《家から逃げ出したい私が、うっかり憧れの大魔法使い様を買ってしまったら》いつか終わりが來るのなら 7

「両方……?」

彼が指差しているのは、わたしの口元で。まさか、ひとつはこの口の中のキャンディのことを言っているのだろうか。

そして、もうひとつとして思い當たるものと言えば、直前の會話に出てきたあれしかない。

「わ、なっ、ななにをいってるの」

「噛みすぎだろ」

ひどく揺しているわたしとは裏腹に、エルはいつも通りの涼しげな表を浮かべている。

きっと、いつもの笑えない冗談に違いない。そう思ったわたしは、小さく深呼吸をした後、エルに向き直った。

「そ、そういうことは普通、好き同士がすることです」

「へえ? それならお前は俺のことが好きなんだし、俺もお前のことが好きだとでも言えばいいわけ?」

本當に、訳がわからない。それに、今の言い方はなんだかしだけムッとした。

「びっくりするから、変な冗談やめてよ」

「冗談なんかじゃねえよ」

「えっ」

軽く睨まれながらそう言われ、再び心臓が大きく跳ねた。冗談じゃないと言うのなら、一なんだと言うのだろう。

「あの王子に奪われると思ったら、むかついた」

どうやら先程言っていたように、キスシーンでクライド様とがぶつからないかの心配をしているらしかった。

だからと言って、どうしてエルとわたしがキスをするという話になるんだろう。

「でも、わたしとエルだと々違う気が、」

「今か後かくらいの違いだろ」

またもや、ものすごいことを言われた気がする。今しなくとも、いずれ必ずするような口振りで。

再び揺し始めたわたしに、彼は続けた。

「お前は俺としたくないんだ?」

「したくない、わけじゃない、けど……」

「じゃ、決まりな」

「えっ」

何もかもが極端すぎる。けれど、今彼が発したお前「は」という言葉にまた、心臓が跳ねた。

先程は「貰ってやろうか」なんて言っていたけれど、エルはわたしとしたいと思っているのだろうか。

「早く」

そしてエルは寢転がったまま、そんなことを言い出した。いつの間にか、わたしからする流れにまでなっている。

正直、揺しすぎてよく分からなくなってきた、けれど。ファーストキスというのは一生の思い出になる、とても大切だと聞いている。ロマンス小説でだってそうだ。

萬が一、事故でファーストキスを終えてしまっては悲しいし、いつかするのなら、その相手はエルがいい。むしろ不思議なくらい、彼以外との想像がつかない。

そう思ってしまったわたしは、腹を括った。

「め、目を閉じてもらっても、いいですか」

「ん」

すると彼は大人しく、目を閉じてくれた。長い髪を耳にかけ、ゆっくりと覆いかぶさるように近付いてみたものの、30センチくらい離れた距離で、ぴたりと止まってしまう。

……やっぱり、恥ずかしすぎて無理だ。

けれど目を閉じてしいなんて言っておいて今更、やっぱり無理だなんて言えるはずがない。すぐ目の前のエルの顔を見つめ、本當に綺麗だなあなんてしみじみと思いながら、現実逃避をしていた時だった。

「遅い」

その瞬間、薄く目を開けたエルによって頭をぐいと引き寄せられた。視界がぶれた後、がふわりと塞がれていて。

キスされている、と理解するのにかなりの時間を要した。初めてのらかくて溫かいに、頭の中が真っ白になる。

けれどやがて彼のが僅かに開き、その途端に我に返ったわたしは、これから何が起こるか一瞬で想像がつき、慌ててエルの肩を押した。流石にそれは無理だ。死んでしまう。

が離れるのと同時に、口で小さくなっていたキャンディが、ごくんとを通り過ぎていった。

「途中だったんだけど」

「…………っ」

「ま、いいか」

顔が、燃えるように熱い。間違いなく真っ赤になっているであろうわたしを見て、エルは満足げな笑みを浮かべた。

……エルと、キスをしてしまった。

分かっていたことなのに、世界がひっくり返ってしまうくらいの衝撃だった。する前にはもう、戻れない気がした。

「照れてんの?」

「う、うるさい」

「かわいい」

そんな言葉に、余計に顔が熱くなる。エルが、変だ。普段なら絶対、そんなこと言わないのに。

「エ、エルのバカ、こんなの変だよ、おかしい」

「そうかもな」

いつもなら、わたしがバカなんて言えば、お前の方がバカだろくらいは言うはずなのに。エルはひどく上機嫌だった。

「次は途中で逃げんなよ」

「も、もうしない、エルとわたしは家族だもん」

「家族ならそもそも、こんなことしねえよ」

そんなこと、わたしだって本當は分かっている。分かっていても、すんなりとれられなかった。

「ほんと、バカだな」

どうして、そんなにもらかく笑うんだろう。いつものように、小馬鹿にしたように笑ってくれないと落ち著かない。やっぱり、今日のエルは変だった。

けれどわたしは、もっと変だ。泣きたくなるくらいにドキドキして、恥ずかしくて死にそうなのに。今、このの中を一番に占めているは「嬉しい」だった。

「……や、やだ」

「は?」

「こんなの、やだ」

頭の中がぐちゃぐちゃで、落ち著かない。々なものが、一瞬にして変わってしまった気がする。

やがて耐えきれなくなったわたしは、そんな勝手なことを言い、逃げるように窓から飛び降りたのだった。

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