《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》40話 王城へ突
(サチ)
イアンから目を離すべきではなかった。
ちゃんと見ていれば、謀反を防ぐことができた。ガラク・サーシーズのような悪人から遠ざけるべきだった。おかしな空気をじとった時にイアンを問いただせば良かったのだ。
後悔先に立たず。
そんなものは布にくるんで、心の隅に置いとけばいい。サチは気持ちを切り替え、瀝青城を占拠したイアンの元へ向かった。
腹を決めたのはいつだったか。
王子を三十九人も殺して、もう後には退けない。いつものように、謝罪と金で済む問題ではないのだ。命? イアンの命だけで済むのなら、サチは喜んで差し出しただろう。
だが、多くの人を巻き込んだ戦いは始まってしまった。國を二分するほどの戦いが。
終わらせるために、命一つだけでは済まされない。やるなら徹底的にやらねば、食われる。
そうと決まったら、サチは自分でも驚くぐらい冷靜だった。余計なは捨て、ただ勝つためだけに思考を巡らせる。
幸いにも、サチはイアンに信頼されていた。
王城へ攻める時の段取りはサチがほとんど考えた。不本意とはいえ、やるからには勝つための作戦を練り、イアンに説明したのである。
ヴァルタンの瀝青城での謀反発生が伝わり、王城は混狀態にあった。
報が錯綜する中、誤報を流すのはたやすい。クロノス國王に不満を持つ者はなくないからだ。國王に不利な報を流せば、瞬く間に広がった。
デマの容は……イアンが乗っ取った瀝青城を本拠地とし、二十八人の王子を人質にとっていると。結果、王軍のほとんどが瀝青城へ向かった。
事実は、王子ほぼ皆殺し。僅かな人質はローズ城へ送ったので瀝青城に兵はいない。
王城の守備が弱まった所で、小數を裝いイアンはクロノス國王を告発したのである。
深夜、月のない夜だった。
星明かりすら屆かない曇り空がイアンに味方した。
「余、イアン・ローズは霊の名において鳥の王國國王クロノス・ガーデンブルグを告発する」
告発の文言はこの一言から始まった。
この告発文の容は各地の諸侯へと送られた。容は以下である。
ガーデンブルグはグリンデル王國、ヴァルタン卿と共謀し、他の領主、諸侯、及び國民を欺く重罪を犯した。
アオバズクへ攻めり、亜人を大量輸送する計畫を公にせず、極裏に進めた。よって、二十八人の王子、ヴァルタン卿、グリンデルの高らが瀝青城で行った談合を余は摘発する。
これは謀反ではなく、王子達とヴァルタン卿、グリンデルの談合を世間に開示するため行ったことである。
王國憲法第十二條、國王は王議會過半數の賛、又は投票により國民の過半數以上の指示を得られなければ、単獨で軍をかし開戦することをず……とある。また憲法二十條、法に反する行為が未然の場合であっても、謀議を行った時點で処罰の対象になる……とも。
國王と王子達はグリンデルと共謀し、議會、國民を蔑(ないがし)ろにし、軍を私利私の為、議會の承認無しにかそうとした……
「よって余はクロノス・ガーデンブルグを重罪人として告発する」
高らかに聲を上げ、イアンが告発文を読み上げた時、松明の明かりは前衛隊にしか持たせなかった。
數百人で抗議しているように見せかけるためである。
ただの抗議であり、宣戦布告ではないと。実際は後ろに二萬を越える兵が控えていた。
國王側はまんまと騙され、跳ね橋を下ろし兵を突撃させた。愚かな謀反人を蹴散らすだけのつもりで。
談合をばらされたことは王側にとって痛手だった。イアンを上手いこと生け捕りできれば、の字である。裁判にかけ、自白させ、利己的な謀反であったことを世間へ強調したかったのだろう。
狹い橋の上を進軍するのは、イアン側の弓兵の標的となった。
矢印に布陣した槍部隊が前衛隊だ。その後ろに弓兵騎馬部隊が控えていた。弓矢で損なった兵を前衛の槍部隊が突き刺していく。
イアンの兵は跳ね橋を渡って城へ一気に攻めった。
王城へった後、サチは無我夢中で剣を振り回し戦うしかなかった。戦いを好まなくても、突の段取りを考えた當人が本番で逃げるわけにはいかなかったのである。
その時、初めて人を殺した。
一何人、殺したかは分からない。
首を狙われるイアンを援護しなければならなかった。
ギリギリまで追い詰められると、とんでもない力を発揮することがある。
剣などほとんど握ったことのない人間が戦の初陣で主君を守り抜いたのだから。
イアンが肩を槍で貫かれた時、既に軍は主殿へり込んでいた。サチは手當てのためイアンを後退させようとしたが、イアンは首を橫に振った。
「大した怪我ではない。それより軍の大將である俺が居なくなっては士気が下がる」
國王を早く見つけ出し、首を取らなくてはいけない……もっともだ。
焦り始めた時、甲高い呼び笛の音が主殿を駆け巡った。これは大將首や有益な人質を見つけた時の合図。
音の方へイアンとサチは走った。
音は下の階から聞こえる。
地下のワイン貯蔵庫の口でガラク・サーシーズの家來が呼び笛を吹いていた。
イアンとサチは地下へと降りて行った。
ひんやりした地下室の中は広い。細かく枝分かれした道を松明の燈っている方へと進んだ。
奧へ行くと、ガラク・サーシーズが豪奢な服を著た壯年の男に剣を向けているのが見えた。
男の肩からまでは切り裂かれており、金糸で細かい刺繍を施された上はに染まっている。男は膝と手を床につけ這いつくばっていた。男の後ろでは、鳶(とびいろ)の髪をしたしい娘が震えている。
「イアン様、ここに居られるのはクロノス・ガーデンブルグに間違いありませんか? 私は遠目にしか見たことがないので、自信がないのです」
ガラクはまとわりつく蛇のような嫌らしい笑みを浮かべながら言った。
イアンの母マリアは王妃であるミリアムの姉である。
王家と親戚関係にあるローズ家が王城の晩餐に呼ばれることは珍しくなかった。國王と何度も顔を合わせているイアンに確認させるため、ガラクは呼んだのだ。
イアンはまず男の後ろにいるしい娘を見た。彼はイアンの従姉妹のヴィナス王だ。イアンとはい頃よく遊んだという。彼の従者であるイアンの弟アダムは傍にいなかった。
そしてガラクの足元でうずくまっている男は、間違いなく國王クロノス・ガーデンブルグだった。
國王はイアンの姿を確認するなり、真っ赤な顔で怒鳴り始めたのである。
「イアン・ローズ、この問題児めが! このような行いが許されると思っておるのか? そなたのような問題児が生き長らえているのはローズが王妃の実家だからだ。今までそなたが問題行を起こしても、王家の力でみ消すことが出來たのだ。それをこんな形で、恩を、仇で返しおって! この赤頭が!」
イアンは國王の剣幕にたじろいだ。
國王は罵倒するのを止めなかった。
「ここにいるヴィナスはこんなことにならなければ、そなたと結婚させる予定だった。気の狂った赤頭との結婚が駄目になって、この娘にとっては幸運だ。そなたの祖父とは戦友であったが、孫の出來が悪く奇行を繰り返すのは気の毒極まりない……」
國王はそこまで話してから咳き込んだ。後ろに居たヴィナスが涙を流しながら訴える。
「お父様は大怪我をされているの。ねえイアン、お願い。見逃して。どうしてこんな酷いことをするの? 本當の貴方は優しい人なのに……」
イアンは何も言わずに立ち盡くした。
様子を伺っていたガラクが薄笑いを浮かべて言う。
「國王に間違いないようですね」
その時、背後から甲冑のれあう音と派手な足音が聞こえてきた。五、六人はいるだろうか。呼び笛の音を聞いた兵が來たのだろう。
どちら側の兵かは分からない。
「おや? 誰か來ましたね。國王と姫君は奧の部屋に隠します。問題あればお呼びください」
ガラクは通路の奧にあった扉を開け、國王を引きずりれた。
扉を開け放せば、全域を確認できるぐらい狹い部屋だ。小規模な書斎のようにも見える。壁一面に本が並べられていた。
促され、イアンを恨めしそうに振り返ってからヴィナスも部屋へって行った。
寸差……危うい所だった。
バタンと扉が閉まった直後、現れたのは味方の兵ではなく、宰相クレマンティとその配下の騎士達だった。
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