《ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~》第五十四話 婚約者候補の婚約者

第五十四話

ミレトの街に著くと、歓迎の花びらが私たちを出迎えてくれた。

歓迎は花弁だけではなく、通りには屋臺が並び、旅の楽士や遊詩人が楽を奏でている。反対側には道化が派手な服裝で蕓を見せ、住民たちが笑い、子供が聲を上げて通りを駆け抜けていた。

辺境の街とは思えない、盛大なお祭りとなっていた。事前に聞いていたが思った以上に盛り上がっている。

が相手とは言え勝利は勝利であるし、これでカシューにはびこる魔はほぼ一掃できた。何より治安の安定はこれからの発展につながる。ミレトの街も好景気に沸いており、治安の良さを外に示すために、街の名士や商人たちがはりきったのだろう。

私は兵士たちに代で休みを取る様に言いつけ、自はヴェッリ先生や護衛の兵士とともに、セリュレに手配してもらった館に向った。その一行の中になぜかハーディーも一緒だが、まぁ気にしないでおこう。

「おかえりなさいませ、ロメリアお嬢様」

館に戻ると何人かの使用人と共に、クインズ先生が出迎えてくれた。

この使用人たちはクインズ先生が見繕ってくれた人で、まだ見習い期間中だが、いずれ私の侍従となり軍にも隨行してもらう予定だ。

「戦勝おめでとうございます」

「先生こそ、後方での仕事ご苦労様です」

ミレトの街に殘したクインズ先生には、食料や武の輸送など、こまごました仕事を全て押し付けてしまった。この祭りの催しも、半分は先生が聲をかけてくれたおかげと聞いている。

「お怪我はありませんか? 聞けば魔と斬りあったとか」

「いえ、大丈夫です。危ない所をヴェッリ先生に助けてもらいましたから」

戦場であったことを教えると、クインズ先生は目を丸めてヴェッリ先生を見た後、じろじろと頭の先からつま先まで見まわした。

「へぇ」

「なんだよ」

クインズ先生の視線に、ヴェッリ先生が口をとがらせる。

「別に、貴方のことです。ヘマをして怪我でもしたのかと思いまして」

「してねぇよ、死にかけたけど」

それは殘念とばかりに、クインズ先生は笑って見せる。

「とはいえ珍しく役に立ったようですね。し見直しましたよ。これからもお嬢様をしっかりとお守りするように」

クインズ先生はそんなことを言っていたが、私はもうヴェッリ先生に武を取らせるつもりはない。

「安心してくださいクインズ先生。もうあんなことはさせませんよ」

あの時は必要だったとはいえ、危険すぎる行為だった。特に先生や癒し手を危険にさらしたのは悪手だった。

あの時はあの妙な覚のおかげで何とかなったが、もしあれが無ければどうなっていたことか。

しかしあの現象、なぜあんなことが起きたのか今でもよくわからない。あれから同じことは起きていないし、どうやったら、起きるのかもわからない。

「ロメリアお嬢様。到著されたばかりでお疲れでしょうが、いくつか予定が詰まっています」

「わかっています」

戦場で采配を振るうのは、私の本來の仕事ではない。

私が最もやるべきことは、戦爭に勝てるように狀況を整えることだ。

兵士が十分に戦えるように武と食料を集め、武と食料をいきわたらせるために資金を調達し、資金を得るために商人や有力者とよろしくすることだ。

街に戻ってからこそが私の仕事だ。

まずは兵士たちをねぎらい、祭りを盛り上げなければいけない。夜には街の有力者たちを集めた宴がある。これに出席して商人や有力者たちと會合し、合間にヤルマーク商會のセリュレ氏と今後に向けての話し合いがある。他にも私にしか決済できない書類が山ほどある。

正直、今日は眠れるかどうか怪しいぐらいだ。

「実はお客様がお見えです」

「客? 商人の方でしたら、あとに回してもらえますか」

港が軌道に乗り始めて、このところこの手の面會が引きも切らない。饗宴の時にでも席を設けるので、それで満足してもらおう。

「いえ、それが、ミカラ男爵家の令嬢がお見えです」

聞かない名前だった。私はもちろんヴェッリ先生も知らない様子だった。しかし一人だけ、その名前に聞き覚えのあるものがいた。

「ミカラ男爵家ですか」

上ずった聲を出したのは、髭が立派なハーディーだった。いつもの落ち著いた顔をし、しっぽをつかまれた貓のような顔をしている。

「知っているのですか?」

「あっ、私の領地の隣の家です。いろいろと親しくしております」

「何か聞いていますか?」

「いえ、なにも」

ハーディーは言葉を濁した。何か知っている様子だが、問いただすにしても今は相手に會ったほうが早いだろう。

「會いましょう。クインズ先生。予定はし変更してもらえますか?」

「わかりました、今回の討伐の資料をまとめたいので、ヴェッリを借りてもよろしいですか?」

首肯して許可する。ヴェッリ先生はクインズ先生に連れられて執務室へと向かっていく。私たちはミカラ男爵令嬢と面談と行こう。

「貴方も同席されますか?」

ついてきたハーディーに問う。相手次第だが、ハーディーのことが関係しているかもしれない。

ハーディーはどうすることが正解かわからず、あいまいにうなずいた。

短い付き合いだが、戦場では自信をもって即斷即決してきた彼が、こういう顔があるとはし意外だった。

使用人に先導させ、護衛のアルとレイと共に応接室に向かう。

応接室にると、椅子に緑のドレスを著た妙齢のが座っていた。私がってきたのを見て立ち上がり、一禮する。

「ロメリア・フォン・グラハムです。ミカラ男爵家の方と聞きましたが?」

「初めましてロメリア様。ミカラ男爵家のソネアと申します」

ソネアさんはスカートの端をつまみ、亜麻の髪を下げる。

なかなか気品あるたたずまいと作法だ。しかしし古めかしい作法だった。おそらく躾に厳しい家なのだろう。だがドレスはそれほど良いものではない。家計は苦しいことがわかる。

値踏みしていると、禮を終えたソネアさんがまっすぐに私を見る。

「亡き父と病弱の母に代わり、名代としてロメリア様の戦勝祝いに參りました。國を跳梁跋扈する魔を討伐し、民を安んじるロメリア様の偉業、ただただ頭が下がるばかり。本來であれば我が家も兵を出し、轡を並べて戦うところですが、此度は陣立てが間に合わず、はせ參じることが葉わなかったことをお詫びします」

ソネアさんは再度深々と頭を下げる。

「つきましては、戦勝祝いを持參いたしましたので、おけ取りください」

目録が書かれた紙を差し出す。

「これはご丁寧にありがとうございます」

私は丁寧に禮を言った。

それほど裕福ではない男爵領から送られた品だ。大したものではないことはわかっている。

だが金額の大小にかかわらず、これは有難い話と言えた。

の私が軍を率いることに、眉をひそめる人は多い。それでも評価してくれるということは、これまで地道に魔を討伐してきたことが認められたわけだ。ほかにも賛同してくれる人が出てくるかもしれない。

これが本心であればもっと嬉しいのだけれど。

私は改めてソネアさんを見た。

ピンとびた姿勢に、凜々しい眉。表や仕草からも気丈なであることがわかる。

そして仕草からわかることはもう一つ。

ソネアさんは禮儀正しく接してくれているが、ハーディーとだけは目も合わさず、いないものとして扱っている。

一方、ハーディーは普段の落ち著きをどこに置いてきたのか、私の隣で百面相をしている。脂汗を流しながら、聲をかけようとして口を開きかけては閉じている。

から見てもわかるが、二人は顔見知りのはずで、ソネアさんが無視しているのは意図的な行為だ。ならば何となく二人の関係は見えてきた。

しばらく儀禮的な挨拶が続き、ソネアさんは今夜予定されている饗宴でまた會いましょうと言って帰っていった。

最後までハーディーとは目も合わさず、口もきかないままだった。

ソネアさんが出ていくのを見屆けると、ハーディーがあからさまな安堵の息を吐いた。

部屋の中にいた全員が、傍らにいた使用人ですらハーディーを白い目で見ていた。

私は大きなため息をついて嘆いた。

「ひどい旦那様ですこと、正式な婚約もまだだというのに、もう外に人を作っておられる」

「ちがっ、違うのですロメリア様」

ハーディーは顔をゆがめて否定するが、何が違うというのか。

「どのあたりが? どう見ても私を偵察に來たとしか思えないのですが?」

ソネアさんの態度から、二人の関係と今回の行は明らかだ。

自分の男を奪ったの顔を見に來た。それ以外どんな理由があるというのか。

「ロメリア様、この不埒者を斬りましょうか」

レイが腰の刃に手をかける。うん、怖いから待とう。

「話を聞いてから決めましょう。正直に話せば許してあげますよ。あの人と付き合いがあったのでしょう」

問うとハーディーは素直に折れた。

「……はい。その通りです。ミカラ領とわが領地は隣接しており、昔から爭いが絶えないのです。そこで両家の間を取り持つために、生まれる前から私たちの婚約が決まっていたのです」

なるほど、よくある話だ。

同じ國同士とはいえ、隣接する村は利害関係でよくもめる。

森の資源や川の利水。牧草地の使用などが問題となるし、豚や羊を盜んだなんて話はしょっちゅうだ。

個人の喧嘩で済めばよいが、時には戦爭さながらの爭いにまで発展することがあるので放置もできない。

爭いを鎮めるために、婚姻するのはよくある手だ。

「その事をお父様が知らず、私が貴方を盜ってしまったということですか」

「盜ったなど。そもそも婚約が決まっていたわけでは」

「お黙りなさい」

ぴしゃりと言い切る。

ハーディーの態度には、どこか煮え切らないものをじていたのだ。

要領のいい彼ならもうし手を打ってきそうなものを、これまで特に何もせず私の言うことにしたがっていた。何か考えがあるのかとし警戒していたが、何のことはないほかのと天秤にかけていたのだ。

「それで? どうするつもりですか?」

問うたがハーディーに答えはない。私との婚約は斷れるものではない。一族の將來にもかかわってくる。

一方でソネアさんとも、それなりに深い仲だったのだろう。

二人とも聡明な人間だ。いがみ合う両家。親が決めた婚約とはいえ、これで二つの家の爭いを止めることが出來るかもしれないと理解し、覚悟もあったはずだ。

そして互いの立場や使命を理解しているからこそ、共するものもあったのだろう。

昨日今日會ったばかりの私と、天秤にもかけられるはずもない。

「まぁ、構いません。彼もしばらくはここに留まるでしょうし、それまでしっかりと話をしておいてください」

私としてははじめから婚約する気などないのだし、これで斷る理由もできた。

しかししハーディーにはがっかりだ。もっといい男かと思っていたのに。

私の侮蔑の視線に気づいたのか、ハーディーは肩を落とした。

いつも想やブックマーク、誤字字の指摘などありがとうござい

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