《ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~》第四十三話 蟻人掃討戦③
第四十三話
「連中も想像外の手を打ってくるな。しかし、損害の方が多いんじゃないか?」
蟻柱による攻撃は驚くべき戦法だが、効率は悪そうだった。
「でしょうね、ですが確実にこちらに損害が出せます」
こちらは訓練が行き屆き、裝備も充実している。木の棒や石程度には負けない。守りを固めていれば數をしずつ減らして勝てる。
逆に蟻人の強みは、兵を簡単に使い捨てにできることだ。減ってもまた増やせばいい程度に考えているから、多損害が多くても、確実にこちらの數が減らせる方法をとってくる。
「前線は持ちこたえてくれていますね」
予想外のこともあったが、狀況は悪くない。
兵たちもよく戦ってくれている。
だが私は言いようのないもどかしさをじていた。
「だめだぞ」
私の心を予想した先生が、背後から釘をさす。
「前線は混戦になる可能がある。お前が前に行くと、下手をすれば死ぬ。何度も話したが、お前を前線には出さない」
先生から見えない位置で顔をゆがめ、すぐにすました顔で振り向く。
「もちろんです。前線に立つつもりはありませんよ」
「ならいいんだが」
先生は全然信用していない顔で答えた。
私が前線で指揮を執ることを、先生はもとより多くの兵が良しとしていない。
その指摘は正しい。実質私がこの軍を率いているし、討たれれば戦線は瓦解する。その危険を冒すべきではない。
そもそも私は、前線に立つ方の人間ではない。
腕に自信のある猛將ならば、前線に立ち兵を引っ張っていける。しかしそこらの町娘と同じ程度の力しか持たない私ではそれはできない。兵の士気を鼓舞するための芝居ならもう十分だし、もう私が前線に立つ理由はあまりないのだ。
それはわかっているのだが、時折どうしても前線に立ちたくなってしまう。ここにいるべきではないと思えてしまう。
おそらくは罪悪。兵士たちを戦わせて、自分だけが安全な場所にいることに対する自責の念の類なのだろう。
しかし私の個人的と自己満足のために、兵に負擔を掛けるわけにはいかない。
心に殘る言語化できないもどかしさをただの傷と結論付けて、考えるのをやめる。いまは目の前の戦爭に集中すべきだ。
「また次ができ始めましたよ」
戦場では蟻人達が互いを登りあい、蟻柱が生まれつつある。それも今度は五本。さらに前線に余裕が生まれ、後方から防衛蟻の突撃まで再開された。
絶え間ない攻撃にさらされ、前線の兵士たちはを削る思いだろう。だがこちらも粘るしかない。
「グレイブズ集中攻撃して一つずつ潰してください。各部隊長にも伝令。巨大、もしくは二本以上の柱が倒れてくるようなら、預けてある裂魔石の使用を許可します」
虎の子の裂魔石は、それぞれの隊長にいくつか預けてある。各個の判斷で使用を許可する。
戦場ではグレイブズたちが放った矢が蟻柱を打ち崩し、時にはこちらに倒れてきて何人かの兵士が下敷きになる。互いに損害が出るが、向こうの方が被害は大きい。蟻人の群れは徐々に數を減らしてきている。
「グランとラグンの部隊に伝令、前進して左右から押し込んでください」
両翼を任せているグランとラグンに前進を命令する。敵の中央は勢いが強いが、前しか見ない蟲の勢い。前面に集中するあまり両翼の圧力が弱い。これを機に両翼から押し込む。
私の命令にグランとラグンの両部隊が応じる。
一斉に槍を突き出して相手を怯ませ、後退させたところに盾の列を前進させた。
両翼からじわじわと戦線を押し上げる。
ゆっくりとだが、私たちの軍勢は蟻人を包囲し始めていた。
あとは後方からアルたちが襲い掛かれば勝てる。
戦場から目を離し、蟻人の本陣よりもさらに奧にそびえる崖を見た。ここからは見えないが、アルたちがあそこに移している最中のはずだった。
私の立てた作戦は、典型的な槌と金床戦だ。重裝歩兵が敵の攻撃をけ止め、アルたち騎馬部隊が後方から攻撃を仕掛ける迂回挾撃。
前しか見ていない魔の攻撃。後ろをとれれば勝ったも同然だが、迂回挾撃はとにかくタイミングが命だ。
軍記では將軍や名軍師が華麗に挾撃しているが、実際の功例となると數えるほどしかない。
敵も味方も互いにきあっているのだ、タイミングがずれれば數の騎馬の突撃はたやすくけ止められ、殲滅されてしまう。
早すぎても遅すぎてもだめ、難易度の高い大技だ。
難易度の高い戦を採用したのには、もちろん理由がある。蟻人を平原に引っ張り出して殲滅するためだ。
まとまった數の蟻人に巣に籠られては、討伐に手を焼かされる。必然損害も大きくなる。
何とか連中を引きずり出し、逃げかえられないよう後方を遮斷して殲滅しなければならない。
「耐えてください。守り抜けば、それで私たちの勝ちです」
後方から前線の兵を激勵する。迂回挾撃の肝は防にある。守りを固く敵を引き付ければ、それだけ好機が増える。
前線では兵士たちが防衛蟻の回転突撃を盾でけ止め、戦闘蟻の大あごを槍で防ぎ、兵隊蟻の群れを矢で貫く。前線の兵たちも必死に耐えている。彼らの戦を見ると、思わず私の手にも力がる。
「ロメリア、そろそろだ」
前のめりになる私を、先生が注意を促す。そうだった。前にばかり注意をしていられない。
こちらが相手の後ろをとろうとしているように、向こうも當然同じことを考えている。
「予備隊集結。方陣」
私は手元に殘した八十名の予備隊を集結させ、十名二列の壁を四方に配置し、正方形の陣形を作り本陣を護衛させる。
「ミアさん、癒し手の方々は私の側に」
戦闘力を持たない癒し手は、厳重に守らなければならない。ノーテ司祭が預けてくれた人たちを危険にさらすわけにはいかない。
護衛のミーチャがミアさんのすぐ橫に立つ。これなら安心だ。
視線をから外へとむける。どこだ、どこから來る?
前線に目を配りつつも周囲を見回すと、護衛として守っていたミーチャが鋭い聲を上げる。
「敵影発見」
ミーチャが指し示す先には、多數の蟻人が出現していた。
突然降ってわいたように現れたが、もちろん降ってきたのではなく登ってきたのだ。現れた蟻人の群れの背後には、地面に大きなが開き続々と蟻人が這い出てくる。
巣からここまでを掘り、本陣を攻撃してきたのだ。
「予想通りだな」
先生も興して拳を固める。
掘りが得意な蟻人が、正面からの攻撃にこだわるわけがない。必ずどこかでを掘り、後ろを突いてくることはわかっていた。
「ベン・ハンス隊突撃。敵を殲滅してください」
ざっと見て數は百程度。予備兵として手元に置いておいた二十人からなる部隊を敵の部隊に當てる。
二十人の兵士たちが進み、百の蟻人と激突する。
數の差は歴然だったが、二十人の兵士は蟻人を打ち破り、蹴散らしていく。
手元に殘した八十の予備兵はただの予備ではない。カシュー守備隊として最初から配屬され、ギリエ渓谷で竜の討伐にも加わった兵士たちだ。覚醒したロメ隊のベンとハンスに率いられ、兵隊蟻を枯れ枝のように砕し、戦闘蟻を両斷して敵陣を突破していく。
布を切り裂くように蟻人の群れを突破し、蟻が這い出てきたに到達。與えておいた裂魔石をの中に放り込み、抜けを封鎖する。
すべての処理には時間がかかるが、あそこはもう任せていいだろう。
「ロメリア様、新たに敵影です!」
しかし息をする暇はない。
蟻人が掘っていたは一つだけではない、さらに二つ三つとが作られ、蟻人が這いだしてくる。
「ボレル・ガット隊、グレン・ゼゼ隊、かかれ! 先生、予備隊の指揮をお願いします」
「わかった、お前は全の指揮に専念しろ」
側までは見ていられず、先生と分業する。すぐ近くに敵が出て怖いが、私が全を見ないと崩れかねない。
前線に目を戻せばいくつもの蟻柱が立ち、防衛線に倒れ掛かってきていた。
オットー達は裂魔石を使い処理しているが、追いつかない量だ。
前線に注意させつつ後ろを狙い、後ろを混させて前に圧力をかける。戦の基本だがいい揺さぶりだ。
前線では激戦が繰り広げられている。
オットーが防衛蟻の回転突撃をけ止め、その隙を狙って戦闘蟻がオットーの首を取ろうとするが、カイルの投げたナイフが頭部に突き刺さり阻止する。
グランとラグンの勇戦もすさまじい。二人は殺到する兵隊蟻を槍でかき分け路を開き前進する。指揮が最前線で進めば、兵士はついていくしかない。を張って前線を押し上げていく。
「ジン、四名率いてオットーの左に。タースは同じく四名。オットーの右です」
それぞれをオットー隊の援護に向かわせる。しかし數が足りない。
「ブライ、予備隊の五名を率いてグラン隊の左翼に。被害が大きく破れかねません。セイ、五名を率いてラグン隊の援護に」
予備隊だけでは足りず、本陣護衛のロメ隊をえて援軍に出す。
「ロメリア様」
ミーチャは守りが薄くなると聲を上げるが無視する。前線の維持の方が大事だ。
「ロメリア!」
周囲を見ていたヴェッリ先生が悲鳴のような聲を上げる。
新たにが開き、増援が出てくる。その數二百。先頭に立つのは戦闘蟻でも護衛蟻でもない。鎧を著込んだ近衛蟻三十。まだ戦力を隠し持っていた。
「ミーチャ、シュロー」
本陣護衛の二人に指示を出すと、二人ともうなずいで疾走していく。
「グレイブズ! 弓を捨てて後方援護!」
弓兵を指揮していたグレイブズにも、弓を捨てて増援を叩くように指示する。
あれ以降の増援はない。これが連中の全戦力。ここをしのぎ切れば勝つ。
「ロメリア様」
ミアさんが不安げな聲を上げて、そのを寄せてくる。
護衛もすべて出し、近くにいる兵士は旗持ちと二名の喇叭隊だけ。いつ敵が飛び込んできても不思議ではない。
私も用心のために剣を抜き、ヴェッリ先生も棒を手に構える。いざとなれば頼りになるのは自分だけだ。
「まずいな、ロメリア」
先生の言う通り前線はなんとか敵を支えているが、後方は混戦となりかけている。
主軸となる戦力が足りない。アルたちはまだかと思ったが、逸るなと自分に言い聞かせる。
突撃のタイミングは二人に任せるしかない。それに蟻人の本陣を見れば、まだ戦力を殘している。王蟻は鎧を著た近衛蟻に守られ、さらに予備兵力も十分。周辺に目が行き屆き、あれでは奇襲は功しない。
もっと連中を引き付け、あの戦力を引しなければならない。
私たちが持ちこたえ、最後の手勢を繰り出そうとしたときが好機だ。
「皆さん! あと一息です。もうしで……」
叱咤激勵の言葉を言おうとしたが、私の聲は音によって遮られた。
「なんだ?!」
ヴェッリ先生も悲鳴に近い聲を上げる。
前線で突如発が起き、オットーとその周辺の兵士が倒れていた。
「オットー!」
私のび聲が戦場に響いた。
ややこしくなってきたのでロメ隊二十人の人名簿
レイ アル オットー カイル グラン ラグン
ミーチャ ベン ブライ セイ グレン レット
シュロー メリル ゼゼ ハンス ジニ タース ボレル ガット
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