今回は、鈴回です。

土日を挾んで學科の授業と実技実習が繰り返される日々が數日続いていた。そんなある日、兄妹と明日香ちゃんはとある事態に直面して困と苦悩のが濃い表を浮かべている。

「桜、これは由々しき事態だ」

「お兄様、まさかこのような急事態が起こるなんて、あまりに突然すぎます」

「恐れていたことがこうして現実になるとは…」

「桜ちゃん、お兄さん、私もこの突然の事態にどうすればいいのか考えがまとまりませんよ～」

兄妹と明日香ちゃんが、深刻そうに顔を突き合わせている。よほど突発的な事件が発生して、その対応策に頭を痛めているのだろうか？

「まずは予想される困難をどのように乗り切るかが大切だ。各自何かいい案はあるか？」

「お兄様、この際ですから腹を括りましょう。このまま玉砕覚悟で敵陣に突っ込んでいくしかないです」

「私も桜ちゃんの案に賛ですよ～。このままみんなで敵に突っ込んで、華々しく散りましょう」

「そこの三人は、バカなこと言っていないでさっさと勉強しろぉぉ。明日から期末試験だって口を酸っぱくして教えたでしょうがぁぁぁ」

特待生寮のリビングで教科書と參考書を並べているにも拘らず、試験対策をなんやかんや言いながらサボろうとする聡史、桜、明日香ちゃんの三人に対して、両手をわなわな震わせる鈴の怒りの咆哮がこだまする。

現在こうして四人で集まって試験勉強をしている最中。いくら特待生であっても學科の點數までは優遇してもらえない以上、最低限の點數をテストで取らなければならない。

聡史と桜はステータス上の知力が１００でカンストしている。これだけの知力があれば期末試験など軽いものと考えがちだが、二人は異世界に旅立っていた空白の２か月がある。その期間に授業で取り扱われた數式や歴史の年號、化學式等は習ってはいない。さすがに初めて目を通す教科書の容がポンポン頭にってくるほど、事は都合よくできてはいない。

ちなみに明日香ちゃんは、いつものサボり癖で試験勉強を何もしていないだけ。「真面目に勉強しろ」と、聲を大にして耳元でんでやりたい。

「三人ともいいかしら？　最低限全科目半分以上の點數を取らないと、追試が待っているのよ。追試なんかけていたら、肝心の実習の時間が大幅に削られるんですからね」

鈴の顔はまったく笑っていない。この場に般若が出現したかのような目が吊り上がった恐ろしい表を三人へ向けている。その迫力はレベル６００を超える桜でさえも震え上がらせるほどの、とんでもない破壊力をめている。こんなスパルタモードを発揮している生徒會副會長をむやみに敵に回すほど聡史たち三人は愚かではないよう。

「さて、なんだか急に勉強がしたくなってきたぞ。さあ、教科書に目を通すか」

「わ、私も勉強に対する意が湧いてきました。４６ページから再開しますわ」

「二人とも置いていかないでくださいよ～。え、えーと…　英単語を覚えないといけないですよね」

こんなじで鈴による地獄のスパルタ學習會は學科試験が終了するまで続けられていく。

當然限界まで追い込まれた三人は、全ての試験が終わった頃には口から白っぽい何かを吐き出して死のようにしばらくけなくなっていた。

學科試験最終科目を終えると、翌日からは実技試験が待っている。

聡史、桜の兄妹は実技に関しては余裕であるのは言うまでもないだろう。懸念があるとすれば、再び桜が試験會場を破壊しないかという點に盡きる。この辺に関しては聡史が事前に念に言い聞かせてあったおかげで今回は無事にクリアできそう。

ついでに明日香ちゃんであるが、いつの間にか〔槍レベル２〕のスキルを獲得しており、剣を手にする同クラスの男子生徒を押し込むほどに長していた。桜の厳しいと言うのも憚られる訓練の果を見事に発揮している。

すごいぞ、明日香ちゃん。ヤレばデキる子だ！

そして別の會場では、１年Ａクラスの魔法適を持つ生徒が張した面持ちで実技試験に臨んでいる。その數はクラスの約３分の２にあたる２６名に及ぶ。魔法スキルを持つ生徒が數人しか在籍しないＥクラスとは大違い。

「それではフィールドの奧にある的を目掛けて各自が得意な魔法を放ってください」

実技試験の容は聡史たちが験した編試験と同様。採點を擔當する教員の簡単な説明が終わると、名前を呼ばれた生徒から開始線に立つ。

この順番は學試験の順位の逆から行うと決められている。試結果２６番目の生徒からスタートして、主席の生徒が最後という順番となる。

生徒にとっては、前後の者との比較で學後に自らの能力がどの程度びたか、もしくはどれだけび悩んでいるかが一目瞭然。さらに績下位の數人は２學期に行われるクラス再編でＢクラスまたは下手をするとＣクラスへ転落する可能があるので、どの生徒もその目は必死を通り越している。

鈴は試次席なので、自分の順番がくるまでフィールドの開始線手前に置かれたパイプ椅子に腰掛けて靜かに待っている。その間に彼は自らのスキルを発揮して、同級生の魔法を解析中。

「席次５番、遠藤明」

「はい」

ひとりの生徒が開始線に立つと、魔法を打ち出す準備を始める。鈴の目からしても準備にモタつく印象をける。

「ファイアーボール」

バレーボール大の炎が的へ向かって飛翔して、一瞬大きな炎となって消え去る。スキルで彼の魔法を解析している鈴が、誰にも聞こえないような聲でそっと呟く。

「込められている魔力が多いだけで、式自には工夫はないようね」

要は鈴が初めて聡史に見せたファイアーボールの強化版であった。だが居並ぶ生徒たちの反応はまったく別のよう。

「凄いな、あれだけ大きく燃え上がるなんて、遠藤は相當練習を積んだな」

「あの威力なら、ゴブリンが燃え上がるんじゃないか？」

このような想がゴブリンしか相手にしていないＡクラスの生徒の限界であるらしい。鈴のようにオークジェネラルに向かって魔法を放った人間はこの場にはひとりもいない。

聡史からハイレベルの魔法を指導してもらっている鈴にとってなんとも足りない容とじるのは、無理からぬことであろう。

「席次４番、神崎カレン」

「はい」

名前を呼ばれた子は鈴にとってそれほど話をしたことがない生徒であった。むしろ彼は自らんでクラスの生徒と距離を置いている印象がある。そして彼は、その名前でもわかるように歐米系と日本人のハーフのような容貌。詳しいことは本人から何も聞いてないが、ブロンドの髪やエメラルドグリーンの瞳を見れば誰でもすぐにその外見で納得できる。

神崎カレンは開始線に立たずに試験擔當の教員に何やら話をしている。彼の話に頷いた教員は、Ａクラスの生徒全員に呼び掛ける。

「この中でに怪我を負っている生徒は手を挙げてくれ。切り傷や小さな痣でもいいぞ」

その呼びかけに応えるようにして三人の男子生徒が挙手をする。

「それでは今手を挙げた三人は椅子を持ったままこちらに來てくれ。それから怪我をしている個所を見せてもらいたい」

三人の生徒はカレンの前に一列にパイプ椅子を置いて、腕を捲ったりジャージの裾を捲り上げて患部を見せる。鈴からははっきりとは見えないが、全員がり傷程度の淺い怪我のようだ。

「それでは始めます」

カレンが患部に手をかざして魔力を込めると、純白のが照されていく。それは見ただけで心が癒されるかのような、らかくて、なおかつ優しいであった。

「わあ、本當に治ったぞ！」

これは、腕をカレンに差し出していた男子生徒が思わず上げた聲。初めて回復魔法を験して、その表は驚きに包まれている。対して鈴は…

「凄いわね…　私の解析レベルではとても追いつけなかったわ。回復魔法の使い手なんて、果たして日本に何人いるのかしら？」

そっと呟く鈴は、カレンの回復魔法に心の中で白旗を挙げている。自分が現在取り組んでいる無屬魔法や闇屬魔法の數十倍の量の魔法文字が整然と並んだ式に、さすがに彼をもってしても理解が追い付かなかった。

カレンが試験を終えると、次の生徒が名前を呼ばれる。

「席次３番、東十條（ひがしじゅうじょう）　雅（みやび）」

「はい」

彼は開始線に立つと、手にする紙の束から一枚を選び出す。一瞬神を集中すると、はっきりとした口調で呪（しゅ）を唱え出す。

「急急如律令　東十條流、炎」

先ほどの５番の生徒が放ったファイアーボールの３倍以上ある炎が飛び出していく。

バーン！

炎は的に命中して、小規模な発を引き起こした。粘土製の的には數か所ヒビがっている。外見同様の威力を雅が実演した炎は持っているよう。

この結果に雅は満足そうな表を浮かべている。

この様子に対して、鈴はといえば…

「そうなのね、漢字を用いて式を描くのもアリよね」

新たな発見を得ていた。聡史がる魔法は、その魔法式が異世界の文字で描かれている。この點が鈴の解析を困難にしている最大の障害だった。スキルのおかげで辛うじてその意味が理解可能だが、実際に頭の中で描く際には、謎の暗號を書き込んでいるような困難な覚がいまだに続いている。

それとは別に、たった今を実演した雅は、師を生業とする有力な家系に生まれており、いころから英才教育を施されたいわばサラブレッド。彼が実演したに様子を見學するＡクラスの生徒たちは騒然となる。

「ヤバいな、さすがは師の名門だ」

「発する式は近代魔法ではまだ誰も実現していないよな？」

「千年以上の歴史は伊達じゃないぞ」

生徒たちの口々からに対する絶賛とも呼べる評価が雅に集まるのは當然かと。それだけ彼はこの試験會場にインパクトを殘していた。わずか５年の歴史しかない近代魔法に対して、古來から脈々とその技をけ継いできたが、いまだに優位を保っている証明がなされたかのような反応といえる。

そして…

「次席、西川鈴」

「はい」

いよいよ鈴の順番がやってくる。表を変えずに開始線に立つと、一度だけ深呼吸して的を見つめる。

（よし、威力の調整も完璧）

魔法式を點検した鈴は、もう一度深呼吸をすると冷靜に式名を口にする。

「ファイアーボール」

発は日頃の練習通りに極めて迅速かつスムーズ。鮮やかなオレンジの炎は、他の生徒の魔法に比べると驚異的な速度で的に一直線に進んでいく。

ズガガガガーーン

著弾した鈴のファイアーボールは轟音を発して粘土を固めた的を文字通り砕している。この結果に後ろで見ている生徒たちは息を呑んで靜まり返る。

１分近い沈黙ののちに、誰かがようやく聲を上げた。

「あれがファイアーボールのはずがないだろうがぁぁ」

段違いの飛翔速度、的の中心に向かって真っ直ぐに飛ぶ正確、そして的を砕した発力、どれを取っても従來のファイアーボールとは全くの別。

ひとりが聲を上げると會場は騒然となる。それはもう雅のなどどこかに吹き飛んでいく勢いであった。當然ではあるが、採點をする教員も唖然としている。

魔法學院においてこれだけの威力を持ったファイアーボール、いや、実質的にはファイアーボンバーが実演されたのは２度目。ただし最初の１回は編試験時に聡史が放ったものなので、直接目撃した人間は三人だけ。しかも教員なので、むやみに生徒の能力を口外していない。

つまり公の場で鈴は、実質日本で初めて超級魔法に該當するファイアーボンバーを放った人間として誰からも認知されてしまった。

この実技試験が原因となってのちに鈴が大きな事件に巻き込まれるとは、今の時點で當の本人さえ気が付いていない。

そして最後に主席の浜川茂樹がホーリーアローを放って鈴以上の破壊力を見せつけたものの、『勇者なら、あのくらいは當然だろう』という、極めて薄い反応しか殘すことはなかった。