その男を初めて知ったのは、他部署との合同忘年會の席だった。

大病院で、全てが休むわけにはいかないということで、二科ずつ互いに相手を変えながら忘年會をするのが慣わしとなっていた。

その年、蓼科の第一外科部は薬剤部との合同忘年會になっていた。

「蓼科先生、どうぞ」

目の前に薬剤部の噂の超絶人が酌をしている。

配屬から、たちまちその貌が噂されただけではない。

真面目な勤務態度、患者や同僚に見せる優しさ。

これ以上は無い、という高評価で、病院で彼のことを知らない人間はいない。

「ああ、どうもありがとう」

確かに目の前のからは、完璧、という言葉しか浮かばない。

四十を超え、など興味を喪った自分でも、ややもすれば危なさをじてしまう。

「君は確か…」

「花岡と申します。どうぞ宜しくお願いします」

花岡の注いでくれたジュースは、味さが増している気分になる。

蓼科は酒が飲めない。

「君も東大醫學部だったね」

「はい、蓼科部長の後輩になりますね」

仄かに笑うと、一層しさが際立つ。

「どうかな、學生時代に誰か面白い奴はいたかな」

蓼科は軽く話題を振るつもりで、しいに問う。

「ああ、一人いましたよ。もう無茶苦茶な人でしたけど、非常に魅力的というか」

「ほう、どういう奴だった？」

花岡は多を乗り出して話し始めた。

誰かに聞いてもらいたかった、というじもある。

その男は、喧嘩が大好きでしかも負け知らず。

績も良かったが、それ以上に教養があり、非常に話も面白い。

それでいて、威張ることはなく、困っている人間に手を差しべる優しさもあった、と。

蓼科は相槌を打ちながら聞いていたが、大して興味はなかった。

ただ一點、花岡という「魂の清澄」なが、ベタ褒めしていることだけは驚いていた。

石神という男。

「石神くんは、東大病院に殘るのかと思っていたんですが、お世話になった教授の勧めということで、○○子醫大に就職したんです」

次にその男を見つけたのは偶然だった。

定期的に送られる醫學ジャーナルの雑誌の、學會の予定欄だった。

石神という名前と、子醫大の名前が連なって掲載されていた。

蓼科が興味半分に學會に顔を出そうと思ったのは、多花岡の話が頭をよぎったからだった。

「どんな男か見てみたい」

なんだ、あの男は。

蓼科は総だった。

「まるで化けじゃないか……」

蓼科文學には、誰にも話さないがあった。

親しい友人にも、家族にさえ話したことはない。

二十年近く連れ添った妻も知らない。

蓼科は、魂の炎が見える。

意識を集中すれば、だが、蓼科は普通の人間には決して見えない「魂」が見える。

その魂を包む「炎」が見える。

それは、相手が考えることが分かるということではない。

多はその傾向もあるが、相手のがしじられる程度だ。

むしろ、蓼科の能力は、魂の炎に連なる、不思議なエネルギーの作に重點があった。

蓼科は、自分でそのエネルギーを作し、相手に影響できる能力を有していた。

蓼科文學は、外科醫として次々と難手を功させ、日本はおろか海外にまでその名聲が伝わりつつある。

四十代で大病院の理事に就任できたのは、その功績に拠る。

そのエネルギーは、患者のバイタルの低下を一時的に抑えることができた。

そのエネルギーは、患者の免疫力を格段に高めることができた。

そのエネルギーは、事前の検査で見逃された悪腫瘍などの病理を教えてくれた。

そのエネルギーは、未知の対処法を脳裏に浮かべてくれた。

そのエネルギーは、患者の魂が遊離するのを一時的に止めることができた。

それによって、施の終了まで患者が死ぬことがなくなった。

それによって、後の回復が絶対に約束された。

それによって、オペは毎回功することができた。

それによって、後の経過が驚異的に良好になった。

それによって、人間が到達できない領域に踏み込んだ。

蓼科は、石神と出會った。

最初、石神は巨大な炎の柱に見えた。

そんな見え方をした人間は、これまでいない。

が強い人間は何人も見たが、すべてその道で有名な実力者たちだった。

魂から噴出す炎を持つ人間は、特別な何かがあった。

黨を不の規模に拡大した有名政治家。

表參道に個人館を建てられた、世界的蕓家。

日本最大規模の暴力団組織を築いた三代目組長。

生理學分野でノーベル賞を賞した化學者。

米國支配下の國を覆した外國人の革命家。

蓼科が會った人間の中で、數えるほどの特別な人間たち。

石神は、そのいずれとも異なった。

あまりにも、炎が巨大過ぎる。

「あれではまるで……」

蓼科は、人間では無かった、そういう巨大な「存在」を思い出していた。

「しかし、不安定すぎる。あの男を覆う心はズタズタだ。魂のだけで持っている。なぜ、あのような狀態の男がいるのだ？」

「恐らく、何度も死に直面したのだろう。そういう運命がじられる。通常ならばその一度で終わるはずの運命から、あの男は何度も立ち上がった」

「でも、最後に喰らった死が、今もあの男の心を蝕んでいる。このままでは、遠からずむき出しの魂が喰われてしまう」

蓼科は、男と話してみようと思った。

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