《ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~》第四十七話 蟻人掃討戦⑦
第四十七話
「お前たち、行くぞ!」
隊を率いるアルが、手綱を引いて槍を掲げる。馬が前足を上げて嘶き、坂道に向かって一直線に駆けていく。遅れることなく副長のレイも続いた。
坂道は崖と言っても差し支えないほどの急斜面。しかし臆することなく兵士たちも続く。
馬にを預けて崖を一気に下り降りると、そのまま敵陣の後方をついた。
敵本陣は後方に現れた別隊に気づいたが、防陣形に移行させる暇も與えない。風の様に馬を駆るアルとレイの二人が、敵本陣を守る護衛に食らいついた。
二人は重武裝の近衛蟻を紙のように切り裂き、王蟻が乗る輿に迫る。
「もらった!」
赤い飾り布で彩られた槍が王蟻の首を捕らえる。だが槍の穂先が首を貫く直前、巨大な槍斧が槍をはじき返した。
槍斧を振るうのは、輿に乗る王蟻本人だった。
王杓を捨て、座った狀態で槍斧を振るい、槍をけ止める。
「やろう!」
アルが槍を振るい、赤い流星のごときれ突きを放つ。だが王蟻は見事な槍斧捌きでけきり、をひるがえして跳躍、輿から飛び降りる。
「へぇ」
王蟻の姿を見てアルが笑った。のこなしもさることながら、輿に隠れて見えなかった全は巨大だった。
通常の近衛蟻は人間よりし大きい程度だが、ゆったりとした服に包まれた巨は二メートルを超え、天を突く威容だった。片手に持つ巨大な槍斧さえ小さく見える。
「王蟻って言うだけのことはあるな」
巨に似合わぬのこなしと槍斧捌きに、アルが好戦的な笑みを浮かべる。
「アル、遊んでいる時間はないぞ」
後方のレイが聲をかける。ぐずぐずしていれば本隊から離れた部隊が異変を察知し、戻ってくる。そうなればたった五十の騎兵など瞬く間に打ち取られてしまう。
「わかってるよ、お前はそっちを相手してろ」
アルが背後のレイに聲をかける。レイの前には二匹の近衛蟻が立ちはだかった。
この二匹もほかの蟻とは違う雰囲気をまとっていた。近衛蟻は鎧をに著けているが、せいぜい皮鎧や末な當てが主だ。しかしこの二匹は全を甲冑で覆い、兜さえかぶっていれば遠目には人間の騎士にも見える裝備だった。
だが何より違うのは、槍を持ち構えるそののこなしと、がヒリつくような殺気にあった。
「どこかの騎士から奪った武だな。こっちは親衛隊、そして次期王蟻候補と言ったところか」
レイも馬上で槍を構えて相対する。
アルと対峙する王蟻が、片手で無造作に槍斧を振るう。
小枝のように振るわれた槍斧は、周囲にいた兵隊蟻の數匹を巻き込み、砕し、両斷しながら迫る。
アルは両腕で槍を振るい、槍斧をけ止める。激突音が戦場に鳴り響き、槍斧をけたアルのが馬ごと後退する。
さらに王蟻は、小蟲でも払うように槍斧を振るう。
うなり聲をあげる槍斧は、周囲にいた兵隊蟻をも巻き込みながら大地をたたき割り、自ら乗っていた輿を砕する。アルは槍でけ、はじき返すも防戦一方となり手が出ない。
「アル!」
王蟻の怪力にレイが聲を発するも、助けに行くことはできなかった。
二條の刃が自に迫り、慌てて槍を繰り出しはじくも、さらなる連撃が繰り出され防戦一方となる。
レイの前では甲冑にを包んだ二匹の近衛蟻が、鏡寫しのようにき、槍を振るい連撃を放つ。その穂先がわずかにレイの頬をかすめる。
「レイくん、そっち手伝おうか?」
近衛蟻の鋭い槍さばきを見て、アルが軽口をたたく。
「そっちこそ、代わってほしいんじゃないのか?」
頬から一筋のをこぼしながら、レイが肩越しにアルを見る。
「ぬかしやがれ、やっと歯ごたえのある敵と、會えたと思ってたところだ」
アルが槍を構え、橫薙ぎの一閃を放つ。
王蟻が槍斧で軽く振り払おうとするが、大地さえも砕く槍斧がはじかれる。自の力に絶対の自信を持っていた王蟻が、顎をかし驚愕する。
王蟻がアルを見據え、足幅を広げて初めて両腕で槍斧を握り締める。
全の力を込めて放たれた槍斧は、唸り聲をあげてアルに迫るも、振るわれた槍斧は槍にはじき返された。
「どうした、それで全力か? 確かに力は強いが、オットーほどじゃないな、何より」
アルが馬をり、槍を繰り出す。王蟻が槍斧で迎撃するも、力は互角なのか、互いの武がはじかれる。
王蟻が再度槍斧を放とうとするも、それより早くアルの槍が繰り出され、けに回らざるを得ない。
「お前には速さが足りない」
アルの槍は繰り出されるたびに速度を増し、王蟻に反撃のいとまを與えない。
王蟻が必死でけ続けるも、アルの槍はさらに加速し速度を上げる。そしてついに槍斧の防を破り、服に包まれた王蟻のを突いた。
一方、二匹の近衛蟻と対峙していたレイを見ると、三本の槍が錯し、激しい火花を散らしていた。
レイは速度を上げて迫りくる槍を叩き落すも、近衛蟻たちは槍を差させてけ、左の蟻が槍を抑えつつ、右の蟻がレイめがけて槍を跳ね上げる。
レイが槍を引いて迫る刃をはじくが、はじかれた右の蟻人の槍が、レイの持つ槍をからめとるように回転し、その隙を狙って左の近衛蟻がを狙ってくる。
槍を返してへの一撃を防ぐも、さらに連撃が加えられ、防戦一方となる。
「やるな、どうやって覚えたのかは知らないが、ちゃんとした槍になっている」
近衛蟻の槍さばきに、レイが素直に心した。
ただ手に持った武を振り回しているだけではない。相手のきに合わせて抑え込もうとするきは、系だったものがあった。
魔に槍を教える者がいたはずもなく、見様見真似か、自分たちで工夫して考えたのだろう。
「連攜も悪くない。でもね、うちの雙子ほどじゃない」
右半に構えた槍をレイが繰り出す。二匹の蟻がからめとろうと槍を回転させるも、巻き込もうとする回転に合わせてレイの持つ槍が回転する。
右に回ったかと思えば左に回り、近衛蟻が右に回せば、合わせるように右に回し、相手の槍の上を取る。二匹が追いつこうと槍を回転させるも、レイはさらに槍の回転を速める。
その槍捌きは、もはや蟻人のきに合わせるどころか、先回りするように穂先がき、複雑な曲線を描く。
二匹の近衛蟻が槍に追いつこうとするも、互いの槍が邪魔をしてきが止まる。
一瞬の隙を見逃さず、レイは槍の間をり込むように突きを放ち、右の近衛蟻の左肘を突き刺す。
左の近衛蟻が槍を繰り出すも、レイの槍が回転し、刃の元に結わえられた飾り布が旋回、生きた蛇のように蟻人の槍に絡みつき槍を封じる。
レイはそのまま槍を差させ、飾り布をほどくと同時に槍を下にたたき落とし、反で自の槍を跳ね上げ蟻人の右脇を切り裂く。
肘と脇を貫かれた蟻人達は槍を落とし、痛みに耐えかねてか膝をつき大地に手を當てる。
レイの槍が蟻人の頭部めがけて繰り出された。
アルが放った赤の槍が王蟻のを捕らえ、レイの蒼き槍が近衛蟻に向けて放たれた。必殺の好機だったが、王蟻の怪力さえも上回ったアルの槍は甲高い音を立ててはじかれ、正確無比なレイの槍は大きく逸れ、絶好の機會を逃した。
「「なっ」」
二人が同時に驚愕の聲を上げる。
切り裂かれた王蟻の服の下からは、り輝く鎧が見えた。
王蟻が服を破り捨てると、金剛石のごとく輝く結晶が、まるで鎧のように黒い外皮の上を覆っていた。
一方レイが馬の足元に目を向けると、乾いた大地の一部だけが泥濘と化していた。
泥沼に馬が足を取られ、レイの妙な槍捌きをしたのだ。しかし周囲を見回しても、他に泥沼などはなく、先ほどまでこんなものはなかった。
王蟻が槍斧を掲げ、大顎を広げてぶ。
ガラスをこすり合わせたような聲が戦場に響いたかと思うと、を覆っていた金剛石の鎧が、まるで生きているように長し始める。
出していた王蟻の腕や頭部にまで広がり、指先に至るまで全を覆っていく。
地面に手を突く近衛蟻の二匹も、顎を広げて何事かをぶと、泥沼が渇いた大地の上でシミのように広がり、馬の足を飲み込み周囲を侵食していく。
馬が逃げようともがくも、足に絡みつき、なかなか出できない。
金剛石の鎧に突如出現した泥濘。異常な景だが、二人の頭には原因が思いうかんだ。
「魔法か」
アルが小さくつぶやいた。
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