《ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~》第四十一話 蟻人掃討戦①

第四十一話

地響きを立てて兵たちが進軍する。

百歩ほど前進したころ、蟻人の巣に変化があった。

これまで貝のように閉じこもっていた巣から、一気に蟻人の群れが這い出てくる。おぞましい程の量で、まるで黒い津波のようだ。

大半はやせ細った骨組みのようなの蟻人だ。手に木の棒や、先端が石でできた槍などを振りかざし気炎を上げている。藁人形のような蟻人にじって、丸々と太った球狀の蟻や、巨大な鋏のような大顎を持つ蟻がいた。

一番數が多いのが食料の調達や巣の拡張を行う兵隊蟻。力は弱く戦闘向きではないが、とにかく數が多いのが厄介だ。

球狀の蟻人が巣の守備を擔う防衛蟻。見た目通りきは遅いが、強固な外殻を持ち、簡単に死なない力を持つ。

大顎を持つのが外で敵と戦う戦闘蟻だ。攻撃に特化した蟻人の切り込み隊長。戦闘蟻と防衛蟻は並みの兵士と互角の力を持つと言われている。

比率は八対一対一といったところ。事前の予想通りだ。

もっとも、蟻人は住む地域や種類により変異種が多く、その能力や特も変すると言われている。見た目は同じでも、戦ってみると全然違うこともあるので、あまりとらわれすぎないほうがいいだろう。

巣から出てくる蟻人の勢いが弱まり、最後にひと際大柄な蟻人が出てくる。王を守る近衛蟻だ。がっしりとした軀をもち、力量は武裝した兵士二人分の力を持つと言われている。巣の規模から考えて數は百ほどしかいないはずだが、連中の最大戦力だろう。

じっと見ていると、兵士たちの間からどよめきが起きた。そのいでたちに、私も眉をひそめる。

蟻人のい外殻で覆われており、そのは地域によって異なるが、同じ種であればほぼ同じをしている。ここの蟻人は黒一だが、出てきた近衛蟻は茶や鈍い鉛をしていた。

「ロメリア様、あれって……鎧や武ですよね?」

そばに控えていたミアさんが、自分の見たものを信じられずに問う。

や鈍ではない。皮鎧や金屬の鎧兜をに著けているからだ。手にも剣や槍を握っている。

「蟻人って皮を鞣したり、製鉄したりするんだな。初めて知ったぜ」

先生がとぼけたことを言う。

「そんなわけないでしょう」

が道を使うことは知られている。以前戦った猿鬼は火まで使いこなしていたし、蟻人も木の棒や石を投げ、原始的な石を作るところまでは知られている。実際、兵隊蟻たちは、こん棒や石で武裝をしていた。

しかしいくら知があり手先が用でも、皮鎧や鉄を作ることはできない。皮を鞣すには知識と技が必要だし、製鉄はさらに難しい。

蟻人が持っている武は、明らかに人間の手によるものだ。

「たしか盜賊が使っていた武や道を、使ったって記録はあったな」

などを使えるのだから、人間が作ったものを奪った可能はある。

「それにしては數が多いでしょう」

人間の武で武裝した近衛蟻は、ざっと見ても百はいる。拾ったものとは思えない。

「ハメイル王國でしょうね」

「それしかないか」

ハメイル王國が、私たちに対する嫌がらせに與えたのだろう。ご苦労なことである。

「ロメリア様。どうするのです?」

ミアさんが予想外の事態に聲を上ずらせる。兵たちも蟻人の武裝に気づき、多揺している。

「落ち著いて、ミアさん。武裝しているといっても、手れは行き屆いていません」

を使えるとはいえ、人間のように手れはできない。それにハメイル王國も、ただの嫌がらせに高価な武を與えるはずがない。破棄予定の武を與えただけだろう。

「それに武裝の數は百程度。鋭である近衛蟻だけです」

敵の武裝度は上がったが、數がなく大した脅威ではないと考える。それよりも巣から出てくる蟻人が止まった。その數はざっと見て千三百から千五百。想定よりもない。

「魚鱗陣形だな」

這い出る蟻人が止まり、一塊になるのを見て、ヴェッリ先生が一言評する。

たしかに塊となった蟻人の群れは、三角の形をした魚鱗陣形に見えなくもない。

中核を武裝した近衛で固め、そのまま數の力で押し切ろうと考えているのだろう。

「あそこにいるのが指揮ですか」

敵陣の後方に、木材で組まれた輿が見えた。中には大きな蟻人が一匹座り、杖を振り回して何かをんでいる。

「王蟻だな。近衛に囲まれて守りはい。さすがにあいつの首を取るのは一苦労だ」

蟻人の社會は王制だ。だが王は子供を産む機能に特化し、巣から出ることもままならない。それゆえ、近衛蟻の中から全の指揮を執る王蟻が一人選ばれるらしい。あいつが今回の敵だ。

王蟻を見據えながら、兵を前に進ませる。蟻の群れも塊になったまま前へと進み続ける。

二つの軍勢の距離が詰まる。私が手を挙げて進軍を停止させると、奇しくも蟻たちも時を同じくして進むのをやめた。

互いの軍勢がにらみ合う。私は命令を発した。

「防陣形」

命令と共に最前線にいた兵たちが、盾を落とし戸のように地面に固定し、一分の隙間のない一枚の壁となる。一列後ろの兵は、盾の上からは槍を突き出して構える。

重裝歩兵による鉄壁の構え。軽量の蟻人にこの陣形は破れない。

兵たちの陣形を見て、蟻人にも変化があった。群れから巨大な防衛蟻だけが前に出て、戦列の前に均等に並ぶ。その數十五、いや、二十。特に正面、オットーが指揮する前には、他よりも倍は大きな特大の防衛蟻が現れた。

こちらに対抗して、守りを厚くして仕掛けてくるのかと思ったが違った。

王蟻が王杓を振ると、前に並べた二十の防衛蟻だけが先行して突撃してくる。

重裝甲だが鈍足の防衛蟻が、足音を響かせて突撃してくる。だが途中で足がもつれたのか転倒した。がダンゴ蟲のように丸まり転がる。

道化のような姿に、一瞬笑いかけたが違った。回転は止まらず、むしろ勢いを増して向かってきた。

當たりかよ」

特大の防衛蟻を先頭にして、後続の防衛蟻が三角の突撃陣形で突っ込んでくる。

當たりで防衛線を崩すつもりだ。

「蟻人も戦に持ち込めば數の利が生きることをわかってるのでしょう」

防衛線を維持できればこちらが有利、逆に崩せば向こうが勝つ。これはそういう戦いだ

「落ちついて、防陣形を維持」

け止めるしかない。前線の兵を集させる。

數人がかりならけ止められないこともない。

だが問題は正面、特大の防衛蟻の突進だ。勢いがついた回転は、巨も相まってかつて倒した三つ足を彷彿とさせる勢いがある。

けきれるか? いや? け止めた後、さらに後続の突撃に耐えきれるか?

巨石が落下してくるような勢いに不安を覚えたが、正面に立つオットーは、盾を並べた前線のさらに前に単進み出た。

特注の巨大な槌を右手に持つオットーは、両手を広げたかと思うと槌を振りかぶり構えた。

「迎え撃つつもりか? いくらなんでも無謀だ! 誰か止めろ!」

ヴェッリ先生がぶが、今更止められるものでもない。

私は拳を握り締め、オットーを見る。

オットーは相棒たる槌を振りかぶると、全の力を込めた。

気合の聲とともに、ずんぐりとした軀から筋が膨らみ膨張する。を包み込んでいた鎧がきしみ、金屬音の悲鳴を上げる。

対する特大の防衛蟻は、落石のごとき勢いのままオットーに迫る。オットーは全の力を解放し槌を振り抜いた。

巨大落石と破壊槌のごとき一撃が激突する。

轟音と衝撃が戦場を貫き、遠く離れた本陣にいる私の心臓を打つ。

巨大質量と破壊の力は拮抗し、両者は一瞬停止する。

だにしない特大防衛蟻、対するオットーのが一瞬沈んだかに見えた。

だがその直後、巖のごとき防衛蟻の裝甲に亀裂が走り縦に裂ける。亀裂は止まらず裝甲が陥沒し破壊された。

「うぉおおおおおぉお!」

を沈め、力をためたオットーが吠える。

恐るべき膂力で槌を振りぬき、防衛蟻を押し返す。

防衛蟻の巨が宙を浮き、毬のように跳ね返されたかと思うと、後続に転がってきた防衛蟻の一と激突、互いにが砕け戦場に無殘な死骸をさらした。

兵士の誰もが息をのんだ。自分が見たものを認識するのに時間がかかったからだ。

直後割れんばかりの大歓聲が兵の中から湧き上がる。

私も指揮でなければびたいぐらいだった。

「おっ、おいおい」

ヴェッリ先生がそれ以上言葉をつづけられなかった。

「すごい。人間って、あんなことできるんですね」

ミアさんが全員の心を代弁する。オットーはロメ隊の中でも怪力の持ち主だが、まさかここまでとは思わなかった。

序盤から予想外の戦が披されたが、オットーの怪力は蟻人の策を上回り、味方の兵士を勇気づけ大いに士気を高めた。

私は小さくこぶしを握り、心でオットーを稱えた。

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