《家から逃げ出したい私が、うっかり憧れの大魔法使い様を買ってしまったら》目を閉じて、耳を塞いで 4
「フン、エルヴィス様はお忙しいんだ。お前なんぞに會う時間などない。早く帰れ狐め」
「うっざ。まあいいわ、どうせ明日から毎日一緒なんだし」
彼はクラレンスに向かってべーと舌を出すと、ひらひらと片手を振った後、あっという間に転移魔法で姿を消した。
流石エルやユーインさん、そしてクラレンスの知人だ。彼もきっと、相當な魔法の使い手に違いない。
「なんだか、騒がしくなりそうですね」
苦笑いを浮かべるクライド様の言葉に、クラレンスは深く深く頷いている。どうやら本當に彼のことが嫌いらしい。
わたしはというと、シャノンと呼ばれた彼が、昔から誰よりもエルを好いている、という言葉が頭から離れなくて。
なんだかそわそわして、その日は眠りにつくまでずっと、落ち著かないような気分になっていたのだった。
◇◇◇
「きゃー、このエルヴィスかわいい! かわいい! んもう大好きしてる! やーん可いすぎる!」
「…………ここは地獄か?」
翌日。前日の宣言通り、転校生としてSクラスに編してきたシャノンさんは、エルの姿を見るなり飛びついた。
とは言え、冷たい態度を取り続けているエルの風魔法によって、あまり近寄ることが出來ずにいるようだったけれど。二人が一緒にいる姿は、なんだかとても自然だった。
「つーかお前、隣國に居たんじゃねえのかよ」
「えっ? もしかしてエルヴィス、何も聞いてない?」
「何の話だ」
「あれ、100年くらい早まったっぽいって話」
「…………は?」
その瞬間、エルはひどく驚いたような表を浮かべて。
「ついて來い」
「きゃ、エルヴィスったら強引なんだから」
「黙れバカ」
もうすぐ授業が始まるというのに、エルはすぐに立ち上がるとシャノンさんの腕を引き、教室を出て行ってしまった。
そんな二人の様子に、驚いていたのはわたしだけではないようで。クラスメイト達は皆、彼らが出て行ったばかりのドアをあたりを見つめている。
そしてわたしは、シャノンさんの腕を引くエルの姿を思い出しては、の奧がぎゅっと締め付けられたのだった。
◇◇◇
結局、放課後になってもエルやシャノンさんが教室へと戻って來ることはなかった。エルはともかく、シャノンさんは転校初日だというのに大丈夫なのだろうか。
二人のことが気がかりで、わたしは一日中授業の容なんて頭にって來ず、ぼんやりとしてしまっていた。
「……エル、何してるんだろう」
どうしても気になってしまったわたしは、校舎を出たあとまっすぐに男子寮へと向かう。
そうしていつも通りエルの部屋をひょいと覗いたわたしはつい、中へとるのを躊躇ってしまった。
そこには、シャノンさんの姿もあったからだ。
「…………」
朝からずっと、二人きりでここに居たのだろうか。そんなことを想像すると、悲しいような、むかむかするような、今までにじたことのないが込み上げてくる。
……わたしにはこないだ、二度と部屋に男をれるな、なんて言っていたくせに。
そう考えると何故か余計に、むかむかしてしまう。すると不意に、わたしに気が付いたらしいエルと目が合った。
「ジゼル?」
「……エ、エルの、ばか!」
「は? おい、」
思わずそんな言葉が口から零れ落ちた瞬間、わたしは地上へと飛び降りていた。なんだか自分が自分じゃないみたいに、気持ちや言をうまくコントロールできない。
こんなのは初めてで、わたしは戸いを隠せずにいた。もしかしたら熱でもあるのかもしれない。とにかく今日は部屋に戻ってひたすら眠ろう、そう思っていたのに。
「な、なんで……」
「ふざけんな」
なぜかわたしを追いかけてきたエルによって、すぐに捕まってしまった。相変わらず、足が速すぎる。
「あのな、いきなりバカなんて言われて逃げられたら、気になるに決まってんだろ」
「……ごめん、なさい」
「どうした? 何かあったのか」
エルらしくない優しい聲でそう尋ねられ、なんだか無に泣きたくなった。本當に、今日のわたしは変だ。
そうして、エルに手を引かれながら歩き出したわたしは、先ほどじたことを素直に話していたのだけれど。
何故か途中からエルは、ひどく上機嫌になっていた。
「な、なんで笑ってるの」
なんだかその姿にまた、ムッとしてしまう。そしてそう尋ねると、エルはぴたりと足を止めてわたしを見た。
「お前、シャノンなんかに妬いてんだろ?」
「えっ?」
「かわいいとこあんじゃん」
わたしが、シャノンさんに、妬いている。何度も頭の中でその言葉を繰り返しているうちに、しっくりときてしまう。
「そ、そうなのかな……?」
「ああ。さっきまでずっと、ユーインも居たし。一瞬ババアに呼ばれて戻っただけで、今頃あの部屋にいると思う」
「……そう、なんだ」
「あからさまにホッとしたような顔して、お前ほんっとに分かりやすすぎ」
そんなにも顔に出てしまっていたのだろうか。なんだか恥ずかしくなって、わたしは慌てて俯いた。
「まあ、お前がどうしても嫌だって言うんなら、ユーインが居たとしても二度とあいつは部屋にれないけど?」
いつものように誰よりも偉そうな態度で、意地悪い笑みを浮かべて、エルはそう言ってのけた。
わたしがなんと答えるか分かっていて、聞いているに違いない。けれど結局、わたしはその通りに答えてしまうのだ。
「…………い、いやです」
「よくできました」
そうしてエルは満足げに笑うと、わたしの手を引いたまま再び歩き出したのだった。
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