《ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~》第四十六話 蟻人掃討戦⑥
第四十六話
時はしさかのぼる。
ベリア高原をむ崖の上では、五十からなる騎兵が戦場を見守っていた。
兵士たちは馬の嘶きを止めようと、首筋をでてなだめていたが、落ち著くべきは馬ではなく兵士自だった。
戦端が切られてから即座に移を開始し、大きく迂回してこの位置についた。あとは敵の後方に突撃するばかりだが、未だ突撃の命令は下されない。
隊長のアルと、実質的に隊を取り仕切る副長のレイが瞑目したようにかないからだ。
二人がかないことに、部下である兵士たちも異議を唱えない。
戦機を見ているのである。
後方を取れはしたが、ここにいるのはわずか五十名。敵の本陣を突破するにはあまりにもなすぎる。絶好の機會に襲い掛からなければ、たやすく圧殺されてしまう。
切り札として戦の要を託された自分たちの失敗は、そのまま敗北を意味し、前線で戦う兵士たちの壊滅をも意味してしまう。
自分たちは軽率にいてはいけない。
それはわかってはいるが、戦場を一できるこの位置からは、前線があまりにもよく見えてしまう。
必死に戦う仲間たちのことを想うと、知らず知らずのうちに手綱を握る手に力がってしまう。
張と焦りは馬たちにも伝わり、訓練された軍馬も逸るというものだった。
戦場ではきがあり、前線の後方。本陣の周辺がにわかにあわただしくなった。後方にが掘られ、蟻人が出現したのだろう。
事前に予想されていたことだが、分かっていても気になってしまう。
後方には、実質的な総大將であるロメリア伯爵令嬢がいるのだ。あの人が討たれることを想像すると、どの兵士も気が気ではなかった。
ロメリア伯爵令嬢に対して、多くの兵士が思慕のを大なり小なり持っていた。
初めは誰もが嫌っていた。
貴族のが戦爭に口出ししてくるのである。
どうせ気まぐれの思い付き、あるいは何かを勘違いしていて、戦場に立つことに酔っているのだろう。
遊びに付き合わされるのはごめんだし、聖気取りのの、無謀な作戦に付き合わされるのはもっとごめんだったからだ。
だが実際に會って見れば、まっとうすぎるほどまっとうな指揮だった。
自ら前線に赴き、馬に乗り戦場を駆ける。兵士ですらつらい徒歩での行軍も、荷を持たない軽裝とはいえ、弱音を吐くことなく率先して先頭に立つ。負傷者が出れば、見舞いにも來てくれる。
だが何より兵士たちが慕う理由は、戦死者が出た葬儀の姿だ。指揮として涙は見せないが、最後まで墓碑の前に立ち、時には何時間もそうしている。
不満があるとすれば平時の時、訓練が鬼のように厳しく、兵の怠惰を許さないのが玉に瑕だが、文句をいう者はいなかった。墓碑の前に立つあの背中を見て、起しない者はいなかったからだ。
厳しさと慈を併せ持つロメリア伯爵令嬢の姿に、多くの兵士が慕っていた。
その本陣が襲撃されているのだから、平靜ではいられない。しかし隊長のアルと副長のレイがかないのだから、くことも、異を唱えることもできなかった。
兵士の誰もがロメリア伯爵令嬢を慕っていたが、その中でも別格と言えるのが最初期から付き従う二十人の兵士たち、通稱ロメ隊の面々だった。
今年集められた新兵ながら、強敵との戦いを繰り返して覚醒している。実力は部隊の誰もが認めるところで、最近ではカシューの外にも知られるようになってきた。
ロメリア伯爵令嬢の信頼も厚く、最も信用できる兵として常に戦力の中心を擔っている。
當然のように忠誠心は高く、命令があれば勇猛果敢に戦い、死をも厭わない。
隊長のアルは実力忠誠心共に高く、最も信頼されている部下と目されている。副長のレイに至っては思慕のを超えて、しているというのが兵士たちの間での共通の見解だった。
ロメリア伯爵令嬢の危機に、誰よりも駆け付けたいのは二人のはずである。その二人がかないのであるから、口を挾めるはずもなかった。
兵士たちが逸る心を抑えるのに苦労していると、戦場で突如発が起きた。
遠い戦場のため、屆いた発音と衝撃は小さかったが、兵士たちの間に走った衝撃は、すぐ目の前で起きたに等しかった。
「前線が崩壊しているぞ!」
「裂魔石か!」
「ハメイル王國め!」
これまで沈黙を守っていた兵士たちが、思わず聲をもらす。
指揮の二人を見ると、隊長のアルは目を見開き戦場を見つめ、副長のレイも手綱を握る手に力がこもっている。
アルが炎のような目で戦場を見つめ、槍を握る手に力がこもる。
ついに出撃かと、兵士たちも息をのんだが、止めたのは意外にもレイだった。
「まて、あれを見ろ」
レイが指さすのは本陣のある後方だった。
土竜攻めにより後方が襲撃され、さらに前線にが開き、敵がり込んでいる。
もはや敵味方を區別することも難しく、戦況は混沌の大鍋だ。鈴蘭の旗はまだ健在だが、いつ飲まれても不思議ではない。
もはや一刻の猶予もならない危機的な狀況だが、指さす副長の顔は、わずかにほほ笑んですらいた。
「素晴らしい!」
嘆の聲をらす副長に、兵士たちの間で怒りと不信が沸き起こったが、戦場を見下ろすとその怒りすら消し飛んだ。
混沌とする戦場の中、奇妙なきが起きた。
敵味方がりれていたが、わずかに鈴蘭の旗の下、兵士たちが集まり始めた。
混の中、兵士たちが組織立った行を見せた。旗のもとに集結し、あるいは孤立した味方を助け出す。
一か所に集まった兵士たちを押しつぶそうと、蟻人の群れが一気に押し寄せる。だが兵士たちは津波のような攻撃を耐えきり、勢いが弱まったとみるや同時に前進して蟻人をはねのけ、戦線を再構築して見せた。
「信じられない」
兵士の誰かが嘆の聲をらす。それは全員の聲の代弁でもあった。あそこまで戦に陥り、戦線を復活させるなど信じられなかった。しかも戦場では綺麗な防衛線が構築されている。
前線でもきがあった。
裂魔石によりが開き敵が殺到していたが、突如一人の兵士が復活したかと思うと、蟻人を枯れ枝のように薙ぎ払っていく。
「あれはオットー隊長か」
小柄で純樸、口數もなくおとなしい格だ。しかしロメ隊の中でも隨一の怪力を誇り、今は鬼のように敵を蹴散らしている。
大振りで隙も大きいが、その脇をカイル副長が支え、敵を寄せ付けない。
後方からも即座に援軍が送られ、空いたが完全に封鎖される。
前線が封鎖されたのを見て、後方の防衛線から、突撃部隊が飛び出す。後方を脅かす主力部隊を蹴散らすつもりだ。
「おい、あそこにいるのはロメリア様じゃないか?」
兵士の一人突撃部隊を指さす。遠目でほとんどわからないが、白い鎧姿が見えた気がした。
「またか、いくらなんでも危険すぎるぞ!」
ロメリア伯爵令嬢は前線に出たがる。兵士にとっては気が気でならず、今日もその悪癖が出たと嘆いたが、様子がし違った。
突撃部隊が出たと思ったが、連中は直進せず、右へ左へと転進し、戦場を縦橫に駆ける。
その速度は速い。敵陣を突っ切っているというのに、遅くなるどころか、早くなっているようにすら見えた。瞬く間に敵陣を食い破り、敵陣に殘っていた仲間と合流する。
相対するはおそらく敵の鋭だろうが、數人の兵士が突撃したかと思うと、一気に蹴散らしていく。
「すごい、やったぞ!」
後方の防衛線を再構築し、前線に空いたの封鎖にも功。さらに後方を脅かしていた敵主力を撃破し、これで蟻人の戦を全て潰した。
後方の戦を見て、兵士たちも手綱を握り締める。
策がつぶされたことに、蟻人は手元に溫存していた主力部隊を投するしかない。
予想通り、王蟻を守護していた近衛蟻の部隊が前進を開始する。好機だ。
今です!
その場にいた兵士の多くが、ロメリア伯爵令嬢の聲を聴いた気がした。
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