《ドーナツから蟲食いを通って魔人はやってくる》43話 敵城へ

(サチ)

という訳で──

サチは王城を抜け出て、カオルが守るローズ城へ行った。

イアンには「サチの指示に従うように」と一筆書いてもらったから、カオルは大人しく従ってくれるだろう。

行く途中、移拠點であるヤズド島、ドルード島、ファサー島、花畑島の領主クルベット伯爵には話を通しておいた。

クルベットは典型的な海領主。舊國民。反クロノス、反ガーデンブルグ。

快く花畑島以外の島に船を五十隻用意してくれた。

そして今、サチは漁船に乗り、花畑島へ向かっている。

サチ達の乗っている漁船は作戦部隊の先頭だ。蟲食いのある花畑島へはあと三十分もすれば著く。

──ここまでは上手くいった。ここまでは、な

甲板を照らす西日は赤みを帯びていた。そろそろ日が暮れる。兵士達は船室で休んでおり、甲板に居るのはサチとカオル・ヴァレリアン、それと見張りの兵士だけだった。

カオル・ヴァレリアンはサチと同じくイアンの家來。今回の作戦を実行する相棒?に當たる。

風がし冷たくなってきた。

サチは冷えた上腕に手をやり、海面から目を離した。が和らいだ途端、寒くなるのはまだ冬の名殘り。くしゃみをしそうになって、そっぽを向いた拍子に目が合った。みたいな顔の彼と。

カオル・ヴァレリアン。

一言で言うと、険な男子。

普通は容姿端麗だと、チヤホヤされる機會が多いので彼のようにいじけた格にはならない。そういう意味では珍しいタイプと言えよう。

一応、サチとは學院時代の同級生。

卒業してから二年、ローズ家に仕えているから、職場の同僚でもある。だが、ほとんど話したことはない。

カオルは學生時代と風貌がまるで変わっていた。

學生時代は何故か顔半分を布で覆い隠し、眼鏡をかけていた。いつもイアンの後ろに隠れているようなイメージ。

今は染めて金髪になっているし、しかもそれをほとんど刈って坊主にしている。

耳だけでなく鼻や口にもを開けて寶石を付けているのは流行りのファッションか何かか。おまけに、薄くてあまりびない髭まで生やそうとしていた。まばらにしか生えないから逆にみっともない。

──これは……恐らく思春期自己大病だな

思春期特有の強い承認求やら、劣等やらをこじらせ、きっと今頃になって遅い反抗期が來てしまったのだ。

こういう分析が非常に失禮とは思いつつ、サチは目をそらしたカオルを生暖かく見守った。

別に痛い奴だろうが何だろうが、やることだけきっちりやってくれれば、文句はない。サチの言葉を鼻で笑ったり、見下した態度を取ってきたとしても。

サチは彼に嫌われていた。

何でも彼は子供時代からずっとイアンの家來だったらしいし、大人しいように見えて自尊心が高い。

イアンがサチを重用するのが気にらないのだ。

このカオルが特別珍しい訳ではない。

サチは嫌われるのには慣れていた。

特徴的な平べったい顔や、庶民というヒエラルキーの最下位出者の癖に堂々としている。加えて剣の腕は大したこと無いし、子供っぽい軀。

舐められる見た目と経歴なのに生意気だから、學生の頃はいじめられた。

あのイアンに対してもズケズケを言う。それなのに……高慢、わがまま、自己の強い暴れん坊が、なぜかサチのことを痛く気にっているのである。學生時代からずっとだ。

──この世の七不思議にるかもしれんな

本當に不思議だった。

短気なイアンがサチの言うことは、割と素直に聞くのだから。しかしながら、主君(イアン)以外とも仲良くやっていかねばなるまい。主にだけ気にられ、他の仲間と上手くいかないようであれば、その、必ず足元をすくわれる。

人間関係をしは改善しようとサチは思った。さり気なく、ジワジワとカオルに近づき、

「風が出てきたな」

聲をかけてみる。

なるべく想良く。自分の中では。

「本當に上手くいくんだろうな?」

カオルはサチを睨み、低い聲を出した。サチは笑って答える。

「上手くいくかどうかはやってみないと分からない。ただ、今言えるのはこの方法が最善であるということだけだ」

「要は自信がないと言う事か?」

「そんなこと、一言も言ってないけど……」

「サチ・ジーンニア、俺はおまえをこれっぽちも信用していない。おまえが妙なきをしでも見せようものなら、叩き斬ってやるからな?」

せっかく仲良くしようと思って話しかけたのに、宣戦布告をけてしまった。

『全く……俺が裏切るとでも思ってるんだろうか。確かにいはけたが。案外、勘のいい奴なのかもしれないな』

サチからしたら、こんなみたいな奴に威嚇されようが怖くも何ともない。逆に噛みついてきたことに対して、一定の評価もした。

カオルの気持ちは分からないでもない。

サチがイアンの反に參加したのは王城の攻略から。途中からである。

このカオルは謀反の最初から參加している。ヴァルタンの瀝青城へイアンと共に突しているのだ。その時、何も知らないサチはローズ領で通常業務に従事していた。

にもかかわらず、カオルは王城戦に參加できず、兵の三分の一を率いてローズ城を守ることになった。

途中から現れたサチがイアンに平然と意見し、我が顔で兵をかしている。それが許せないのだろう。

「何故、ガラク・サーシズを捕らえさせた?」

カオルは強い口調で尋ねてきた。

サチはイアンにガラクを捕らえさせていたのである。結局、逃げられてしまったが。

「何故? 當然だろ。勝手な命令違反、捕虜の殺害を企てたのだから」

ガラクは謀反のきっかけとなったヴァルタンの瀝青城襲撃中、それぞれの城にいた子供の王子十六人を暗殺した。

それだけではなく、捕虜となった五人の王子の、四人に毒を盛って殺した疑いもかけられている。

イアンは自分の預かり知らぬ所で、ガラクが勝手な行を取ったことを快く思ってなかったから、サチの言う通りにしたのだ。

一人、運良く食事を取らなかった王子は死んだことにし、ローズ城の隠し部屋に監している。ガラクの他にも人質の命を狙う者がいるかもしれない。

「しかし、お前と違いガラクは最初の戦いで大きく貢獻した。命令違反と言っても、イアンのためにやったことで責められるべきことではない」

「貢獻? 貢獻だと? 赤ん坊やい子を殺すのが貢獻と言うなら、もう戦いを降りた方がいい。間違いを間違いと言えないのなら、この反に何の意味がある?」

サチの言葉にカオルは一瞬ハッとしたが、すぐにまた険な表に戻った。

「クレマンティ卿を討ち取った話だって、俺は信じてない。おまえみたいにほとんど剣を扱えないような奴が……」

「ああ、あれな。後ろから刺したんだよ。イアンが別の騎士と戦ってる時に狙われていてさ、卑怯とか言ってる場合じゃなかった。イアンを助けるためにしたことだ」

一旦、カオルは黙った。

サチとしては剣の腕云々は否定する気もない。剣に秀でてないのは事実だし、クレマンティの件に不信を覚えるのも當然だと思った。ただし、この一件には助けられている。首級を上げたおでサチに反発心を持つ者達も大人しくなったのである。

カオルはまだ腹に據えかねるようだった。サチの言うことは合理的で筋が通っているから言い返せない。反論しても、いつも言い負かされる。

──だから嫌われるんだよな、俺は。自分でも分かっている。

サチは王立學院時代にめられたことを思い出した。

王立學院にったのは何かの手違いである。元々は王都の高校に通っており、校長の推薦で海の學士養學校へ行く予定だった。

推薦をけられると聞いた時は泣いて喜んだのだが……

どういう手違いか、名門貴族の子が通う王立學院に學する事になってしまった。

分が低い上にこの格だ。

態度もデカいし、思ったことをはっきり言う。められるのは必然的と言えた。

そんなサチをイアンが助けた。

イアンとの付き合いはそれからである。

サチはイアンのことが好きではない。

でも、恩があるから裏切れない。

腐れ縁のようなもの。

「お前はユゼフ・ヴァルタンと親しかったな。シーマ・シャルドンの腰巾著の」

唐突に言葉が落ちてきた。

サチが橫を見ると、カオルが睨んでいる。

今、ユゼフのことは考えたくなかった。真面目でいい奴だと思っていたのに、屑野郎に荷擔した親友のことは。

「まさか、おまえもシーマと繋がってはないだろうな?」

「それはない」

サチはきっぱりと答えた。

何も後ろ暗いところはない。

友がシーマの家來だろうが、関係ない。サチは自分の正しいと思った道を歩むつもりだった。

真っ直ぐに視線を向けると、カオルは目を伏せた。

「そうそう、人の見てくれをとやかく言うのは良く無いと思うが……」

友(ユゼフ)のことを言われて、サチは々イラついた。こういう時、余計なことを言ってしまうのは悪い癖だと自分でも認識している。

「髭とか全然似合ってないし、髪も短すぎる。ピアスも外した方がいいと思うよ。何か痛々しい」

嘲笑しながら言ってやれば、カオルは顔を歪ませ頬を震わせた。案外どうでも良さそうなことで自尊心が傷つけられたりするものだ。カオルは顔に付けたピアスを海へ放り投げた。

──仲良くするつもりが、またやってしまったな

まあ、仕方ない。

格だ。

このくだらないやり取りの間、船は目的地へ向けてぐんぐん進んでいた。

投げたピアスがキラリって消えた後、大陸方面の海に小さな煌めきが見えた。最初は一つだったのが、二つになり、三つになる。

見張りの兵士が鉦を鳴らした。

一番大きいが規則的に點滅を繰り返して、こちらに點滅信號を送って來ている。

「やばい。(點滅信號で)漁船を検閲すると言ってきた。どうする?」

カオルの顔が怒りから恐れへ変化する。いよいよだ、とサチは思った。

カオルの問いには答えず、雙眼鏡を覗き込む。

「やはりな。予定より早いが想定だ」

「どういう事だ?」

「シーマは海の警備を王連合軍ではなく、北側に領地を持つ侯爵に任せている。王城からローズの城へ著くまでに調べたんだが……その人は王議會員でもあり、以前領地の一部を略奪されたことで、ローズ家と仲が悪い。ゆえにローズにつかないと思われているんだ。彼はシーマから信頼されている」

「北側に領地を持つ、侯爵?」

「リンドバーグ卿だ」

さあ、これからが山場だ。

サチは雙眼鏡を目から離し、微笑んだ。

「これからリンドバーグを調略する」

※地図見にくいので、みてみんへ飛んでいただけると幸いです。(畫像二回クリック)

アルファベット二重丸が蟲食いです。同じアルファベットの所へ瞬間移できます。花畑島→アラーク島 アラーク島はシラーズのすぐ近くで軍船を配備してます。

相関図↓

カオル視點↓↓

https://ncode.syosetu.com/n8133hr/8/

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