アランの背に乗ってやって來たのは、王都の外れにあるただ広い草原だった。

アラン曰く「ここは國が管理する土地で警備も萬全だ。安心するといい」とのこと。

屋敷の庭も広かったが、ここは比べにならないほどの規模だ。

アランの言う通り、ここなら思う存分霊魔法を使うことが出來るだろう。

あたりを見渡す限り人気は無く、風のささやきと時たま飛んでくる小鳥の囀りだけが鼓を震わせる。

遠くに小高い丘や林があるくらいでとても開けた場所であった。

「俺は王城に戻るが、夕方頃にはまた迎えにくる」

「はい！　連れて來てくださり、ありがとうございました」

ぺこりと頭を下げるソフィアの頭にばそうとした手を引っ込め、アランは懐からあるものを取り出す。

「これを指に嵌めるといい」

「こちらは……？」

アランの掌の上で転がるのは、雪のように白い寶石が付いた指。

に照らされきらりとるしさに、ソフィアの目が吸い込まれる。

「加護の指だ。ある一定以上の霊力が出力されないよう、抑制する効力がある。これをつけておけば、昨日のように霊力が暴発するような事が無いだろう」

「なるほど、そんな便利なものが……」

ふむふむと心げに頷くソフィアに、アランはすまなさそうに言う。

「……本當は、昨日の時點で渡すべきだったが、判斷を誤った。俺の責任だ、申し訳ない」

「そんな、お気になさらないでください」

ぶんぶんと、ソフィアは頭を振る。

「アラン様にはアラン様なりのお考えがあってのことでしょうから。何事もなく無事だったのですし、終わり良ければなんとやら、ですよ」

「そう言ってくれると、助かる。……霊力を上手く制できるようになるまでは、原則としてこちらの指をつけて訓練するようにしてくれ」

「はい、ありがとうございます。では、頂きますね」

アランの手から指をけ取ろうとすると。

「手を」

「ひゃっ……」

アランのもう一方の手がソフィアの手首に優しく添えられる。

突然のことで短い悲鳴をあげたソフィアの、右手の中指にそっと、アランは指を通した。

まるで、王子がお姫様に誓いの指をはめるように。

「うむ、よく似合っている」

ふ、とアランが満足気に頷く。

一方のソフィアはというと。

「……どうした？」

「い、いえ、その……」

ぷしゅーと頭から湯気を吹き出し、顔をりんごに染めながら、消えるような聲でソフィアは言う。

「そういう不意打ちは、良くないと思うのです……」

「不意打ち？」

よくわかっていない様子のアランに、ソフィアはぷくりと頬を膨らませるが、すぐに口元を緩ませて。

「でも……嬉しいです、ありがとうございます。大切に、します……」

そう言ってぎゅっと、指を抱え込む姿はまるで祈りの聖の如し。

加えて恥じらいの笑みさえ浮かべる様に、今度はアランが息を呑んでしまうのであった。

「……」

「……」

何故か時間が停止してしまった二人。

モーリスが「おやおや……」と眼鏡を持ち上げ、クラリスはため息をつきながら口を開く。

「アラン様、そろそろ」

「う……うむ。ではソフィア、無理はせず、ほどほどにな」

「は、はい！　アラン様も、お仕事頑張ってください」

アランは頷いた後、モーリスに視線を向ける。

「あとのことは頼んだぞ」

「お任せください」

モーリスが恭しく頭を下げると、アランは白竜に変し大空へと旅立っていった。

アランの巨が空の向こうへ消えていくまで小さく手を振るソフィアの傍ら、

「さて……ソフィア様」

モーリスが眼鏡をクイッと持ち上げる。

彼の聲と纏うオーラが変わった事に、ソフィアはすぐに気づいた。

「あ、あの……モーリスさん？」

ゴゴゴゴと何やら炎の効果音が聞こえて來そうだ。

「アラン様より仰せつかった通り、これより貴様に霊魔法の制についてお教えいたします、が……」

モーリスの眼鏡がきらりとって。

「私は厳しいですよ」

急に鬼教モードへと変貌を遂げたモーリスに、クラリスは「始まった……」と言わんばかりにため息をついた。

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