの所へ戻った。
首を切り取るのだ。
恐怖や焦りのはしもなかった。
そういったはディアナが連れ去られた時、全て五首城に置いて來てしまったようだ。
冷靜に考え行する。
人間の首は骨が引っかかり切りにくい。
無鉄砲に刃を押し當てて、容易に斬れる代ではないのだ。
首はばしたりめたり曲げたり、きに汎用がある。だから骨が蛇腹になっている。そのつなぎ目の部分に刃をれればいい。
ユゼフは慎重にって確認した。
「よし」
はあまり出なかった。
正しい場所へ刃をれれば、ストンと気持ち良く切れる。魚を捌く時と一緒だ。
首を無事切り取ると袋に詰めた。
白い袋の底は真っ赤に染まる。
離れる前、首を失くした王子のに車梅の枝とアザミの花を乗せた。枝はカワウの王都を出る時に。花はたまたま目にったので取って置いたものだ。これはいつ屆くか分からないシーマへのメッセージである。
鳥の王國で梅は約束事に使われることが多い。証としてお互いの名前の書かれた枝を換したり、約束が達されれば、地面に植えたりもする。
そしてアザミはこの時期、シャルドンのシーラズ城の周りを一面覆うように咲いているだろう。
シーマは別れ際、確かに言ったのである。
「カワウ國のフェルナンド王子を始末してくれ」と。
朽ち果てた城を出て馬に乗り、ユゼフは跡を後にした。
土漠に昇る月はいつも見る月より大きくじる。頬に當たるそよ風が気持ち良かった。
これから行くのは「魔法使いの森」だ。
土漠の終わりに大きな森は橫たわっている。
盜賊達の隠れ家があるのは森の南、奧深い場所だ。途中、魔に襲われないといいのだが……
森を通る一本道沿いに旅籠(はたご)がある。そこの將から大の位置を聞いた。後は馬が通った跡などを頼りに探す。の追跡は得意だ。
ユゼフは彼らがどういう所に糞をして、何の草を食むのかよく分かっていた。意図的に消した足跡も、落としたの一本も見逃さない。彼らの特の何もかもが頭にっている。
この能力を狩りの時に発揮してれば、イアンに気にられたかもしれない。だがを殺すのは嫌だし、イアンに気にられた所で良いことはなかった。
『何でこんな時にまたイアンのことを思い出すんだ……』
イアンのことでいい思い出はない。
──その人がイアン・ローズを扇した可能は?
レーベの言葉を思い出した。
その通りだろう。余り考えないようにはしていたけども。
イアンはどうしようもない暴者で短気で自己中心的で……良い所は何一つなかったが……かで仲間思いの所があり、どこか憎めなかった。
謀反人が死なずに済む方法は天下を取ることだけだ。シーマが王になることはイアンの死を意味していた。
『イアンが死ぬのは何かやだな』
人の気配をじて、ユゼフは考えるのをやめた。
気配からし離れ様子を窺う。
気配が去るとすぐにまた馬を進めた。
次にユゼフは盜賊達と一緒にいたアスターのことを思い出した。
長髭にリボンの、格の良い中年男。
盜賊達の中で違和をじさせるあの男の名を「アスター」とレーベは言っていた。
ダリアン・アスターは、ユゼフの兄ダニエル、サムエルと共にカワウの戦場で戦った英雄であり、相當な剣の使い手である。
兄や父がアスターのことを話しているのを聞いたことがあった。
アスターは奇策を講じ、カワウの王子二人の首を討ち取った功績で英雄となった。おで直系の後継者は先ほど亡くなったフェルナンド王子だけになったのである。兄達はアスターに対し、良い印象を持っていなかった。
ずる賢く、小細工を使い、何を考えているか分からない男。質実剛健、真っ向勝負を好むヴァルタン家の家風とは合わない。
戦地で大怪我をした後、國の財務を擔當するまでに出世したアスターは王議會の一員となるまで上り詰めたが、二年前に橫領のため追放された。
アスターの派手な生活ぶりはスイマーでは有名だった。影では田舎大臣様と笑う者もいたぐらいだ。戦地から帰るまで、海の小さな島々を領地に持つだけの田舎貴族だったからである。
帰國後、國政に攜わるようになってからは酒や遊び、賭け事に大金を費やすようになったという。
追放されてからの消息は聞いたことがなかったが……
あれやこれや考えているに時間は足早に過ぎて行った。
森の向こうに低い板塀で囲われた小さな集落が見える。盜賊達の住み処に違いなかった。
末な木の門の前に見張りが二人。
いつの間にか夜は明け、すっかり明るくなっている。
ユゼフの姿を確認した盜賊達は構えた。
「何者だ?」
「ユゼフ・ヴァルタンと申す者だ。頭領アナンに話がある」
ユゼフはそう言うと馬から飛び降り、腰のを地面に置いた。
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