《ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~》第三十九話 兵士が揃ったので本格的な軍事行に出た

第三十九話

カシュー地方ガエラ連山の麓にあるベリア高原。短い草が生い茂る高原では四百人からなる兵士たちが集結し、槍を連ねて陣形を組んでいた。

麓を見渡せる丘の上に敷かれた本陣では、機が置かれ地図が広げられている。

地図には目の前にあるガエラ連山が大きく描かれ、大山脈の反対側には右にメビウム海が広がり、左は隣國であるハメイル王國が存在していた。

「ロメリア様」

聲をかけてミアさんがやってきた。本來は傷を治す癒し手だが、最近は書のまねごとが板についてきている。

「またご実家からお手紙が屆いています」

お父様からの手紙を恭しく差し出すが、私はけ取らない。

「そう、捨てておいて」

どうせ書いていることはわかっているので、私は無視した。

「よろしい、のですか?」

捨てろと言ったが、ミアさんは遠慮して手紙をしまいながら訊ねる。

「よろしいですよ、今更止まれませんから」

兵を率いて魔の討伐を行い、金鉱山を開発し、港を整備する。散々派手にいたせいで、さすがに両親に私の行がばれ、私を止める手紙が再三屆くようになった。そのうち実力行使で止めに來るだろう。

裏工作をして時間は稼いだが、私が自由にできる時間は短い。今のうちにやってしまわなければならなかった。

「ここベリア高原にある魔、蟻人(ぎじん)の巣をつぶせば、カシューに存在する魔の脅威を完全に一掃できます。今日まで準備をしてきたのです。やめるわけにはいきません」

カシューに來てそろそろ一年が経とうとしている。地道に魔の討伐を行い、ギリエ渓谷の竜も掃討に功し、今やこの地に巣くう魔だけが最後の脅威となっていた。

蟻人は魔としては弱いが、數が多い。その行範囲も広く、周辺の農村は頻繁に襲撃をけている。何より、この広大な土地が使えない。

カシューは貧しい土地ゆえこれまでは放置されていたが、港を新設して経済発展が見込めるカシューに、土地を遊ばせておく余裕はない。

「いえ、ロメリア様。それだけではありません。ここに兵を集めることです。私にはよくわかりませんが、ハメイル王國と問題になるのではないのですか?」

ミアさんが心配してくれているようだ。確かに、ここに兵を集めるのは多の問題がある。

「確か、どこかの國の將軍が、この山を越えたんですよね」

天を衝くガエラ連山を見上げながら、ミアさんが不用意に歴史を口にする。

「ノヴァ王國のハミルカル將軍だ」

嬉々として答えたのは、參謀代わりに私のそばにいるヴェッリ先生だった。

「七百年前ライツベルク帝國とノヴァ王國との間で戦爭が起きた。國力差からノヴァ王國の敗北は必至とされたが、ハミルカル將軍は當時不可能と思われていたガエラ連山越えを決意し、四萬の兵を率いてこの大山脈を踏破した。完全に虛を突かれたライツベルク帝國は後ろをつかれ、大敗北を喫した。これが世に言われる第二次ポルタ戦爭だ。その後ハミルカル將軍はライツベルク帝國の……」

ヴェッリ先生はなおも語ろうとしたが、私は止めた。

「先生、講義はまた後程お聞きします。今は七百年前ではなく、あと半時で開始される戦いに集中してください」

私はガエラ連山の麓を指さした。

にはあばたのようにが開き、人型の蟻がにひしめき、複眼をこちらに向けている。

大人よりは背丈が低く、も細い。力もそれほど強くないので、武裝した兵士であれば十分勝てる相手だった。

「何匹いるかわからないのです。しっかりと対策を練らないと」

蟻人は魔としては弱いが、恐るべきは繁速度だった。放っておけば一気に數が増えてしまう。の數である程度數が把握できるといわれているが、その統計が正しければここには二千を超える蟻人がひしめいているのだ。

これまでにない戦いになる。

「まったく、あんなになるまで放っておくなんて、これでは討伐も一苦労です」

蟻人は弱いがその繁力から危険とされ、発見次第、すぐに巣を殲滅することは常識とされている。

それをここまで放置していたのは、この場所の立地にある。

「ハミルカル將軍の有名な場所だからな」

また先生がその名前を出す。

「私たちがまた山越えをして攻めるなど、どう考えてもありえません。ハメイル王國の被害妄想ですよ」

ハミルカル將軍が、どのルートでガエラ連山を突破したかは正確な記録が殘っていない。しかしここはその最有力地と言われ、ハメイル王國側はまた山を越えて攻め込んでくるのではないかと警戒し、ここに軍を展開すると何かと文句をつけてくる。

だが天を衝くほどにそびえるガエラ連山は、まさに大陸の屋だ。

いくつもの山を登った専門家なら越えることも可能だろうが、萬を超える兵を率いて踏破などできると思えない。いや、やったとしても半分は死ぬ。

「彼らだって、もう一度越える人間が出てくるなんて、思ってもいないでしょう」

ただハメイル王國とは過去に戦爭の歴史があり、現在も張狀態が続いている。歴史あるこの場所に兵力を展開すると、確実にハメイル王國を刺激するため、緩衝地帯として兵力を置かないことが半ば慣習となっていた。

その空白地に知ってか知らずか、蟻人が巣を作り、手をこまねいている間に大繁してしまった。

「あとでもめるぞ」

「領の魔を討伐しただけです。それに、ハメイル王國とは現在同盟を結んでいるのです」

魔王軍が侵攻し、人類諸國家は魔王軍に対抗するため同盟を結んだ。

互いに助け合ったりすることはなく、ただ名前を連ねただけの同盟だが、それでも同盟は同盟だ。不可侵條約も結んでいるため、この地に兵を展開しても侵略行為や準備には當たらない。

「今潰さずにいつ潰すのです。それに、これは好機です。やらない手はありません」

現在ここには四百人の兵士が集っている。増員されたカシューの守備隊だ。

金鉱山が開かれ、新たな港も建設中だ。カシューの重要が高まったため、防衛の戦力が増員されたのだ。いまなら蟻人の群れとも戦える。

「やれやれ、うちのお嬢様は、戦爭をお求めか?」

わかっているくせに、ヴェッリ先生があきれたようにつぶやく。

「はい、戦爭を求めていますよ。ここで経験を積んでおかないと」

カシューではあちこちに魔が出沒していたが、大きな群れは存在しておらず、ギリエ渓谷の竜たちが最大だった。

「竜と戦い、數部隊での運用は形となってきましたが、大部隊を率いての戦闘は未経験です。來るべき魔王軍との戦いに備えて、この規模の戦闘を経験しておかないといけません」

「その結果、兵が死んでもかね?」

先生は私の覚悟を問う。

いくら策を練っても、この規模の戦いとなれば、無傷では済まない。なくない被害が出るだろう。

「覚悟の上です。何の経験もないまま魔王軍とぶつかれば、確実に負けます」

これまで先生と検討を重ね、大戦に參加したことのある練兵に話を聞き、仮想戦を行ってきた。だがどこまで行っても実戦ではない。目の前の犠牲を嫌って、將來の犠牲を大きくしていては意味がない。

「私の覚悟を問う前に、準備はできているのですか?」

「もちろん整っている。隊長たちも集まっているよ」

先生が目で指し示すと、確かに準備を整えた隊長たちがそろっていた。最後の打ち合わせと行こう

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