《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》34話 取引材料②

(ユゼフ)

深い森に突如、出現した末な集落。

周りをぐるっと板塀で囲っているのは魔獣の襲撃を防ぐためであろう。

薄っぺらい板一枚で防できるものなのかと、ユゼフは訝(いぶか)しんだ。板からは何の魔力もじない。

が、その疑問はすぐに解消された。

早朝の空気をに例えるなら、青だ。太から屆く最初のが青で、次第にそれが薄まって暖系に支配される。

夜霧を蹴散らす最初の寂しげでありながら、気高く荘厳である。誰もが知ってる世界ではない。ほんの僅かな時間だけ世界は靜かなる青に包まれる。空から溶け出した青が木々の天辺から地面の隅々にまで広がっていく。汚れなき青。

その清らかな青い空気を生臭さが汚していた。

──

囲いの板塀に魔を塗って、人間臭さを消していたのである。

死臭をまとい、生首二つを手土産に訪問する。死神のような自分と相が良さそうな場所だとユゼフは思った。

見張りの盜賊に名乗り、馬から飛び降りる。腰のを地面に置くのは當然だ。どんな共同だろうが、武裝した不審者を無條件でれるわけがない。

賊というのは、不法な戦闘により利益を得んとする者達である。彼らの前で丸腰になるのは相當のリスクを伴う。無論、覚悟の上だ。どの道、命を懸けねば、王(ディアナ)を助けることはできない。

ヴァルタンと聞いて、驚きを隠せない見張りにユゼフは余裕の笑みを浮かべた。生まれて初めての渉だからこそ、思いっきり虛栄を張ってみる。

盜賊のことはよく分からないが、力が全ての世界では舐められたら終わりだ。

見張りの一人が塀の向こうへ引っ込んでいる間も、ユゼフは堂々と待った。

を……ディアナを救い出したい。絶対にやり遂げなくては。固い決意が臆病風をかき消した。

待つこと數分──

獣耳の生えた亜人の盜賊に案され、ユゼフは頭領の屋敷へ向かった。

中は思いのほか広々としていた。

大きな広場と湖が簡易な平屋を挾んでいる。屋を壁と柱で支えただけのシンプルな平屋は集會所と思われた。

戸の嵌(は)まってない出口と窓から、楽しそうに酒を飲み、賭事をする連中が見える。広場では數人が剣を打ち合っていた。

人の出りが激しいのだろう。

ユゼフは大して注目されなかった。好奇の目を向けてくるのはごく數だ。

特徴的なのは亜人の數。

尖った耳を持つ妖族から、獣的特徴を持つ獣人族、はたまた覚や明な薄いでできた羽を持つ蟲族なんてのもいる。

亜人の多いモズでも、多の差別はある。職にあぶれやすい亜人種が犯罪者集団に加わるのは、自然なり行きなのかもしれなかった。

それと子供、帯剣していてもまだい顔つきの年がゴロゴロいるし、點在する住居の軒先で洗濯しているや群れて走り回る児の姿も見える

──いやに生活あるなぁ

思っているより、彼らは恐ろしい集団じゃないかもしれない。

見るからに盜賊という風の厳つい男達もいるにはいる。だが、大半はどこにでもいそうな若者が多い。下町の風景と大差ないと、ユゼフは思った。

下町の不良年達が集まって、集落を作った──そんなじ。

いい合に張がほぐれた所で、目的地に著いた。

頭領のいる屋敷は広場と集會所の脇を過ぎた一番奧。廃材を組み合わせて作ったような末な住居が點在する中、豪華というほどでもないにせよ、まともである。兵士の宿舎にありそうな外観だ。煉瓦造りの四階建て。都市部に近年見られるアパートメントにも似ている。

通された部屋には頭領だけでなく、他に見覚えのある二人も待ち構えていた。

熊のような外形の大男──ナフトで遭遇した。宿営地が襲撃をけた時、ミリヤを連れて行った男だ。

それと、長い髭をへその位置までばした大男。恐らくはダリアン・アスター。

髭の両端を丁寧に三つ編みしており、先を一つにまとめてリボンで結わえている。上に怖そうな親父の顔が載ってなければ、乙の後ろ姿である。

男気に當てられ、途端にユゼフの心拍數は上がった。父や兄を彷彿とさせる強い男像は怖れを呼び覚ます。

ユゼフはしい顔の頭領を睨むことで、気持ちを落ち著けた。こんなことで怯んでいては失敗する。

頭領は男達に挾まれ、真ん中に座っていた。傷跡より顔のしさの方が際立つのもおかしな話だ。変な既視を覚えてモヤッとするも、カオルに似ているからだとユゼフは思い直した。

頭領は睨み返してきた。

──大丈夫だ。そんなに怖くない。脇の二人に比べれば。

頭領をやるぐらいだから、この中では強いのだろう。だが、気弱な知り合いに似た顔立ちは怖ろしさを和らげてくれた。

傷がなければ、盜賊らしくない。ただの男子だ。額から斜めにザクッと切られた醜い傷痕は、彼にとって良い印なのかもしれなかった。

用な言葉より、果を見せて黙らせろ──

ユゼフの心の中でぶ聲がする。

と彼らの間に置かれた長テーブルにバン!と手を突いた。次に……

ユゼフは背負っていた袋をテーブルの上に投げ出した。

赤いの滲んだ生臭い袋を。

何も言わず、生首をテーブルの上に放り投げたのである。家畜に餌でもやるみたいに。

突然の行にさすがの頭領も目を丸くしている。脇の二人も同じく。

「何だ、これは!?」

「これはおまえらの雇い主の首だ」

する頭領を目にユゼフは続けた。

「取引をしよう」

しばしの間、沈黙が場を支配する。

突然、長髭親父が笑いだした。

「面白い、面白いぞ! ユゼフ・ヴァルタン!! 気にった!!」

「貴方は……」

「ダリアン・アスターだ」

思った通り。

アスターが手を差しべたので、ユゼフはその手を握り締めた。

「話は首を見てからだ」

頭領は袋から首を出し、熊男と検分を始めた。

まず出てきたハゲ頭、これには見覚えがあったようだ。頭領が小さく息を呑むのを聞いた。次に出てきた神経質そうな顔の若い男。中途半端な長さの髭と歪んだ口元が王子ということを忘れさせる。

首だけになってしまえば、誰もが數で捉えられるだけの記號になってしまうのかもしれない。王子と対面した時、カチコチに張したことを思い出し、ユゼフは頬を緩めた。

「確かに。これはコルモランの首だが……こっちは?」

「カワウのフェルナンド王子だ」

「……王子、だと?」

頭領と熊男は驚きのあまり聲を失った。

ユゼフは平然と言ってのけた後、頭を掻きながら照れ笑いした。相手が揺すればするほど、こちらは落ち著いてくる。不思議なことだ。

頭領の顔が驚きから、疑いへと変わる。それでも、もうユゼフは怯んだりしなかった。彼は同じくらいの年齢だし、ひょっとしたら仲良くなれるかもしれないとまで思えてくる。

「失禮だが貴公の剣の腕前では……」

「そう、剣は苦手なんだ。でも、俺は騎士ではないから正々堂々と戦わない。どんな手でも使う」

「それにしたって護衛がいるだろうし……どうやった?」

ユゼフはしの間、言う臺詞をまとめるために天井を眺めた。一息吸ってから、ゆっくり話し始める。

「まず、王子と二人きりになるよう仕向けて……それから心臓を一突き。聲を上げさせず仕留める。それから、遅れてやって來たもう一人を同じようにブスリと……」

「そう簡単に……」

頭領は言いかけてから、ハッと息を呑んだ。何かを思い出したようだ。

「まあ、いいではないか。その話はのちほどゆっくり聞こう。面白そうだから。それより今は取引の容を聞こうではないか」

アスターが口を挾んだおかげで、それ以上追求はされなかった。

どうやって倒したかなんて、説明できるわけがない。人の気が読めるなんて信じてもらえる話ではないし、ユゼフ自もよく解らないのだから。

ユゼフは真っ直ぐに頭領を見據えた。

やっぱりカオルによく似ている。下を向いてばかりの引っ込み思案にもっと喋りかければ良かったと、今更ながら後悔した。

「王がさらわれた」

唐突にユゼフは本題へった。

反応を確かめるために言葉を切る。

「魔國(まのくに)の者が襲って來たことから、恐らく魔國に連れ去られたと思う。救う為に貴公らの力を借りたい」

「魔國だと? 貴様、正気か?」

熊男が口をあんぐりと開けている。ものすごい馬鹿面だ。この男も大丈夫。もう怖くない。

「俺は本気だ。力を貸してくれたら、それなりの報酬は約束できる。死んだ雇い主の代わりにな」

「報酬を払うのは何者だ?」

「シーマ・シャルドン。主國の國王になる人だ」

「……國王……お前はその國王になる男に雇われてるのか?」

「雇われてはいない。俺の主人であり、唯一王に相応しい方だ」

頭領はしばらく考えこんだ。

當然だろう。こんなことを即座に処理できる方が異常だ。

彼らに優位を充分提示できたので、ユゼフは落ち著いて待った。王子の暗殺ができたのだから、盜賊との渉など容易(たやす)いものだ。それくらいの覚悟がなければ、ディアナは助けられない。

ややあって、頭領は靜かに口を開いた。

「俺の兄が仕えているというイアン・ローズというのは? 謀反人という話だが……」

これは不意打ち……でもなかった。仕組んだ通り。ユゼフは盜賊達が拾うことを見越して主國からの文をわざと落としていたのである。國での戦、イアン・ローズのことが記されている文を。

ユゼフは微笑した。

「カオル・ヴァレリアンはイアン・ローズの忠実な家臣だが、イアンに勝ち目はない。グリンデルから援軍が來る予定だから」

「グリンデルから? どうやって? 時間の壁は?」

「時間の壁には通り道がある。王を助けたらその場所を教えてやってもいい」

頭領はまた黙った。

しばし、待たされる。

苛ついているのだろう。その間、熊男はそれこそ檻に閉じ込められた猛獣のごとく室をうろついた。

一方のアスターは涼しい顔をして髭を弄っている。こちらは何を考えているか、全く分からない。

このアスターがくせ者かもしれない──とユゼフは思った。

そもそも、盜賊でもないのに何でここにいるのか。騒ぎを嗅ぎつけ、上手いこと報酬にありつこうとしているのかもしれない。

──まあいい。そっちが悪巧みをしているんなら、こちらもそれを利用してやるさ

それぐらいのことが考えられるまで、ユゼフは長していた。理不盡な暴力から逃げ、戦い、運命に抗おうとしたことで強くなったのだ。

「しかし、魔の國は危険過ぎる。し時間をくれないか? 即斷は出來ない」

やっと口を開いた頭領の言葉は自信なさげだった。

ユゼフは肩の荷が降りたようなに襲われた。

取りあえず、捕らえられたり、殺されたりといった危険は回避できたのである。安心するには早いとはいえ。

功でもないが、失敗はしなかった。自信なさげな頭領の目から敵意は消えている。兵士を出してくれなくとも、報提供くらいはしてくれるかもしれない。それにしばらく滯在させてもらえそうだ。

初めての渉にしては上出來だった。

まだ約束の月までひと月ある。

ここまで來れたんだ。何とかなるさとユゼフは思う。

グリンデルの援軍はもうシーマの元に

屆いたろうか?

──シーちゃん、何とか乗り越えてくれ。俺は王様を絶対に取り戻すから

※アキラ視點→https://ncode.syosetu.com/n8133hr/5/

次話 34話から場面が変わります。

壁の向こう、鳥の王國にいるシーマ視點になります。

ここまでお読み下さりありがとうございました。お気に召されましたら、ブクマ、評価してくださると幸いです。

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