《ファザコン中年刑事とシスコン男子高校生の愉快な非日常:5~海をまたぐ結婚詐欺師!厳島神社が結ぶ、をんな達のえにし~人ヴァイオリニストの橫顔、その翳が隠す衝撃の真実》犬も食わないどころか、鬼も足で逃げ出す

「彼はね、お父さんがドイツ系醫療機メーカーの重役で……彼は広島経済大學でドイツ語講師をしているんだよ」

「……そう。とっても綺麗な人だったわね。どこの馬の骨かもわからない私なんかよりずっと、彼に相応しいって言いたいんでしょう?」

咲は駿河のことを念頭に置いてそう答えた。

賢司は答えない。

「あなたって頭の良さそうな顔して、言うことはだいたいパターンが決まっているのよ。予測がつくからあまり気にもならないわ」

夫婦喧嘩は犬も食わないというが、そんな生易しいものではない。

「私と母を蔑んで、そうすることで自分を高めたいの? そうでもしなければ自尊心を保てないのね。可哀想な人……」

バックミラー越しに運転手の表し怯えているように見えた。

運転手さん、ごめんなさい。

それからタクシーを降りてマンションのエントランスにり、エレベーターに乗って5階に到著するまで、どちらも無言だった。

先に口を開いたのは賢司の方だ。

「ずいぶん強気じゃないか。周と手を組めたのがそんなに嬉しい?」

手を組む、と言い方にひっかかったが、気にしない事にする。

「そうよ、それに私達には強い味方がいるの。あなたなんかに負けないわ」

隣室を見つめる。

賢司は溜め息をついて玄関のドアを開けた。

貓達が走り寄ってくる。周の姿はない。どうせ隣の部屋にでもいるのだろう。

咲は自分の部屋に戻って著いだ。

それから髪を下ろそうと頭にれた時だ。

……ない。

髪に挿していたはずのかんざしがない。咲は慌てて辺りを見回した。

どこかで落としたのだろうか?

一気に中のが引いていくを覚えた。

和服を著る時、それはやや夫に対する抵抗の意味も込めて、咲は駿河が初めてプレゼントしてくれたかんざしを、髪に飾ることにしている。

ピンクのパールをあしらった金のかんざし。

決して安いものではないし、何よりも大好きな彼がくれたものだ。

咲は思わず長襦袢姿で部屋を飛び出した。

どこで落としてしまったのだろう?!

大金のった財布を落とした時よりも、もっとずっとひどい焦燥に襲われる。

床の上を舐めるように見回し、それでも見つけられなかった。

咲は深呼吸をして、それから自分の部屋に戻った。

とにかく著替えて、もしかしたらタクシーを降りて家に戻るまでの間、たとえばエレベーターの中とか、エントランスかもしれないから探してみよう。

あるいはタクシーの中だろうか?

なんていうタクシー會社だっただろうか。領収書は確か、賢司が握っているはずだ。

何て言って切り出したらいいのだろう?

さっき乗ったタクシー會社、なんていう會社だったかしら? そんなふうにストレートにぶつけたところで、どうしてそんなことを聞くのかと聞き返されることが予測される。

忘れをしてしまったみたいなの。

そう答えればきっと、何を忘れたの?

かんざしだと答えるだけでいい。でも。

だったら、新しいを買えばいいじゃないか。別に、命に関わるようなものでもないだろう?

彼の返答は目に見えている。

どうしよう……?

どくどく、と心臓がものすごい勢いでいている。

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