《家から逃げ出したい私が、うっかり憧れの大魔法使い様を買ってしまったら》すべての初めてを君と 1

「す、すごい……!」

リネの家から學園の寮へと戻り、數日が経った今日。相変わらず暇なわたし達は図書館へ行って本を借り、エルの部屋で読書をして過ごしている。

わたしはリネにオススメされたロマンス小説を読んでいたけれど、予想以上の大人のすぎる容に、ひたすらドキドキしながら読み進めていた。

「こ、こんな人前でキスなんて……!」

「どんなの読んでんだよ、お前」

そんな獨り言を言い、ベッドの上でジタバタしながら読んでいるわたしを見て、すぐ隣で寢そべっていたエルは呆れたような聲を出した。

「なんかもう、とにかくすごいの……! 大人ってじ!」

「語彙力なさ過ぎだろ」

「本當にすごいんだもん! さっきもね、床に押し倒されてたし……あっ、これがリネの言っていた床ドンなのかな」

「きも」

興味なさげにそう呟くと、彼は魔法に関する本をぱらぱらとめくっていく。先程ちらっと見せて貰ったけれど、わたしには何一つ理解できない、難しい本だった。

「やっぱりこういうシチュエーション、ときめくのかな」

「知るか」

「ねえ、エルやってみて」

「は?」

「床ドン、気になる」

なんて言ってみたものの、あのエルがこんなおふざけに付き合ってくれるはずなんてない。

だからこそ、ほんの冗談のつもりだったのに。

「……っえ、」

次の瞬間にはぐるりと視界が反転し、わたしはエルによってベッドに押し倒されていた。彼の両腕が顔の橫にあり、まさに床ドンというやつだ。

き通ったふたつの碧眼に見下ろされ、吐息がかかりそうなくらいに顔が、近い。軽い気持ちで言ったことを後悔してしまうくらいの破壊力が、そこにあった。

「…………っ」

「なに? お前、自分で言ったくせに照れてんの?」

つい視線を逸らしてしまったわたしを見てか、エルは小馬鹿にしたようにそう言って。正直、床ドンを舐めていたわたしは、反省と後悔に苛まれていた。

「………す、すみ、ません」

「本當、クソバカだな」

そしていつものように、わたしを鼻で笑う。

変な汗が出てきて、顔が熱い。とにかく十分すぎるほど床ドンを味わったわたしは「もう大丈夫です、ありがとうございました」と言い、解放して貰おうと思ったのだけれど。

「エルヴィス様! おひさし、ぶ……」

なんとノックとほぼ同時に突然ドアが開き、お菓子を抱えたメガネくんが満面の笑みでって來たのだ。なんだか以前にも、こんなことがあったような気がする。

彼はこんな狀況のわたし達を見て數秒固まった後、ぼとぼとと腕に抱えていたお菓子を床に落とした。

「……エ、エルヴィス様……本當に、そんな子供を……!」

そう呟くと同時に、彼は両手で顔を覆い走り去っていく。

どうやら、とんでもない勘違いをされてしまったらしい。

そしてエルがため息を吐いた隙に、わたしは必死に彼の両腕から抜け出した。けれどそれからしばらく、ひどく火照った頬の熱は不思議と冷めなかった。

◇◇◇

そして午後。わたしは久しぶりに屆いた招待狀に目を通しながら、気が重くなるのをじていた。

「……自分が貴族令嬢なの、忘れてた」

「俺も」

數ヶ月前にも行った、王城でのガーデンパーティーの招待狀だ。それも今回は、前回よりも招待客が絞られたものらしい。なんとクライド様からの直筆のお手紙までついている。

どうやらサマンサや、その周りの令嬢は呼んでいないから安心して來てしいとのことだった。早く會いたいとも書かれていて、なんだかし照れてしまう。

「二週間後だって。ちょっと行ってくるね」

「あっそ」

「そう言えばドレス、持って來ていないんだった。あの家に戻るの嫌だな……」

先日、デートの時にユーインさんに頂いたものもあるけれど、王城でのパーティーには不向きなのだ。なんとかそれ以外の方法を、とわたしはお小遣いがった財布を開ける。

けれど何度數えても、社の場に出るドレスを買う分のお金はない。そもそも、毎回同じドレスで行くこと自、恥ずかしいことらしいのだけれど。

一著しかまともなものがないので、仕方ない。そう考えると學園の制服はとても便利だなとしみじみ思う。

「そういえば、クラスメイトのジェシーちゃんのお家でお仕事募集してたな。夏休み、暇だしし働いてみようかな」

「お前、正気か?」

正直、手持ちのお金も減ってきて心許ない。何かあった時にあの両親が助けてくれるとも思えない。友人達に、お金のことで頼るのなんて絶対に嫌だ。

貴族令嬢としてのプライドなんてないし、そもそも將來は働いて食べていかなければならないのだ。いい経験になるかもしれない。そう思っていた時だった。

「フン、話は聞かせてもらった」

気が付けば、午前中に走り去っていったはずのメガネくんが、ドアに背を預け立っていた。

なんだか格好つけているけれど、ただの盜み聞きだ。

「お前、働きたいのなら俺の仕事を手伝え」

「えっ……何をすればいいんですか?」

「俺の婚約者役だ」

「えっ」

「は?」

メガネくんの、婚約者役。まさかの容に驚いてしまう。そもそも、わたしを嫌っているメガネくんからそんないをされるとは思ってもみなかった。

「來週、仕事で貴族令息のフリをして拐され、奴隷商のアジトを突き止める役をすることになっている。毎度追跡用の魔道なども全て破壊されていて、その上転移魔法を使う、かなり慎重で厄介な相手だ。だからこそ、相手を油斷させるためにも婚約者役の令嬢がいると言われているんだが、職場のには全て斷られてしまってな」

「お前、嫌われてるもんな」

「うっ」

なんだか思っていたよりも、危険で大変そうな仕事だ。けれど王子の護衛を務める実力の持ち主であるメガネくんがいれば、安心な気もする。し怖いけれど。

「ちなみに報酬はこれくらいだ」

そう言って、メガネくんが提示したのはびっくりな金額だった。新品のドレスすら余裕で買えてしまう大金で、わたしは迷わずこくりと頷いていた。

「や、やります……!」

「よし。來週の月曜日に出発だからな。貴族令嬢らしい格好だけはしておけよ」

「わかりました」

それこそ、ユーインさんに頂いたドレスを著よう。そして軽く髪を結い化粧をすれば、流石のわたしも貴族令嬢に見えるに違いない。

「エルヴィス様、こいつを數日お借りしますね」

「……勝手にしろ」

そしてわたしは、メガネくんと拐されることになった。

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