《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》42話 作戦

(サチ)

後ほど、國王とヴィナス王がシャルドンのシーラズ城に保護されたことをサチは知った。

恐らく筋書きを書いたのはシーマ・シャルドン。

王城にいたシーマの父ジェラルドは捕虜にし、ローズ城へ送っている。馬鹿みたいに取りしていたし、計略とは無関係と思われる。

ガラク・サーシズは王城を占拠した後のどさくさに紛れて逃げた。

ガラクがシーマと繋がっている可能について。サチはイアンに伝えるのを保留した。的なイアンが何をしでかすか分からなかったからだ。

謀反のきっかけとなった瀝青城での談合も気になる。どういう経緯でガラクが……その背後にいるシーマがこの報を知り得たのか。

サチの脳裏に親友の顔がチラついた。

ヴァルタン家の私生児。ユゼフ・ヴァルタンの顔が。

──ユゼフが関係しているかは分からないけど……今、考えるべきはこれからのことだ

サチは余計な考えを振り払った。

王城を占拠したのはいいが、あっという間に取り囲まれてしまったのである。

取り囲んでいるのはシャルドン家含む王黨派の軍勢。今、イアンの首を討ち取れば、間違いなく権力を手にできる。

イアンは全くきできない狀態になってしまった。この狀況を打破するには? まずは話し合いだ。無論、解決できやしない。だが、相手の狀況や意図を知るためには、一度話しておく必要がある。

サチはシーラズ城へ軍使として行く役目に立候補した。

†† †† ††

シーマとの話し合いは決裂。

これは予想通りだが、サチは別のことで心をしていた。

まず、親友のユゼフがこの件に荷擔していたこと。シーマは魔族方式の臣従禮をユゼフとしたと、傷を見せてきた。

そして、シラーズにいる妹のことだ。

シーマは妹をダシに脅してきた。こちら側につけと。

で考えれば、シーマについた方がいいのは分かっていた。だが、が許さない。卑劣な手段で謀反を扇し、い王子達を亡き者としたシーマにつくことは、誇りが許さなかったのである。

──あいつのことだから、妹に何をしてくるか分からない。くそっ……早く片を付けなければ

そんな神狀態でサチは帰城した。

ところが王城へ戻ると、馬鹿殿はもう勝った気になっている。城にいた達とお楽しみ中であった。

とじゃれあいながら、報告を聞こうとするイアンにとうとう堪忍袋の緒が切れた。

サチは一人のの腕を摑んで部屋の外へと引き摺り出した。

「出ていけ! あばずれども!」

怒鳴ると、手に持っていた旗を床に投げ付ける。

は一人殘らず広間から出て行った。

ここ數日ろくに寢れなかったことも重なって、サチは相當苛立っていた。

「そんなに怒ることはないだろ? お前にもお古をやろう」

イアンはそう言うと、何とはなしにサチの全を眺めた。

戦中の今は汚れた皮鎧を著ているが、普段のサチはもっと小綺麗にしている。用なサチはイアンのいらなくなった服を自分で仕立て直して著ていた。

「馬鹿なのか、馬鹿なのか?? おまえは?? イアン?」

サチは遠慮なく喚き散らした。

イアンも無禮な言いに、カチンと來たのだろう。

玉座から立ち上がった。イアンの長は四キュビット(百九十八センチ)はあったので、サチを見下ろす格好になる。

燃えるような赤い髪はイアンの激しい気を現していた。子供の頃、コンプレックスだったそばかすはもう消えている。

「口の利き方に気をつけろ! いつからおまえは俺の母親になった?」

イアンはサチを見下ろしたまま、低い聲を出した。イアンにあのような言いができるのは、サチ以外にいない。

サチは聲のトーンを落とした。

「さっきの達は元々この城に居た者達だ。話を聞かれたらまずいことぐらい分からないのか?」

「どうせ城からは出られまい。囲まれてるのだから」

「出る方法なら幾らだってある。夜霧に紛れて文を飛ばすことだって可能だ」

イアンは溜め息を吐くと、言い爭うのをやめた。口喧嘩で勝てないことは分かっている。

「……で、シーマは何と?」

「予想通りだ」

「だろうな……」

イアンが答えた途端、サチは音を立てずその場を離れた。

抜き足、差し足──

何で會話中に人差し指を立てて離れたかって? 気配をじたのだ。

扉の前まで行き、一気に開ける。

そこにいたのは、さっきまでイアンといちゃついていただった。

扉の向こうで聞き耳を立てていたのだ。國王?……いや、シーマの間者だろうか。

即座に逃げようとするの腕を摑み、サチは中へ引きずり込んだ。纏めてあった艶やかな栗の剝き出しの肩に解け落ちる。

先ほどまでの楽しそうな態度とは打って変わって、は鋭い目でイアンを睨んだ。

「サーシャ……」

イアンはの名を呟いた。

のことが気にっていたのか、なからずショックをけている。

サチはの髪を引っ摑んだまま、短剣を抜いた。

「やめろ。殺す必要はない。地下牢に繋いでおけ」

サチには分かっていた。イアンは必ず止めると。このい暴君はに滅茶苦茶甘い。分かっているから、安心して剣を抜いたのだ。サチは直ぐに剣を収め、兵を呼んだ。

「これからどうする? このまま籠城か、それとも行を起こすか……」

が連れられ二人きりになると、イアンは不安な顔を見せた。

ここからは大事な話を本音で話す。サチは他に怪しい気配のないことを確認してから、口を開いた。

「話す前に約束してほしいことがある」

「なんだ?」

「俺に緒で勝手な行をとらないでしい。今回のことだって……」

「分かってる。でも言ったら絶対に反対しただろうが」

「當然だ。君を唆(そそのか)した奴らは全員信用できない。何かあれば簡単に寢返るだろう」

「でも、上手くいった」

「途中まではな」

イアンは黙る。

力はあっても、中が伴わない。

本當は不安でどうしようもないのだ。と遊ぶのも不安を紛らわすため。

サチは無意識のにこの暴君を作しようとしていた。

「いいか? よく聞け。王城の包囲を破ろうとするより、王のいるシーラズ城を叩く」

「……どうやって?? 今、包囲されてるんだぞ??」

「別に包囲を破らなくても方法はある。ローズの領に兵が一萬人いるだろうが」

「ローズはカオルに守らせてるが……兵一萬を移したら、ローズはがら空きになるぞ? 捕虜だっているのに」

「がら空きになっても構わない。奴らは遠く離れたローズにまで足をばさないだろう。そんな余裕はないはずだ」

「そもそも、どうやってカオルと連絡を取るんだよ? 一歩も外へ出れない狀況なのに……」

「連絡を取る方法なら幾らでもあるさ。そうだな……俺がカオルの所へ出向こう。逃走兵というのはどうだ? 深夜に正面から敵陣に攻撃を仕掛けるんだ。その間に背後の海へ小さいボートで出する。百人くらい引き連れて白旗を揚げ、武を海へ捨てればいい。ダッサい歩兵の格好でな。正面から攻撃を仕掛けられて、相手側は忙しいだろ? 逃走兵に構っている暇はない」

の空いた大陸の南に王城は位置し、ローズ城は北に位置する。

王城の後ろは海が広がっており、點在する島の一つにローズへ繋がる蟲食いがある。

サチはテーブルにアニュラスの地図を広げた。これから本題にる。

まず、ローズの領にいる兵一萬人をシーラズ城へ向かわせるため、百人毎に小隊を組ませる。

大陸側に沿って海を渡るのは王黨派の兵が居るためにできない。

また、アニュラスのと呼ばれる海の中を突っ切るのも難しい。

大きな軍船で渡ろうとすれば、小さな島々が散在しているのでスピードを出せないし、小回りがきかないので最悪事故を起こす危険もある。何より目立っては敵側に進軍を気付かれてしまう。

かといって海の中央部を渡ろうとしても、複雑な海流が渦巻いているために航海は困難だ。

そこで小隊ごとに漁船や商船に乗り込ませることにした──

「ちょっと待て。兵がいなくなったローズ城はどうやって守るんだ? ローズの領地はシャルドンの領地と隣接してるんだぞ? 攻められたら終わりだ」

「だから、敵軍には絶対、進軍を気付かれてはいけない。それに今は、ローズの領地を守ることより王城の包囲を破る方が重要だ」

サチは話を続けた。

百の漁船と商船に乗り込んだ一萬の兵は時間差で三十分置きに十通りの航路を使い、まずヤズド島、ドルード島、ファサー島、花畑島の順に上陸する。この島々は南へ仲良く連なっている。

著く順番が奇數の船は島に沿って南側へ移し、予め用意された新しい船に乗り替える。偶數の船は北側から島へ上陸し、奇數の船が置いて行った船に乗り込む。

この四つの島々を支配する領主クルベット伯爵は元々クロノス國王に不満を抱いているため、調略は難しくないはず。それぞれの島に五十ずつ船を用意してもらおう。

島から島へ船を代え、バラバラに移する。

最終地點の花畑島には「蟲食い」がある。この蟲食いは王城から十五スタディオン(三キロ)離れた場所に位置するアラーク島へ繋がっている。

蟲食いを使えば、移に二十日かかるところを三日で到達することができるのだ。

この謀反を知ってから、サチが真っ先にさせたこと。このアラーク島に軍船を配備するよう、イアンに手配させていた。

海の岸から上陸し、海に面したシーラズ城に攻撃を仕掛ける。

王城からシーラズ城はそう遠くない東に位置している。シーラズ城が襲撃されれば、王城を包囲している軍を一部向かわせるだろう。その隙に包囲を破る。

シーラズ城を守っている兵は一萬、王城を包囲しているのは二萬五千程度。これは塔から確認した。

一方、こちらの兵員數は──ローズ城から連れてくる兵は一萬、王城を占拠したイアンの革命軍は一萬五千。合計二萬五千人だ。

兵力は均衡している。

海の領主達から何とか援軍を得ることが出來れば……

イアンはサチの話を険しい顔でずっと聞いていたが、最後にコクリと頷いた。

おまえを信じる、と。

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