《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》41話 決闘
國王と王が部屋に連れ込まれ、扉が閉ざされた後……
同時に現れたのは味方の兵ではなく、宰相クレマンティとその配下の騎士達だった。
「卑劣な謀反人イアン・ローズよ、國王陛下はどこにおられる?」
現れるなり、クレマンティは尊大な態度で尋ねた。
イアンは黙っている。
無言のイアンに対し、クレマンティは剣を抜いた。
「今、貴様を斬り殺すのはたやすいが、王家の親族であることに敬意を払い、敢えて決闘を申し込もう」
地下に降りてきたのはクレマンティを合わせると五人。クレマンティ以外は皆、甲冑をに付けていた。風貌から彼らは練の騎士だと思われる。歩兵五人と騎士五人では訳が違う。
ガラクは別室にいるし、味方はまだ來ない。イアンとサチの二人だけで対峙しなければならない。かなりのピンチなのにイアンは妙に落ち著いており、そのおでサチも冷靜になれた。
宰相クレマンティは真っ黒なれを後ろにで付け、綺麗に整えた口髭を生やしていた。
彼は國王の右腕であり、絶えず國王の傍にいる相談役である。政治的手腕が優秀なのは知られていても、剣の腕前に関してはあまり知られていなかった。
だが、自ら進んで決闘を申し込むあたり、自信があるのだろう。
ガシャン、ガシャン、ガシャン……
金屬同士の音が地下道ではよく響く。
イアンは軽く頷いてからに纏っていた鎧を外し、剣を抜いた。クレマンティが鎧をにつけていなかったからである。
前線に出るつもりはなかったのか、すぐに逃げるつもりだったのか、理由は分からない。ただ、裝備が完璧でない狀態で正々堂々と決闘を申し込むのは、男らしくじられた。
こういう男らしさに対して、騎士道神で答える。鎧をいだのはイアンらしかった。
城へ攻めってから、何度となく人を斬ってきたイアンの剣アルコは綺麗に拭かれている。そのまま鞘に収めると、が固まって抜けなくなってしまうからだ。
アルコのしい刀があらわになると、クレマンティは嘆の聲を上げた。
「しいエデンの剣だ。謀反人には勿ない……しかし、それによく似た剣をどこかで見たな……まあいい」
クレマンティはイアンに斬りかかった。
スピードは早い。一気に懐へられる。すぐ畳み掛けるように斬撃を繰り出してきた。イアンは珍しく守勢にまわった。
イアンの方が十五ディジット(二十三センチ)ほど長が高いし、アルコは普通の剣より長い。それでもクレマンティの方が一見、優勢に見えた。
──いや、違う
サチは気付いた。
クレマンティは確かに素早い。だが、激しい攻撃を続けても全て避けられている。
『彼は攻撃を止めることができない。何故なら、イアンに攻撃する隙を與えては危険だから。リーチが長いイアンの攻撃範囲は広い。イアンより低長のクレマンティは近接している狀態の方が有利だ』
高長の相手と戦った経験もあるのだろう。クレマンティは戦い慣れていた。
イアンの方は剣の戦いなら、冷靜でいられるようだ。黙々と攻撃を避け続けている。大きな褐の目は鋭くり、クレマンティのきを的確に捉えていた。
なおかつ、幹がしっかりしている。
攻撃をけた後、イアンがバランスを崩すことは決してなかった。避けた後は瞬時に元の勢へと戻ることが出來る。
クレマンティはイアンの首ばかり狙っているように見えた。そして、しつこくイアンを挑発していた。
『もしかして……イアンが攻撃するのを待っているのか?』
「噂のジンジャーは意外に臆病なのだな。避けるばかりで攻撃して來ないとは……」
赤を馬鹿にされても、イアンは激怒しなかった。
戦いに集中している時はまるで別人だ。何事にもじず、敵のきを冷靜に観察する。それに然るべき無駄のないきをする。
お互い隙を見せぬまま、時間だけが経った。突破口を見出だしたのはイアンの方だ。
を狙って來るのが分かったのだろう。一歩下がって、クレマンティの首へ刃を向かわせた。
クレマンティはイアンが攻撃を仕掛けてきたのでしたり顔をしたが、たちまち蒼白になった。
攻撃する時の一瞬の隙、カウンターを狙っているのだとイアンには分かっていたのだ。
イアンは逆に偽攻撃を仕掛けたのである。
首を狙うと見せかけて、クレマンティの肩からまでを斬りつけた。
中に金屬を著込んでいるので表面を斬りつけただけではダメージを與えることが出來ない。だが、思わぬ一撃に剣先がずれた剎那、間合いへり込んだ。
そのまま一気にクレマンティの腹をアルコで貫く。
が滴る。
切っ先がクレマンティのの向こう側へ出た瞬間、控えていた四人は一斉に剣を抜いた。
サチも一呼吸遅れて剣を抜き、イアンの前に勇ましく立ったが……
ビュンッ……ビュンッ……ビュンッ……ビュンッ……
重量のあるが風を切り裂く音。
それはすぐに金屬同士がぶつかり合う音へと変わる。
サチがきを追えるのは辛うじて一人だけだ。イアンは一人で三人の相手をすることになる。それも雑魚ではなく手練れの。
重いのは嫌だから、サチは甲冑を著ずに鎖帷子を著込んでいた。その分、敵より軽なはずだが、それでも相手のきの方が素早かった。
「ガラーーク!!!」
イアンはんだ。
奧の扉はしんと靜まり返り、全くく気配はない。
火花を咲かせ、刃が弾かれる。
ちょうどいいタイミングで相手の刃から跳ね返った。
敵側と間合いを取り、イアンとサチは背中合わせになる。
イアンは舌打ちしてから、サチに言った。
「俺が四人倒す。お前は援護しろ」
ジリジリ、見事な足捌きで下がっていく。
かかとに磁石が埋め込まれたような正確さでサチはイアンの足がぶつかる前に一歩、また一歩と踏み出した。
がら空きの背中を守るために。
この二人三腳は數歩で終了した。
壁まで來ると今度は橫並びになり抗戦する。
必死過ぎて隣でイアンが何をやっているかまで、サチには分からなかった。
耳に殘るは斬撃の音のみ。
それと、皮をでる風との匂いだけが記憶に殘る。視覚で捉えた報は一切殘らなかった。
気付くと床がでヌルヌルしていた。
首が一つ、ゴロンと足元まで転がってくる。目の端に二人分の亡骸が見えた。
イアンはすでに壁から離れ、一対一で敵と戦っている。
イアンへ意識が反れた直後、サチの頬に飛沫(しぶき)が當たった。
生臭い。鉄を含む生の香り。
口を貫かれた顔がすぐそこにあった。そこでサチは肩の辺りを刺されていることに気付いた。
気づいてから、痛みと生溫かいのが襲ってくる。
恐らく騎士がサチのを貫こうとした時、瞬発的に避け、貫く位置が肩にずれたのか……その直後、相手の顔を刺したのだと思われた。
とにかく夢中過ぎて、記憶が追いついていかない。どのように切り抜けたか、サチは覚えてなかった。
騎士は驚きと恐怖のりじった目でサチを見た狀態のまま息絶えていた。
目一杯開かれた口に突き立てられた刃が無殘だ。
どうしてそんな神業が出來たのか、分析をしている時間も怪我の痛みをじる余裕も、サチにはなかった。
別の騎士と戦っているイアンの背後に影が見えたからである。
先ほど腹を刺されて倒れたクレマンティが起き上がり、剣を手にイアンの背後へ迫っていた。
サチは騎士の口から剣を抜いて走った。
──頼む!! 間に合ってくれ!!
ダンッ!
その時、リズミカルに叩かれる拍音が耳元で聞こえた気がした。
心臓を捉えた。
瞬間、サチはクレマンティの背中からへ……刃を突き通したのである。
それはイアンが、殘り最後である騎士の首を刺したのと同時だった。
バタン!
全てが終わった所で奧の扉が開いた。
やっと出てきたガラクはポカンとした表をしている。
さっきまではそこになかった五のが橫たわっているのだから、當然と言えば當然だ。
「おお、呼びましたか? ……あれ? このは? 一何があったのでしょう?」
ガラクは白々しく尋ねた。
「イアン様、お怪我は?」
「大したことない」
ガラクに鋭い視線を投げてから、イアンはサチを見て表を和らげた。
「サチ、ありがとう。おまえのおで何とか切り抜けることができた……酷い怪我をしている。大丈夫か?」
サチは頷いた。
まだ、興狀態にある。
自分でも何が起こったのかよく分からない。
目の前にある亡骸を見ても、実が涌かなかった。刺された肩には全く痛みをじない。
「全く痛くない。だから大丈夫だ」
そう答えたにもかかわらず、イアンは有無を言わさぬ勢いで、サチの怪我の手當てを始めた。
まず、サチが持ち歩いていた救急道の中から包帯を取り出す。何ともなかった所に激痛が走るというのに、サチの肩をきつく縛りあげて止した。
イアンはたまに繊細で優しい一面を見せることがある。この時もただ純粋にサチを気遣って手當てをしたのだった。
ガラクはその二人の様子を、まるで異様なものでも見しているかのように眺めていた。
「王と王は?」
何か嫌な予がしてサチはガラクに尋ねた。ガラクは眉をしかしただけで答えない。
「イアン、王と王の様子を確認しないと……王は大怪我をしていたし……」
サチは立ち上がって奧の扉へ向かおうとした。
「ちょ、くな! まだ包帯が巻き終わっていない」
イアンはサチを座らせようとする。
「奧の部屋に二人とも居る」
ガラクが馬鹿にしたように笑った。
「それにお前が気にすることでもあるまい。お前は従者らしくイアン様のお傍に控えているだけでよいのだ。碌(ろく)に剣も扱えない癖に……」
「サチは従者ではない」
イアンはガラクを睨んだ。
「じゃあ、何だと言うんです。貴族でもない。卑しい分の口だけ達者な糞ガキでしょ。こいつは」
「俺はクレマンティに殺される所だった。サチが助けてくれなければ……お前が奧の部屋で隠れている間にな」
サチはイアンが手を止めた隙に立ちあがり、奧の扉へと走った。こういう時の嫌な予は十中八九當たる。確認せずにはいられなかったのだ。
「サチ! こら、ジッとしてろ!」
イアンは怒鳴った後、開け放たれた扉の向こうを見て愕然とした。
狹い部屋のどこにも王と王の姿は見當たらなかったのである。
「どういうことだ?」
三人は部屋にり、中を見回した。
「さっきまでは居たのですが……」
「おい、貴様? 逃がしたのか!?」
「イアン様が従者の手當てをしている間に……おい、ジニア、お前が手當てなんかしてもらうから……」
ガラクとイアンが言い合っている間、サチは室を隈無く目で追っていた。
気になったのは部屋の奧。二つ並んだ本棚だ。サチは本棚の前に立ち、角度を変え何度か押してみた。
「何をしている? そこはただの本棚だ」
後ろからガラクの手がびてくる。
縦に一列、本と本の間に隙間があった。
そこに手を差しれ、しだけ力をれてみる。
ガラガラガラガラッ……
本棚は音と共に、左右の壁へと吸い込まれていった。
本棚の奧に見えるのは、暗く細い道。
隠し通路だ。
さすがにガラクはうろたえた。
「まさか、こんな所に通路があったとは……」
イアンは松明も持たずに暗闇の中、道の奧へと走り出した。
サチはイアンを追いかけず、り口付近の土壁へ手を這わせた。
燭臺がある。……まだ溫かかった。先ほどまで火が燈されていたのだ。そしてその火を消したのは恐らくガラクだ。
燭臺に火を點けると、通路の全貌が明らかになった。
馬の蹄の跡と糞、エサの食べ殘し。ここに馬を用意して逃げられるよう、他の協力者が前もって準備していた。
ガラクは王の顔をイアンに確認させたら、最初から逃がすつもりだったのだ。
この謀反の黒幕は王と王を保護する者に間違いない。イアンをそそのかしたのも恐らくは……
「イアン! 戻れ! 馬で逃げてるから追いつけない」
サチはんだ。
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