《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》39話 サチの

シーマが追い詰められるに至った訳は??

最初からシーマは彼(・)を重要視していた。計畫通りいけば、自分側に取り込めるはずだったのだ。

──ジニア、おまえは賢い。俺につけ

──今更、おまえについて何をしろと? 薄汚い裏切り者になるくらいなら死んだ方がいい

ユゼフの親友、清廉な人──サチ・ジーンニアはシーマではなく、狂った暴君イアン・ローズについた。

──俺は誰のものにもならないし、誰にも跪かない。分かっているはずだ

彼の言葉。

彼は「絶対に負けない」と。

言葉の通り、シーラズ城を包囲した。

どうやったのか、答えは數日前に遡る──

──────────────

(壁の向こう鳥の王國、謀反人イアン・ローズの家來サチ)

そもそも、サチ・ジーンニアは何も知らされていなかった。

事前に知っていたら止めただろうし、り行きで荷擔するようなこともなかっただろう。

謀反が起こった時、彼は北のローズ領に居た。

ローズの領地は北に位置する魔國(まのくに)と國境を接しており、時折魔人や魔り込む。

ここ數ヶ月の間に小さな村が襲われる事件が多発していたため、サチは調査で領を回っていたのである。

時間の壁が現れる前れだとか、々言われていたが、詳しいことは分からない。拠のない迷信じみた話をサチは聞き流していた。

ローズ城から二百スタディオン(數十キロ)離れた所に位置する亜人の村にて。魔國との境界沿いにあるその村で、衛兵らと聞き込みをしていた所だった。

荒々しくも楽しそうな息遣い、獣特有の香ばしい香りをじて城の方を見やると……

文を結えた猟犬がこちらへ走ってくる。

「ラルフ、どうした?」

近くまで來た灰の狼犬はサチの匂いを嬉しそうに嗅ぎ、鼻をくっつけて甘えてきた。

この犬はイアンが狩りに行く時、いつも連れて行く犬だ。サチにもよく懐いている。

手紙はイアンの母、マリア・ローズからだった。

『早く戻りなさい。大変なことが起こった』

手紙にはそれだけが記されてあった。

夕方のお祈りの鐘が鳴ってから二時間後、サチはローズ城に戻った。

真っ暗な空に月は出ていない。

日が長くなったとはいえ、落ちた後はあっという間に暗くなる。闇が地を浸食する速度は真冬と変わらない。

晝間は小春日和で暖かったのに、夜の寒さはひと月前と同じ。サチは歯をカチカチ鳴らしながら馬から降りた。

マダム・ローズの所へ行く前に暖まりたいのをグッと我慢する。きっとまた、イアンのせいでろくでもないことが起こったに違いない。暴力事件か関係か……どっちでもいい。金で解決できるのであれば。

城では厳しい表のマリアが待っていた。

イアンの母マリアは若い頃はしかったのだろうが、心労の為か年齢よりも老け方が激しかった。総白髪の下、眉間とほうれい線には深く皺が刻まれている。

の心労の原因はイアンという問題児を産んだことだけではなく、その生い立ちも関係している。

ローズ家には男子が産まれなかった為、長であるマリアが家を継がなくてはならなかった。一方で次バルバラは侯爵エステル・ヴァルタンの元に嫁ぎ、三ミリアムは王妃になっている。

マリアだけが格下の家から婿を取ったのである。それがイアンの父であるエリシャ・ローズ。マリアがイアンを妊娠中、エリシャは病で亡くなってしまう。そして更に格下の家から婿にやって來たのが現在の夫のハイリゲ・ローズであった。この男はマリアに子種を授けることが出來なかっただけでなく、外にアダムという息子を作った。

「奧様、只今戻りました」

「ジーンニア、遅かったわね」

サチは黙っていた。これでも馬に鞭を當てて大急ぎで帰って來たのだから。

マリアは険しい顔で話し始めた。

「私がお前をイアンの側へ仕えさせたのには理由があるのよ」

冷たい爬蟲類の視線はサチを捉えて離さない。

何というか……悪い人間ではないのだが、堅苦しい。変に潔癖で頑なな所がある。冷たい印象をけるのは自に厳しい分、他人にも厳しいからだ。

「お前がイアンに無禮な態度を取るのを黙認していたのも、分が低いにも関わらず貴族と同じように扱うのも理由があってのことです」

口調から、イアンが問題を起こしたことは明白だった。

「イアンの質はよく理解しているわね?」

「はい。イアンがまた何かしでかしたのであれば……」

「生意気に自分の意見を言おうとするんじゃない。イアンはお前のことを一番気にっていたし、誰の言うことにも耳を傾けない子だけど、お前の言うことだけはよく聞いた」

「……」

「今までのとは訳が違う。大変なことになった」

マリアはサチに手紙を渡した。

サチの瞳は端から端へ一気に文字を追う。目を通すには一秒もかからなかった。

送り主は王議會の大臣。

手紙には、イアンの犯した謀反の容が記されてあった。

そこで初めてサチは事の深刻さに気付いたのである。

「どうして、どうして止めれなかった? お前が近くにいながら、どうして……」

マリアはその場に泣き崩れてしまった。

予想だにしなかった出來事だ。サチも言葉を失う。

どこかのご婦人を妊娠させた?

それとも結婚前の令嬢か?

聖職者に無禮な言いをしたのか?

或いは王城で剣を抜いて闘騒ぎを起こしたとか? 貴公子に怪我を負わせたとか?

想像したのはこの程度。

まさか、謀反などとは──

驚きの余り呆然としたものの、サチはすぐに正気を取り戻した。

起こってしまったものはどうしようもない。まずは狀況を確認しなければ──

「奧様、兵は如何ほど殘ってますか?」

「ほとんどイアンが連れて行ってしまったわ。夫は自が背信行為とは無関係なことを証明する為、王城へ向かった」

「この城を守る為、イアンは兵と信頼できる者を寄越すはずです。奧様は城からかないようにしてください。私はイアンのもとへ向かいます」

「今更もう、手遅れよ。お前がイアンの傍に行った所で……」

しているマリアを目にサチは一禮し、大広間を後にした。

大事件はこうして幕を開けたのである。

王立歴三二三年 カモミールの月※十六日──イアン・ローズのは三十九人の王子の殺害から始まった。

ヴァルタン領の南西、瀝青城にて。

直系の王子達が一カ所に集まった。

彼らの目的は談合。

容は奴隷の所有権についてだ。

大陸の北西に位置する妖族の國アオバズクから大量に亜人の奴隷を連れて來る。グリンデルと共謀し、計畫が進められていた。

アオバズクに住む妖族は不思議な力を持っているが、武を持たず戦うことが出來ない。

話し合いに參加したのは王子の他、瀝青城城主サムエル・ヴァルタン、その父エステル、グリンデル王國から來た大使と外務大臣。

幻の十年計畫。

一年間に十萬人、十年で百萬人を運搬する。その十萬人のから何割の所有権を得られるかによって、年間所得が大きく変わる。王子達は必死だった。

この奴隷輸送計畫は勿論極だ。

王議會でもまだ公にされてなかった。

すなわち、談合とはこういうこと。

この大規模鬼畜プロジェクトを王が勝手にグリンデルと進め、自分のに権益をさっさと分け與えてしまおうと、話し合いの場を設けたのだ。

カワウとの戦爭が終わり、兵員をそのプロジェクトへ回す。戦爭で失われた農業や工業、採掘に攜わる人員を奴隷で補うつもりだった。

この卑劣な談合中に討ちることをイアンに提案したのがガラク・サーシズだ。最近、イアンの家來になったばかりの得の知れない男である。

最初、瀝青城に火を放つようガラクが進言したのをイアンは拒否し、城にカオルと共に攻め込んだ。

そこで、イアンはサムエル・ヴァルタンの猛剣にやられる。ヴァルタン家は長男ダニエルという英雄を生み出した剣聖の一族である。イアンは負傷し、兵もなからず失うことになる。

見返りとして得たのが、二十三人の王子の首であった。それと人質。まだ未年だった五人の王子をイアンは殺さなかった。馬鹿殿とはいえ、これぐらいの分別はわきまえている。

しかし、この戦いの裏でガラク・サーシズがとんでもない行を起こしていたのである。

ガラクがしたのは子の慘殺──

長子であるアレース王子の子息二人、次男タリタスの子息二人、そして三男ボントスの末の子息、四男エレボスの末の子息、五男ヘクトルの四人の子息、六男ペレウスの子息三人、七男ミノスの子息三人……

この王子達は全員子供だった。中には赤子や児もいる。

アレースとタリタスの息子達はアレースの城で一緒に遊んでいた所を攻められ殺された。そしてボントスとエレボスの息子達は侍の中に紛れた間者により毒殺される。

たった一日でクロノス國王の四十四人の後継者の、三十九人を殺害し、五人を人質にしてしまった。

※カモミールの月……三月

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