ダンジョンの異変に挑む聡史は……

聡史に退避を指示された桜たちは、２階層を一回りして數組の一般の冒険者に避難を勧告していく。冒険者たちは３階層の異常を耳にすると、すぐに出口に向かってこの階層を後にしていった。

２階層には人の姿がなくなったのを確認すると、桜たちは１階層へと向かう階段を昇っていく。先に上がった一般の冒険者が警告を発してくれたおかげで、階段付近には學院生たちの姿は見當たらない。最短で出口に向かうメイン通路から外れて、桜たちは脇道へとる。まだ異変を知らない生徒たちをダンジョンの外に退避させるためだ。

「どうやら、まだ相當の數のパーティーが殘っているようですね」

桜の気配察知スキルが、通路を歩く人間の足音を捉えているようだ。１年生だけでも４０組以上のパーティーが結されており、その半數を上回る３０組近くが、本日ダンジョンの１階層で活している。彼らを全て退避させるのはそれなりに骨の折れる作業であるが、萬一の事態に備えて殘らず外に追い出しておかないと、大事故に繋がりかねない。

足音が確認される方向に進んでいくと、反対方向からこちらに向かってくる人影が、仄明るい通路に浮かび上がってくる。男子２名と子３名で構されているパーティーのようだ。

「すぐに外に出てください！　３階層でゴブリンが異常発生しています！　このままダンジョンに留まっていると、ゴブリンの群れに飲み込まれる恐れがあります！」

「わ、わかりました！」

鈴のキッパリした警告に、そのパーティーは顔を変えて出口に向かっていく。１のゴブリンを倒すのがやっとという１年生にとっては、押し寄せてくるゴブリンの群れなど悪夢そのものであろう。

まして、注意を発するのが生徒會役員であるだけに、鈴の存在自が警告の信憑を擔保している。こうして桜たちは、順調に１年生をダンジョンの出口に向かわせていった。

「この付近には、あと一組しかいないようですね」

「それじゃあ、私たちもやっと外に出られますね！」

桜の気配察知の結果に、明日香ちゃんがほっとした聲を上げている。いつゴブリンが溢れ出てくるかもしれないダンジョンから、一刻も早く外に出たかったのが彼の本音であった。誰しもがそう考えるのは人だから、この場は桜も特に突っ込む様子はない。

いくつにも枝分かれしている通路を１階層の西側へと向かって歩いていくと、緩いカーブを描く道の先に、何者かが爭う音が聞こえてくる。

周囲を警戒しながら先に進むと、１年生らしきパーティーが１のゴブリンを相手にして剣を振るっている最中であった。５人のパーティーのうちで４人が互にゴブリンに剣を打ち下ろしているが、未だ致命傷を與えるには至っていない様子が窺える。

「全員こちらに退避してくれ！」

ようやくやや離れた場所で様子を見ていた男子生徒が口を開くと、全員がその指示に従ってゴブリンから距離をとる。

「ファイアーボール！」

その生徒に右手から強力な火の玉が飛び出して、ゴブリンの全が炎に包まれる。火に巻かれたままゴブリンは力盡き倒れて、ようやく決著がついた。

「さすがは勇者だな！　頼りになるぜ！」

そんな聲が聞こえてくる。

「誰だ？！」

だが勇者は、そんな仲間の聲に応えようともせずに、カーブした通路の先を見つめている。そこに立っているのは、桜たち４人であった。

「浜川君、すぐにダンジョンの外に出て！　３階層でゴブリンの異常発生が起きているわ！」

他のパーティーに警告を発した時と同様に、鈴が前に立って勇者パーティーに退避を促す。だが勇者は、せっかくの鈴の警告を撥ね付けた。

「急に何の嫌がらせだい？　せっかくパーティー全の調子が出てきたところなのに、ゴブリンの異常発生？　そんなの何の証拠もないじゃないか！」

「証拠とか、そんなことを論議している場合じゃないのよ！　３階層にゴブリンが溢れたら、大変な事になるんだから！」

聡史がいる限り、そんな事態にはならないと信じながらも、鈴は生徒會副會長の責任から、そのような警告を発しない訳にはいかなかった。

「下らない理由で、僕たちの活の邪魔をしないでもらえるか！　これから２階層に向かうんだからね」

「そんなの自殺行為だわ！　絶対にやめて！」

両手を広げて押し留めようとする鈴を意に介さずに、勇者は前に進もうとする。彼のパーティーメンバーも、その後ろについていこうとする様子からして、鈴の警告を信じていないのか、あるいは勇者の力を過信しているのか……

「鈴ちゃん！　無駄なことはよしましょう。冒険者は全てが自己責任、他人の警告に耳を貸すもの無視するのも自由です。あとから『こんなはずではなかった！』と後悔するのも、ひとつの勉強でしょう」

桜は、鈴の肩に手を置いて無駄だと止めている。勇気と蠻勇を取り違えているバカの面倒を見ている時間はないのだ。それほど聡史が居殘っている３階層の狀況が切迫していると、桜は判斷していた。

こうして桜たちは、勇者を放置したままで出口へと向かう。ダンジョン管理事務所に出向くと、３階層の狀況をありのままに報告する。

管理事務所は直ちにダンジョンの場を止して、事務所及び建周辺に待機している生徒や一般の冒険者を即時帰宅させると同時に、自衛隊に通報して厳戒態勢を取る。

その混に紛れて、桜は気配を消して誰にも咎められずに再びダンジョンへと引き返していく。鈴や明日香ちゃんだけが、後ろ姿すらわからなくなった桜を、黙って見送るのだった。

◇◇◇◇◇

上級生を階段と４階層に退避させた聡史は、通路を東の方向へ進んでいく。つい先日、桜が隠し通路を発見した方向だ。通路を進むにつれて、黒い靄のようにして湧き出てくるゴブリンの姿が益々増えてくる。

「ウインドカッター！」

いちいち剣で靄を消すのが面倒になった聡史は、再びスーパーセル級の竜巻の渦に匹敵する風魔法をを発して、通路を掃除してから先に進んでいく。だが、約１キロ程度進んだ先には……

その場所では、通路一面がゴブリンで埋め盡くされているのだった。満員電車のごとくに、ゴブリンが押し合いへし合いして、通路に集している。さらに後方にも次々とゴブリンが発生してくるので、聡史はこのままではゴブリンの群れに囲まれてきが取れなくなってしまう狀況であった。

「キリが無いな」

そう呟きながら、聡史は右手に魔力を集めると、今度は雷屬の初級魔法を発する。

「雷（ライトニングサンダー）」

ゴブリンで埋め盡くされた通路を、初級魔法とは名ばかりの數萬ボルトの高圧電流の束が駆け抜ける。電流は、ゴブリンを直撃するのではなくて、背が低い魔の頭上を敢えて狙って放たれていた。

おかげで通路全に高圧電流が帯電して、その場にいるゴブリンたちをひとまとめに電させていく。

バチバチバチバチ！

至る所で火花がスパークして、電したゴブリンがを直させる。聡史が続け様に雷を放つと、通路を埋め盡くしていたゴブリンは次々に床に倒れて、から白い煙を上げながら絶命していた。千を上回るゴブリンがたった數秒間で討伐されて、その死骸はダンジョンに吸収されていく。

「やっと通れるようになったか」

その後も、通路に湧き出ようとする靄をウインドカッターで砕しながら進んでいくと、ちょうど隠し通路が現れた場所に辿り著く。だがその場所は、先日桜が通路を発見した時とは、見た目が大きく様変わりしていた。

かつて、聡史が異世界でパーティーを組んでいた大賢者の仮説によると、ダンジョンにはその本とは別に隠れた空間や通路が存在しており、それらはダンジョン本と繋がれそうな場所を求めて、異空間を彷徨っている。そして、一度隠し通路や隠し部屋が現れてから消えた場所というのは、その後も別の異空間を彷徨う厄介なものを引き寄せやすくなる。とまあ、大雑把に説明するとこのようなものであった。

つまり、先日隠し通路を発見した場所自が、新たに異空間に在った別の存在を引き寄せてしまったようだ。

「妖花ラフレイアと似ているな」

聡史の呟き通り、そこに突然現れたかのような育館程度の広さのスペースには、ハイビスカスを巨大化した真っ赤な原の花を咲かせる、奇怪な花畑が広がっているのだった。

そして、聡史が口にした『妖花ラフレイア』とは、異世界に於いてはエルダートレントと並ぶ最悪の植として知られており、特Ａ級駆除対象に指定されているのだった。つまり、見つけ次第に引っこ抜けと、冒険者ギルドや政府が命令を出すほどの、厄介な植であった。

では、一見無害なこの植のどのような點が厄介なのか……　それは、この花が撒き散らす花に原因がある。ラフレイアの花は、宙を漂ううちに魔素を集めてしまうのだ。魔素を集めた花は次第に大きくなって、昆蟲やのに取り込まれていく。そして、その蟲や獣のでさらに魔素を集めて、最後には魔石に変化してそのを魔化してしまうのだ。

聡史たちが訪れた世界では、急に魔が増えた森には、必ずこのラフレイアが生えていると言われるくらい、生態系を破壊して魔を増やしてしまうとんでもない植であった。

ところで、ただでさえ厄介なこのラフレイアが、一面の花畑を形するほどこれだけ大量にダンジョンに湧き出てしまうと、一どのような作用をもたらすというのか？

それは、極めて濃度の濃い魔素を花が集めてしまって、それをコアにして直接魔が発生してしまうという、通常では考えられない作用を発現させる。そのせいで、この３階層だけ黒い靄から魔が形作られるという、有り得ない現象が発生しているのだ。

ラフレイアがこの場にある限り、花が撒き散らす花は無數にあり、ゴブリンが無限に湧き出すのは、ある意味で當然の現象なのだ。

「面倒だから、ひとまとめにして焼くか。ファイアーボール！」

聡史は、自らの眼前に広がる原の真っ赤な花畑に向かって、十數発のファイアーボールを放つ。ひとつの群生が全て地下で繋がっており、を広げながら繁するラフレイアだが、炎に弱いという欠點があった。１本のに炎が燃え移ると、を伝って他のに熱が広がってしまうのだ。

妖花が広がる花畑はたちまち猛火に包まれて、一面の火の海と化す。

だがラフレイアは、最後の足掻きでまだ炎が燃え移っていない花から大量の花を吐き出す。炎によって天井まで巻き上がった花は、互いに結合して大きな塊となっていく。いや、むしろ炎が介となって、塊を大きくしているかのようだ。

花畑がすっかり燃え落ちて炎は下火になった頃、宙に浮いている花の塊は人の顔よりも巨大化して、今度は周辺の魔素を集め出していく。ダンジョンの３階層にある魔素を全て取り込むかの如くに、大量の魔素が渦狀となって集まると、巨大な郭を形作っていく。

「ウガガガガガガァァァァァァ！」

付近の空気を揺るがすがごとき巨大な咆哮とともにこの場に実化したのは、巨人かと見紛うばかりのの丈が５メートルを超える、巨大なゴブリンであった。

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