《家から逃げ出したい私が、うっかり憧れの大魔法使い様を買ってしまったら》ふたりだけの 4

「げほ、ごほっ」

エルの予想外の言葉をけ、思わず咳き込んでしまったわたしに、リネは慌てて水のったグラスを手渡してくれた。

水を飲みなんとか落ち著いたわたしは、うるうるとした悲しげな瞳を向けてくる雙子達に向き直る。

「じぜるお姉ちゃん、そうなの……?」

「う、うん。もちろん二人のことは好きだけど、あのお兄ちゃんのことは特別、好きなんだ」

エルの言っていることは間違ってはいない。わたしが一番好きなのは、間違いなく彼なのだ。

とは言え、雙子達が言っている「すき」と、エルが言っている「好き」は、別だろうけれど。

「じゃあふたりは、けっこんするの?」

「ええっ! それは違うよ」

「どうして?」

「ええと、わたし達は家族みたいなもので……」

「みたいってなに?」

「うーんと……」

「ほら二人とも、そろそろママのところに戻りなさい。おやつのケーキが焼ける頃だと思うわ」

「はあい」

止まらない質問に戸っていると、リネが助け舟を出してくれて。彼は二人を連れて、部屋を出て行った。

二人きりになり、わたしはエルの隣に座ると、すすすと彼に近づく。エルは「何だよ」とジト目でこちらを見ている。

「ねえねえ、もしかしてさっきのって焼きもち?」

「は? バカ言うな」

「だよね」

「………當たり前だろ」

まさかあんな小さい子供相手に、焼きもちをやいたり張り合うわけがない。きっと彼なりの冗談か何かなのだろう。

「エルがあんなこと言うと思わなかったから、びっくり」

「文句あんのかよ」

「ううん、本當のことだもん。わたしがエルのことを大好きなのが、ちゃんと伝わってて嬉しい」

「あれだけ毎日バカみたいに言ってたら、わかる」

「そっか」

なんだか嬉しくなってつい、にやにやとしていると「変な顔」だなんて言われてしまった。

「それにしても結婚かあ……やっぱり想像つかないや」

「意味ないだろ、そんなもん」

この國では、貴族令嬢は18歳になると結婚することが多い。伯爵夫妻もきっと、わたしが魔法學園を卒業すればすぐにでも、あの変態侯爵に嫁がせようと考えているのだろう。

「わたしはとにかく、あの家から逃げれたらいいや。どこかに嫁いで、エルと一緒に居られなくなるのは嫌だもん」

嫌がらせはされていようとも、貧民街にいたわたしを引き取り食住を與えてくれたのだ。元々は政略結婚だって、れるつもりでいた。あの侯爵だけは無理だったけれど。

それでも不思議と今は、知らない誰かと結婚する未來なんて、全く想像出來なくなっていた。

「これからもエルとずっと、一緒にいられたらいいな」

「……勝手にしろ」

エルはそう言うと、何故かクッキーを一枚、わたしの口にぐいと押し込んだのだった。

◇◇◇

お晝を食べた後「だるい、面倒くさい、暑い」と言うエルを連れ、三人で近くの森へと遊びに來ていた。

らしいウサギやリスがたくさん居て、リネに貰ったおやつをあげると、警戒しながらもひょこひょこと近づいてきて、食べてくれる。可いが発しそうだ。

日頃からこの辺りの人が餌やおやつをあげているから、この辺りのは人懐っこいのだという。

やがて慣れてきてくれたのか抱っこも出來るようになり、わたしはずっと可らしいウサギをで続けている。

「かわいい……本當にかわいい……!」

「そんなジゼルが一番可いですよ」

「またまた〜」

「本當です」

エルは芝生にごろりと寢転がり、気怠げにそんなわたしを見つめている。リネはと言うと、突然スケッチブックを取り出して何やら絵を描き始めた。

ウサギの絵を描いているのかと思いきや、まさかのわたしがメインだった。本當にそれでいいのだろうか。

そうして、穏やかな時間を過ごしていた時だった。

突然、凄い勢いで抱っこしていたウサギが逃げ出してしまって。それと同時に、近くにいた達も皆一斉に、何かに怯えたように逃げ出してしまう。

どうしてだろう、と不思議に思っていた時だった。

「おいバカ、前見ろ」

「っえ、」

そんなエルの聲に顔を上げたわたしは、數メートル先に自の何倍も大きな何かがいることに気が付いた。それは鋭い赤い二つの瞳で、わたしを捉えている。

……なに、あれ。

座り込んだまま呆然と固まるわたしを、すぐにエルはぐいと腕を引き、立ち上がらせてくれた。

「も、もしかして、ま、魔……?」

「どっからどう見てもな。お前がバカみたいに聲に出して読んでた図鑑の中にいただろ」

「……炎豬」

「ああ」

初めて見る魔に、恐怖と驚きで心臓がうるさいくらいに早鐘を打っている。想像していた何倍も大きくて禍々しい。

そして図鑑の通りであれば、炎豬は強い部類にる魔なはずだ。名前の通り、火を吹くのだという。

「っど、どうして、こんなところに魔が……こんな場所に出るなんて、聞いたことがありません……」

わたし達の後ろにいるリネも、ひどく怯えている様子だった。森の中といえど、ここは都市部なのだ。こんな場所に魔が現れるなんて、有り得ない。

どう考えても、助けを呼ぶ余裕も時間もなさそうだ。

そんな中、一人平然としているエルは手のひらを炎豬に向けると、なんとそのまま氷魔法で攻撃をした。けれど、あまり効いている様子はない。

むしろ今ので怒ったらしい炎豬が、今にもこちらへと突進してこようと、太く大きな足で地面を蹴り始めている。

「うわ、こんな雑魚一匹、一発で仕留められねえのかよ。本當にカスみたいな魔力だな」

やはり焦る様子ひとつないエルは、自の手のひらを見つめながら呑気にそう呟くと、溜め息を吐いた。

……あれ? もしかして今、とてもピンチなのでは?

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