《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》36
音は聞こえる。床にも扉にもれる。ただ、誰もジルの姿が見えないし、聲も屆かない。
もちろん、魔力も使えない。
ジルの周囲だけだろうが、現実と薄いを一枚隔ててしまったじだ。
城のバルコニーに出るジルをラーヴェは止めなかった。
町の火が徐々にひろがり、赤くそまっていく。に酔うようなびが、ここまで屆いていた。爭いが始まる合図だ。
「――ラーヴェ様! わたしを出してください!」
たまらず振り向いたジルとし距離をとって、ラーヴェが宙に浮いている。
「だめだ」
「でもこのままだと陛下が……!」
「ハディスの心配なら、必要ない。こんな町、あいつがその気になれば一瞬で焼け野原だ」
「そんなことをしたら陛下が今以上に孤立します、それでもいいんですか!?」
ラーヴェは答えなかった。ジルはを噛んで、額に手を當てる。
(落ち著け、ラーヴェ様はこれから陛下がやろうとすることをもう承知してるんだ。そのうえでわたしを閉じこめてる。説得するとしたら、そうじゃない……!)
きっと糸口はある。ラーヴェはジルとハディスの仲を取りなそうとしてくれたのだ。
それはきっと、ハディスがひとりぼっちにならないようにするためだろう。
「――ベイル侯爵を、カミラとジークにさがしに向かわせました」
ぱちり、とラーヴェが小さな目をまばたいた。思わぬことだったらしい。
ジルはそのままたたみかける。
「呪いはわたしがいれば起こらないんでしょう。何より今回はタイミングがよすぎます。あの黒い槍――あれが原因だとしても、れるのはだけなら、ベイル侯爵をって自死させることはできないはずです。ベイル侯爵の死亡確認に行ったスフィア様にとりついていたことからも、偽裝の可能が高いと判斷しました」
「……よくもまあ、たったそれだけの報で」
「ジェラルド王太子が何かしかけてくるのはわかっていたので。……この混にまぎれてベイル侯爵は始末されるか逃げるかするでしょう。だったら、ベイル侯爵が生きているところを見せれば、この騒は陛下の呪いではなく仕組まれたものだと説明できます」
「聞いてもらえる気がしねーけどな。どっちにしろ、あの槍が持ちこまれた以上は、スフィア嬢ちゃんみたいなのが出続けて、手がつけられない」
ふよふよと浮いたままラーヴェがテラスから部屋へとる。それをジルは追いかけた。
「なら、もっとわたしに説明をしてください。対処を考えます! あの黒い槍は神クレイトスの聖槍なんですか?」
「そうだ。正確には神の一部。俺と同じようなもんだ。嬢ちゃんが嫁になって、ハディスの守護が強まって、手出しできなくなって焦って、威力偵察にきたんだろう」
思いがけない返事に、ジルは立ち止まる。くるりとラーヴェがこちらを向いた。
「ラキア山脈の魔法の盾の話は、クレイトスには伝わってるんだっけか?」
「……カミラ達から聞きました」
「なら話は早い。もとの姿に戻れなくなった神クレイトスは、自分の生まれ変わり――の適合者をさがして復活しようとしてる。條件は十四歳以上のだ。でも、の適合者じゃなくても十四歳以上のならることができる。スフィア嬢ちゃんは後者だったってわけだな。そんで嬢ちゃんは、ハディスを神クレイトスのから守る魔法の盾ってわけだ」
ん、と思わず眉がよった。
「……?」
「そう、だよ。クレイトスはの神だ。しているなら、何をしてもいいとクレイトスは考えている。俺は、理の竜神だ。してるからって何をしてもいいとは思わない」
ラーヴェが部屋の中にある椅子に腰かけるよう、うながした。
「神クレイトスの狙いは竜帝と夫婦になることだ」
眉間のあたりに指をあてて數秒、ジルは考えた。
「……つまりラーヴェ様があの槍と結婚すれば解決するということですか?」
「おお、見事に俺を売り飛ばそうとしたなー。でも殘念、あくまで相手は竜帝だ。つまりハディスのことだよ。俺は竜神だけど、竜帝になる人間の守護というか、武だし」
「ならハディス様があの槍と結婚すればいいのでは!? 槍なら飾っとけばいいだけでは!?」
雑な解決を提案したジルに、ラーヴェが苦笑いを浮かべる。
「それですむわけねぇだろ。クレイトスはものすげー嫉妬深いぞ。ハディスの全部を手にれようとする。ラーヴェ帝國は滅ぶだろうし、下手すりゃこの大陸からが全員いなくなるだろうよ」
「なんでそんな極端なんですか!?」
「だからさえあれば何やってもいいって考えなんだよ、あっちは。あんな姿になってだいぶ神格も落ちてる。ついでに言うと、ハディスが神をけれたとして、嬢ちゃんは死ぬと思うぞ。前妻とか許すと思うか?」
思わない。得てして神というのは非である。
「……まともな説得が現狀不可能なのはわたしも同意です。ですが、わたしをこんなところに閉じこめてなんになるんですか」
「そうだよなー俺もそう思うわ」
「はい?」
けらけら笑ったラーヴェがふと表を改めた。思わずジルは構える。
「……俺は竜神だ。理の神だ。だから同じ間違いはしない。だけど、あっちは違う。ハディスもそれを知ってるはずだ。嬢ちゃん、神話のお勉強だ。黒い槍に化けて侵してきた神を退けるにはどうすればいいかわかるか?」
「どうって……その、神話では、竜妃がそのに神を封じて……えっ」
「神クレイトスは必ず嬢ちゃんを狙う。そういう神だ。竜妃の指をつけてる嬢ちゃんを見失うこともないだろうよ」
思わず金の指を見る。
(目印ってそういう意味か!)
ふっとラーヴェのの郭がほどけていく。なめらかな肢が、白く輝く銀の刀に変化していくのを見て、ジルは息を呑んだ。
――竜帝の天剣だ。神の聖槍とも打ち合える、唯一無二の神。
『千載一遇のチャンスってやつだよ。わかるだろ』
頭の中でラーヴェの聲が響く。
小さな瞳はないけれど、まっすぐ見據えるように白銀の切っ先が、ジルの元に突きつけられた。
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