《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》37
なるほど、とジルは笑った。
背中の冷や汗は隠して、不敵に。
「わたしごと神を斬る。そういうことですか。――最初からそのつもりで、わたしを竜妃にしたのですか?」
『違う――ってのは噓になるよな。なくとも俺はこの展開を想定はしてた。……俺は、理の竜神だからな』
自嘲気味なラーヴェに、先ほどのハディスの姿が重なった。
自分など好きになるな、というあの背中も。
「だったら、わたしをどうして守るんですか」
理の竜神は沈黙した。ジルは続ける。説得しかここから出る方法はない。
「この中でわたしを守ることと、神の囮にすることと、行が矛盾しています」
『……嬢ちゃんを守って神の怒りを煽るためかもな』
「それなら既に喧嘩を売ったのでご心配なく。結界をといてください。そうすれば神がわたしを狙いにくる。閉じこめる必要なんてどこにもない。どうしてそうしないんですか?」
『どうしてだと思う?』
「それを聞いているのはわたし――」
ふっとひらめいたことにジルは詰問を止めてしまった。
ももわからない。――そんなことを言って、たったひとりで向かって行った、あの竜帝は。
『馬鹿だよなあ、あいつ。わからないはずがないんだ。こんな簡単に、神を殺せる方法が目の前にあるってことに』
「……」
『どうするつもりなんだろうな。俺もなしに聖槍とガチでやり合うなんて、ただじゃすまないってわかってるはずだ。そもそも、嬢ちゃんを嫁にしたのはなんのためだ? 神からの盾になってもらうためだろ』
そうだ、ハディスの行はおかしい。本當にジルを利用する気なら、今使うべきなのだ。
『気づいてないんだよ』
優しく、その守護者である竜神は、すべてを斬り捨てる剣の姿のままで言った。
『でも、俺までそういうわけにはいかねぇだろ。俺はあの馬鹿を守ってやらないと』
「――だったらなおさら、わたしをここから出してください!」
立ちあがったジルを警戒するように、剣の切っ先がさらに近づいた。
『だめだ、嬢ちゃんがただのの子じゃないってことはもう知ってる。本気で逃げられたら追うのも大変だ。だから結界にいれることに俺は同意した』
「逃げません、わたしが神を退けます!」
『無理だ。神の聖槍と戦えるのは竜帝の天剣だけだ』
「じゃあわたしがあなたを使えばいいじゃないですか!」
ほんのし剣がたじろぐ気配がしたが、すぐに反論がきた。
『それでも無理だ。いや、嬢ちゃんの膨大な魔力なら、ある程度は俺を使えるだろうが、それ以上に、神に勝つ條件が――』
「託はいい、さっさといくぞ!」
焦れたジルは怒鳴って天剣を手にする。驚いたらしく、刀が生意気にも左右に暴れた。
「時間がないんだ! それをぐだぐだぐだぐだと! 神をたおせばいいんだろう! それで萬事解決だ!」
『け、結論が雑すぎるだろ!』
「わたしは未來を知ってる!」
ぴたりと天剣が――ラーヴェがきを止めた。
「ベイルブルグが壊滅するだけで終わらない。皇太子派がジェラルド王子と結託して陛下を追い詰めにかかる。いずれクレイトスとも開戦する。なのに陛下は國を守りながら、周囲に疎まれ続けるんだ。そんな未來を許していいのか!?」
『……』
「ここで止めるんだ。信じられないならそれでもいい。わたしが神に負けたら、その場でうしろから突き刺せ!」
ただし、とジルは手にしたラーヴェを見つめる。
「それまで協力しろ」
『……いいのかよ、それで? 俺らは嬢ちゃんを囮にしようとしたんだぞ』
「そのほうがマシだった!」
あっけにとられたらしく、ラーヴェがおとなしくなった。
ジルは勢いのまま怒りを吐き出す。
「なんで最後までわたしを利用しなかったんだ。それならいつものことだ。すぐさま見切りをつけてやった! なんでわたしを守ろうとする。――わたしはどうして、囮に使われたことじゃなく、助けてくれと言われなかったことに一番怒ってるんだ!」
黙ったラーヴェを手にして、そのままテラスへと戻る。
城門前に住民達が集まって、丸太を運んでいた。城門を破るつもりなのだろう。さすがに城まで乗りこまれたら、死者が出る。
だが今ならまだ間に合う。
『……嬢ちゃんさぁ、まさかハディスを……』
「怒ってますよ。狡猾なって言ってましたよね。親しげに」
『い、いや、すげぇ嫌ってるからそこは! 子どもの頃から迷してるから!』
「長いお付き合いなんですね。と憎しみは紙一重って言いますよ。現に、わたしのことをしも見ようとしなかった」
ラーヴェが沈黙を選んだ。正しい判斷だ。
何を言ったってジルの癇に障るだけだ。
(――ああもう、どうしてわたしは先に好きにならないなんて決めたのか)
をしていい相手かどうかなんて、まだわからない。
でも、好きだから助けに行く。それが間違っているだなんて、神にも言わせない。
『……あのさ、ハディスが嬢ちゃんの名前を呼ばなかったのは、嬢ちゃんの存在をしでも神に気取られないためだからさ』
こりずにラーヴェが話しかけてきた。
『本當は呼びたかったんだよ、あいつ。俺だってそうだよ』
そんなことをすれば神が余計に怒るのがわからないらしい。本當に神でも皇帝でも、男はどうしようもないと思った。
そしてそんな馬鹿な真似をおしく思う自分もやっぱり、どうしようもないのだろう。
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