《家から逃げ出したい私が、うっかり憧れの大魔法使い様を買ってしまったら》落ち著かない距離 2
とにかくエルにすごいね、おめでとうと言いたくて、早足で教室へと戻ったけれど、彼の姿はなくて。
きっと、いつものようにお菓子でも買いに行っているのだろう。リネと別れたわたしは、エルの席に座り彼が戻ってくるのを待つことにした。
「……遅いなあ」
いつまで経っても、戻ってくる気配はない。あまりにも暇だったわたしは、機からはみ出していた彼の教科書を借り、テストの復習でもしていようと思ったのだけれど。
「あれ?」
ぱらぱらとめくっていると、以前見たときには真っ白だった教科書には、エルの字でいくつも書き込みがあって。彼が勉強をしたという確かな形跡が、そこにはあった。
あんなに勉強する必要はないと言っていたのに、一どういう風の吹き回しだろうか。
エルは元々魔法に関する知識は完璧だけれど、普通の教科に関しては何もしなくともかなり出來る、というレベルだったのだ。勉強したのなら、一位になってもおかしくはない。
「ジゼル」
そんな中、不意に背中越しに名前を呼ばれたわたしは、なんとなく慌てて教科書を閉じる。
振り返った先には、クライド様とメガネくんがいた。
「……すみません。自分からあんなお願いをしておきながら、一位を取れませんでした。本當に殘念です」
「は、はい」
悲しげな表を浮かべるクライド様は、本當に殘念がっているようだった。何だか申し訳ない気持ちになってしまう。
「けれど彼のお蔭で、今まで以上に頑張れそうです」
「えっ?」
「僕はこう見えて、とても負けず嫌いなんですよ」
そう言って微笑んだクライド様は「またいますね」と言うと、自席へ戻っていった。
その後ろにいたメガネくんは、小さな子供ならば泣いてしまうであろう、とても恐ろしい顔でわたしを睨みつけながら去って行った。わたしは何もしていない。
「……エル、遅いなあ」
そして結局、授業が始まってもエルは戻って來なかった。
◇◇◇
「エルーー!! エーーールヴィーースくーーーーん!!」
放課後。學園中を探しても姿はなく、寮にいると確信したわたしは、彼の部屋の窓下から呼んでみることにした。
「…………うるさ」
それを數回繰り返すとやがて窓がガラリと開き、寢癖まみれで不機嫌そうな表のエルが、ひょっこりと顔を出した。
彼は眠たそうに細めた目で、わたしの周りに誰もいないのを確認すると、ふわりと風魔法で部屋まで運んでくれたけれど。すぐに再び、布団の中に潛り込んでしまう。
しだけ髪のがはみ出しているのが、何だか可い。やがて布団をかぶったまま「何しにきた」と尋ねられた。
「最近エルとあまり話せてなかったから、會いたくて」
「あっそ」
「いつもすぐ帰っちゃうんだもん。寂しかった」
「…………」
「あっ、やっぱりメガネくんの言ってた通り、わたしの距離、なんかおかしい? 迷だったら、」
ふとメガネくんの言葉を思い出し、慌ててそう言えば「クソバカ」と言われてしまった。
「俺は、迷だなんて一言も言ってない」
「本當に?」
「ん」
「よ、良かった……」
正直、迷だと言われたらもう立ち直れなかったかもしれない。ほっと安堵したわたしは、ベッドの上のエルの近くに腰掛け、布団越しにつんつんと彼をつついてみた。
「エル、なんで午後の授業はいなかったの?」
「……し寢ようとしたら、ずっと寢てた。あとつつくな」
いつも寢てばかりいるエルだけれど、晝休みまで寢ようとするなんて珍しい。寢不足だったのだろうかと考えたわたしは、ふと気が付いてしまった。
「もしかして、徹夜で勉強したの?」
「は?」
そう言うと、エルはがばっと布団から顔を出した。
「なんで、そう思った」
「えっ? 機にあった教科書ちょっと借りたら、書き込みしてあったし、エル、一位だったし」
「………別に、暇だったからしだけしてみただけだ。俺がそんなことで徹夜なんてするわけないだろ、バカ」
なんだか凄く怪しい。けれど、エルが素直じゃないのはいつものことだ。なぜ急に勉強しようと思ったのかは分からないけれど、とても良い変化だと嬉しくなる。
「すごいよ、あれから數日勉強しただけで一番を取れちゃうんだもん! 本當にエルはすごいね!」
「當たり前だろ」
エルはそう言うと突然布団から手を出し、わたしの腕を摑むと、ぐいと引き寄せた。
鼻と鼻が、くっつきそうな距離まで顔が近づく。
「俺は、何でも一番がいいんだよ」
ふたつの深い青に捉えられたわたしはしばらく、息をするのも忘れ、彼を見つめ返していたけれど。やがてその言葉の意味を理解したわたしは、いたくしていた。
あんなにもだるがりで面倒くさがりだったエルが、一番がいいだなんて、とてつもないやる気を見せているのだから。
「そっか。エル、偉いね。頑張りやさんだね!」
「は?」
「わたしも負けないように、魔法も勉強も頑張らないと」
「…………お前、本當にクソバカだな」
「えっ」
エルは呆れたように呟くと、わたしからパッと手を離して寢返りを打ち、背を向けた。
わたしは「なんでバカなの?」と尋ねつつ、その背中にのしかかった。重いなんて言いながらも、離れろとは言わないところも大好きだと、今日もしみじみ思う。
「……あいつ、どうなった」
「あいつ?」
「あの悪趣味王子」
クライド様のことだろう。不敬すぎる上に、わたしにも失禮だ。けれどいつものことだしと、何も言わないでおく。
クライド様とのデートは無くなったことを伝えれば、エルはやっぱり、いつもの様に鼻で笑った。
「へえ、殘念だったな」
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