ジルの宣言を聞いたあとで、ラーヴェが真っ先にんだ。

『いや嬢ちゃん、こっちから喧嘩売ってどうするんだよ!?』

「こう言えば放火も陛下の呪いも全部、神のせいだってわかるだろう！」

『マジかよぉ』

けない聲をあげるラーヴェを――天剣をにぎり、ジルはじっと港のほうを見つめる。

くるはずだ、という確信があった。

神なんてあがめ奉られたが、しい男を自分のものだと宣言されて怒らないわけがない。

その期待に応えるように、港から一直線に何かが飛びあがった。

『ほんとにくるしなあ、あっちも！　――嬢ちゃんは本來の使い手じゃない。もって數分、本領発揮も無理だからな！』

「わかってる！」

こちらにまっすぐ、雲を突き破って向かってくる黒い槍に目をこらす。

下から聲が響いた。顔を変えたハディスだ。

「なぜ君がここにいる!?　ラーヴェ、お前もいったい何をしてる！」

「うるさい、賞品は黙って見ていろ！」

「しょ、賞品!?　まさか僕のことか!?　皇帝なのに!?」

「なら皇帝としてやるべきことをやれ！　神だかなんだか知らないがわされるな、馬鹿！　幸せ家族計畫はどうした!?」

目を白黒させて混しているハディスを、一喝した。

「お前はわたしより強い男なんだからやり遂げろ！」

「――ジル！」

なんだ、ちゃんと名前を覚えているじゃないか。

思わず笑ったそのときは、既に目前に黒い槍が迫っていた。

天剣の刀でそれをけ止める。ぶつかりあった魔力が発して、鐘樓のある塔から放たれたが町中を照らした。

屋を蹴ったジルは空を飛んで逃げる。思ったとおり、黒い槍はジルを追いかけてきた。

（ものすごい殺気だな）

町に被害を出すのは好ましくない。上昇しようとしたジルは、橫を追い抜いていった槍に舌打ちする。速度はあっちのほうが上だ。

上をとった槍は、そのまま落ちてくるかと思いや分裂した。

星のようにジルの心臓目がけて、槍が降ってきた。天剣の刀と魔力でそれをけ止めるが、押されて背中から落ちていく。

押し切れないことに焦れたのか、槍がものすごい勢いで増えた。町を覆うような數だ。舌打ちしたジルは、魔力を全開にして町の上に結界を張る。

降り注ぐ槍が、町の上空で発をした。花火のようだ。

誰もが武をおろして、その景を見あげている。

（そうだ、見ろ。お前達の敵はこいつだ、陛下じゃない）

呪いなんてない。あるのは、はた迷な神の。自分達は敵に襲撃されているのだと、自覚しろ。

槍の數が減ってきた。面での攻撃を諦めたのか、今度はぐるりとジルを取り囲んで一斉に襲いかかってくる。剣を握り直したジルは、空を飛び回りながらそれらをたたき落とした。

そのたび魔力が星屑の欠片のように落ちていく。

『つ……強すぎないか、嬢ちゃん……』

「でも魔力の消耗がひどいです。早く勝負をつけないと……しょうがない」

ぐるりと天剣を逆手に持ったジルは、そのまま投擲した。

えええええ、とぶラーヴェの聲が飛んでいく。黒い槍は好機とばかりに一本になって丸腰のジルに向かってくる。

「ジル!!」

真っ青になったハディスのびがいっそ心地よかった。

（わたしを囮にするつもりだったくせにできないなんて、馬鹿だな）

その甘さの意味を理解させるまで、奪われてなるものか。

自分の心臓目がけて飛んできた槍を両手でつかまえたジルは、の端を持ち上げる。

「二度目ましてだな。そっちが覚えているかどうか知らないが」

答えを期待していたわけではないが、じわりと、両手から思念が伝わった。

『オ前、ナゼ覚エているノ』

両眼を開く。同時に疑問が氷解した。

どうしてジルの時間が巻き戻ったのか。

神だ。神の力で時間が巻き戻ったのだ――それもこの言い方から察するに、神も予想しなかったことらしい。

『なゼ、オ前が竜妃ニなッテいル！』

不意に笑い出したくなった。思えばこの狀況があの夜そっくりではないか。

なのに、今度は負ける気がしなかった。

――さあ、今この瞬間から、やり直すのだ。今度は奪われないように。

「まさか神様ともあろう方が、嫉妬に狂ってわざわざ海を渡っておいでになるとは」

『返セ、返セ返セ返セ返セ返セ返セあの方ヲ返セエェェェ!!』

「そもそもお前のじゃない！」

んだジルは抵抗する槍を両手で持ちあげて、折り曲げようと力をこめる。

ばちばちと稲のように周囲に魔力が撒き散った。

抵抗と一緒に、伝わるびも大きくなっていく。

『あの方ガシテイルノハ、私ダケ』

かちんときたジルは、槍を握る両手に一気に力をれた。

「ふざけるな、そうなるのはわたしだ！」

ばきんと音を立てて、黒い槍が真ん中から折れた。

「わかったら二度と人の夫に手を出すな!!」

勢いよく振りかぶったジルは、折れた槍をそのまま海の彼方、クレイトス王國に目がけてぶん投げた。夜の闇を切り裂いた槍が、星のように遠くって消える。

肩で呼吸をしながら、ジルは唸る。

「これだから、の、嫉妬、は……っ！」

くらりとめまいをじたあとは、もう遅かった。

（しまった、魔力を使いすぎた）

怒りで見極めを間違った。あっという間に全から力が抜け、鉛のようになったが落ちていく。

なんとか視線だけでもかそうとしたそのとき、息を呑んだ。

こちらに向けられた黒曜石の瞳。あの黒い槍とそっくり同じを持つ、ジェラルドがこっちに向かって飛んできて、空中でジルをけ止める。

「素晴らしい。やはり君は連れ帰る。妹も、君ならけれるだろう」

「……っ」

拳で毆ってやりたかったががかない。そのジェラルドの橫顔を弓矢がかすめていった。

「ジルちゃん！」

カミラだ。その橫で、大剣をかまえたジークが軍港の城壁から飛びかかってくる。

「何してんだお前！」

ジェラルドが眼鏡を捨てた。

だめだ、とジルはぼうとするが、聲は出ない。

黒曜石の瞳がると同時に、魔力の塊にジークがはねのけられる。壁にぶつかった部下の姿に、その景に、手をばそうとするが、できない。

「……あのふたりの命と引き換えに、というのはどうだ？」

ふたりを助けようとするジルの仕草に気づいたのか、笑ってジェラルドが問いかける。

（くそ、け！　けないと、またみんな）

屆かない。せっかくつかんだと思ったのに。

「君が俺に従うなら、あれくらい助けてやっても――」

優しげなジェラルドがはっと顔をあげた。瞬間、背後から膨大な魔力を叩き付けられて、ジェラルドのが吹き飛んだ。

ふわりと背後から優しく抱き留められて、ジルはまばたく。

そのまま丁寧に地上まで運んでくれたのは、ハディスだった。