《家から逃げ出したい私が、うっかり憧れの大魔法使い様を買ってしまったら》いつか終わりがくるのなら 1
長いようであっという間だった夏休みが終わり、新學期が始まった。久しぶりに顔を見たクラスメイト達は、真っ黒に日焼けしていたり髪を切っていたりと、なんだか新鮮だ。
「クライド様、おはようございます」
「おはようございます、ジゼル。先日はありがとう」
「いえ、こちらこそ」
クライド様とはガーデンパーティーの後、何度か手紙のやり取りをしたけれど、彼はやはり忙しいようであれ以來會えずじまいだった。
王族というのはきっと、わたしが想像している以上に大変なのだろう。出來ることがあれば、何か息抜きの手伝いくらいはしたいなと思ってしまう。
「クラレンスも、おはよう。久しぶりだね」
「……ああ」
そして彼の後ろにいたクラレンスにも、聲をかける。
先日、ケーキを食べに行った以來、久しぶりに會った彼はあの分厚いメガネをかけていて、メガネくんに戻ってしまっていた。その上、わたしに対して何故だか素っ気ない。
しは仲良くなれたと思っていたのに、再び嫌われてしまったのだろうか。エルに相談してみたところ「へえ、賢い選択だな」と言われてしまった。どういう意味なのだろう。
「學園祭って、何をするのかな」
晝休み、リネとエルと共に學食でお晝を食べていたわたしは、ふとそんな疑問を口にした。
先程注文の列に並んでいると、前にいた子生徒達が再來月にあるという學園祭の話をしていたのだ。
「二・三年生は、お店を出したりするみたいです。一年生は劇、歌や踴りを披するんだとか」
「そうなんだ……! とっても面白そうだね、エル」
「全然」
エルは今日、いつもよりも更に気怠げで元気がない。
夏休みの間、めちゃくちゃな生活リズムで過ごしていたせいで、久しぶりの早起きは辛かったらしい。自業自得とはいえなんだか可哀想で、セットのデザートのプリンをあげた。
「どれをやるかは、クラスごとに決めるそうですよ。一番評価が高かったクラスには、賞品もあるんだとか」
「なるほど。やる気が出ちゃうね」
「歌になったら、お前は出ない方がいいな」
「ひ、ひどい」
話の流れ的に、そう言われる気はしていた。自分では、そんなに下手だとは思っていないのだけれど。
「でもわたし、踴りはし得意なんだよ。お母さんが踴り子だったから、小さい頃から教えてもらってたの」
「そうなんですか? きっとジゼルが舞う姿は、妖のようなんでしょうね。是非見てみたいです……!」
何故かリネは、うっとりとした表でわたしを見つめている。數年まともにをかしていないから、今はあまり自信はないけれど、母はいつも「ジゼルは私よりも才能があるわ」と言ってくれていた。
「劇も楽しそうだし、ワクワクしてきちゃった」
「私もです。準備にも時間がかかるようなので、來週あたりには話し合いがされるんじゃないでしょうか」
「劇なら、の役とかやりたいな」
「何を言っているんですか! ジゼルは主役に決まっているでしょう」
「ええっ、無理だよそんなの」
きっとどんな裝でも似合うんでしょうね、というリネは謎のやる気に満ちているようだった。
◇◇◇
「エルはやっぱり、なんでも似合うね」
「なんだよ急に」
その日の放課後、わたし達は本とお菓子を持っていつもの桜の木の下へとやってきていた。今日は暑すぎず、時折心地よい風が吹いていて、とても過ごしやすい。
わたしはこの木が好きで、桜が散り新緑の葉に生え変わった後も、よく此処に來ていた。
「制服姿久しぶりに見たけど、かっこいいなあって思って」
「當たり前だろ」
「ふふ」
エルがそう言っても、事実すぎて嫌味にもならない。
「學園祭も、本當に楽しみだなあ」
「へえ」
「わたしね、こんなに明日が、この先が楽しみになる日が來るなんて思ってなかったんだ」
「あっそ。……良かったな」
ずっとあのまま伯爵家で孤獨に過ごし、両親が用意した相手と結婚して、何となく過ごしていくだけだと思っていた。
だからこそ、こうしてエルや友人たちと共に、毎日が楽しく過ごせているこの生活が、奇跡みたいに思えてしまう。
わたしは肩と肩がくっつくくらいの距離まで近づくと、彼が読んでいる本をひょいと覗いてみる。
「なに読んでるの?」
「古代魔法についての本」
「ねえねえ、聲に出して読んでみて」
「は? 何でだよ」
「おねがい! どんなことが書いてあるか気になる」
この本に書かれている文字は、魔法語學という授業で文字を覚えるところから始めている最中なのだ。もちろん、エルはすらすらと読めているけれど。
何度かお願いすると、エルは「しだけだからな」と言い読み始めた。それも読んでいた場所からではなく、わたしが分かりやすいように最初から読んでくれている。そんなところも大好きだと、今日も思う。
「……エルの聲、好きだなあ」
あたたかい日差しの中で、わたしは今日も幸せだなと思いながらそっと目蓋を閉じ、彼の聲に耳を傾けた。
「…………える……?」
「お前、どんだけ寢てんの」
ゆっくりと目蓋を開ければ、エルの整いすぎた顔がすぐ真上にあって。ぼんやりときれいだな、なんて思っていると、彼の呆れたような聲が降ってきた。
「頭、重いんだけど」
「えっ」
そしてようやく、自分がエルの膝枕の上で眠ってしまっていることに気が付いた。エルの聲が心地良くて、いつの間にか寢落ちしてしまっていたらしい。読んでしいと自分から頼んでおきながら眠るなんて、最低すぎる。
慌てて飛び起きれば、既に空は茜に染まっている。わたしは一、どれくらいの時間眠ってしまっていたのだろう。なんだか以前にも、こんなことがあった気がする。
「いきなり寢たかと思えば肩にもたれかかってきて、うんうん言いながらずり落ちた結果、こうなった」
「ご、ごめんなさい……」
「なんで俺が膝枕なんかしなきゃならないんだよ」
「すみません……」
「すげえ見られてたし」
「うわあ……」
この道は人通りは多くないものの、通りがかった人々にこんな姿を見られていたかと思うと、恥ずかしくて仕方なかった。エルだって膝の上にわたしが寢転がり、睡している狀況なんて恥ずかしかったに違いない。
それなのに彼は今日も、そんなわたしを起こさずにいてくれたのだ。好きすぎてが苦しい。
「エル、本當にごめんね、それとありがとう。わたしの膝でよければ、いくらでも貸してあげるからね」
「バカか」
そしてエルは「腹減った、さっさと帰るぞ」と立ち上がった。わたしもすぐに立ち上がり彼の右側に並べば、彼は當たり前のように右手で持っていた本を、左手に持ち替えて。
そんな彼を見たわたしは、つい頬が緩んでしまうのを堪えながら、大好きな彼の右手をぎゅっと摑んだのだった。
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