兄妹の実家に向かうと……

本日は２話投稿します。続きは夕方を予定しています。

學生食堂で夕食を終えた五人は、外泊許可を取ってから大急ぎで荷をまとめて最寄駅から電車に乗っている。明日から二日間、秩父ダンジョンにアタックするためにパーティーメンバー全員が兄妹の実家に向かっている最中だった。

聡史と桜の実家は、東京と埼玉の境にある。すでに電車に揺られること一時間以上が経過している。

だが依然として、ただ一人鈴の中は未だに揺らいでいるのだった。

（あんなに大泣きして、本當に恥ずかしい……　聡史君に抱き著いて迷を掛けちゃったし、もしかしたら呆れられちゃったかもしれない）

あまりにも理のタガが外れていた自分の行を振り返って、ズーンと効果音が響くぐらいに落ち込んでいる。彼自、聡史が心配で心配で張り裂けそうであった気持であったところに、無事に戻ってきた彼の顔を見てが抑え切れなくなった結果、あのような突発的な行に出てしまった。人前で思わず聡史に抱き著いてしまって、嫌われたとまでは思っていないが、自らの中でけない気持ちが募っていく。

だがそんなとは裏腹に、電車に乗ってからずっと鈴の手は聡史と繋がれたままであった。時折聡史の顔をチラチラと見上げるが、彼はずっと車窓の景を眺めて特段の反応を見せずじまい。どうしていいのかわからない鈴は、不安を誤魔化すために繋いだ手をギュッと握るしかなかった。

午後９時前に、パーティーメンバーが乗り込んだ電車は目的の駅に到著する。

「それでは私は、自分の家に戻りますね！　明日の朝９時に、ここで待っています！」

明日香ちゃんの家も、同じ駅から歩いてほど近い場所にある。実家には娘を溺している父親と、小學校３年生の弟が首を長くして帰りを待っているので、今夜はこのまま自分の家に戻るのだ。

「それじゃあ、また明日！」

「はい、おやすみなさい！」

明日香ちゃんと別れた一行は、１０分ほど歩いて兄妹の家に到著する。ドアのチャイムを鳴らすと、玄関には二人の母親が出てくる。

「まあ！　鈴ちゃん！　本當に久しぶり！　すっかりお姉さんになったわね！」

「小母様、お久しぶりです」

聡史の母親、オバちゃんトーク全開である。家族ぐるみで付き合っていたお隣さんの娘が、こうして再び訪問したのを大喜びで迎えている。もう一人の娘が戻ってきたかのような歓迎ぶりだ。

「お母様！　こちらはカレンさんです！」

「はじめまして、神崎カレンです」

桜から紹介されたカレンを、母親は打って変わってボーっとした表で見っている。しばしの時間が経過して、ようやくハッとして我に返った。

「ごめんなさい。あんまりきれいな人だから、ビックリしちゃったわ！　さあさあ、玄関で立ち話も何でしょうから、中にって！」

こうしてリビングに通されて、ちょっとだけ晩酌していい気分になっている父親とも挨拶すると、荷を置いてすぐに桜から順に風呂にっていく。明朝それほどのんびりしていられないので、今夜は早めに休もうという話し合いの結果だった。

しばらくして、風呂を終えた鈴が聡史の部屋にってくる。髪を乾かしパジャマに著替えて、すっかり寢る態勢になって聡史を呼びにきていた。

「聡史君、お待たせしました。お風呂が空いたわよ」

「ああ、すぐにる」

聡史を呼びに來ただけかと思いきや、鈴はそのまま部屋にり込んで聡史のベッドに腰を下ろす。４年ぶりにった聡史の部屋は、鈴の目には全然変化がないように映っている。

「聡史君、お隣には新しい家が建ったのね」

「そうだなぁ……　鈴が引っ越した１年後ぐらいに、建ったような気がする」

鈴の表には、お互いに別々の時間を過ごした寂しさが宿る。窓の外には自分たちが住んでいた家ではなくて、會ったこともない他人の家があるという事実が、彼のに重たくのしかかっている。引っ越してからの４年間、別々に過ごした埋めがたい空白に対するやりようのない気持ちが、彼の中で錯綜する。

「鈴は、全然変わってないな」

「えっ？」

急に聡史が、昔を振り返るような表で鈴に語り掛けた。何のことかわからずに、鈴は戸った表を浮かべる。

「ほら！　子供の頃に、俺や桜が無茶をすると、いつも心配してベソをかいていただろう！」

「あっ！」

鈴の脳裏に、過去の様々な場面が思い浮かぶ。真っ赤な実を採るんだと言って高い木に登って降りられなくなった桜、いつも鈴と一緒にいるとからかわれて男の子たちと取っ組み合いを始める聡史、そんな二人の姿をハラハラしながら見つめる自分。

今振り返ってみると、確かに聡史が言う通りだった。

「鈴は、自分のことでは絶対に泣かないのに、俺たちを心配するときだけ大泣きしていたよな。だから今日、久しぶりに鈴の泣き顔を見たら昔を思い出したんだ」

「うん」

鈴の心の中に、溫かいものが流れ込んでくる。聡史がちゃんと覚えていてくれた……　それだけで嬉しかった。心が満たされるというのはこんな狀態なのかなと、頭の別の部分で考えている。

「なるべく鈴を泣かせないようにしたいとは思っているけど、これからも今日みたいな出來事があると思う」

「うん」

「でも俺は、鈴が待っている場所に戻ってくるから、心配するな！」

「うん……　聡史君、ありがとう」

鈴には、聡史の思いやりが伝わってきた。あれだけ人前で大泣きして迷を掛けても、聡史は全部わかってくれている……　それだけで、今までくよくよ悩んでいた自分ののが一気に晴れ上がるような気分になってくる。聡史が隣にいてくれる幸せを噛み締めたい！　聲には出せないが、そんな嬉しさで鈴のはいっぱいになった。

「それじゃあ、風呂に行ってくる」

「うん、いってらっしゃい！」

聡史が部屋を出ていった瞬間、鈴は思わず緩んでしまう表を抑えきれずに、聡史のベッドにゴロリと橫になる。子供の頃は、しょっちゅうこのベッドに聡史と一緒に寢ていた。ひょっとすると自分の部屋よりもここにいた時間が長かったような気がする。

「うーん！」

寢っ転がったままで息を思いっきり吸い込むと、かすかに聡史の殘り香が鼻腔をくすぐる。ここは、い頃の鈴にとって一番落ち著ける場所。そして、今でも……

（空白なんて、どこにもなかったんだ）

確かに會えない期間はあった。でも、二人は思い出を今でも共有している。そして、これからも……

そう考えるだけで、頬が火照ってくる覚が伝わる。

（今日は々あったなぁ……）

聡史の枕に顔を埋めて、鈴は目を閉じる。頭の中を今日一日の様々な出來事が駆け巡るが、それとは別に次第に鈴は微睡みに引き込まれていく。そのまま、いつの間にか聡史のベッドでグッスリと寢込んでしまった。

◇◇◇◇◇

風呂から上がった聡史が自分の部屋のドアを開くと、電気をつけっぱなしのままで自分のベッドに寢ている鈴の姿がある。

「あーあ、占領されてるよ」

後頭部を掻きながら、まいったなぁ！　という表を浮かべる聡史。仕方がないので、鈴にタオルケットを掛けてから、電気を消して部屋を出ていく。

そのままリビングのソファーに小さくなって、聡史は一晩明かすのだった。

◇◇◇◇◇

翌朝、パタパタ階段を下りてくる足音が響く。

「聡史君！　なんで起こしてくれなかったの！」

「うん？　ああ、鈴か……　気持ちよさそうに寢ていたから、起こすのが気の毒だった」

聡史がリビングのソファーからを起こして、まだ眠そうな表で答えている。そこに、ちょうど起きてきた桜とカレンが姿を現す。

「おや？　お兄様は、リビングで寢ていたのですか！　ということは、いつものようにベッドを鈴ちゃん占領されたんですね！」

「見ての通りだ」

いかにも當然というこのやり取りに、カレンは不思議そうな表を浮かべる。

「鈴さんは、聡史さんの部屋で寢たんですか？」

「ね、寢たかったわけじゃないんだからね！　気が付いたらグッスリ寢ていただけよ！」

「どおりでいくら待っていても、客間に戻ってこないわけですよね。私も待ちきれなくって、先に寢てしまいました」

カレンは呆れ顔で鈴を見ている。その橫では、聡史が大きくびをしてソファーから起き上がる。

「あー、なんだか狹い場所で寢たから、節々が痛むぞ！」

「聡史君！　ご、ごめんなさい」

平謝りの鈴、顔が真っ赤になっている。

「カレンさん！　鈴ちゃんがお兄様の部屋に寢るのは、別に不思議でも何でもありません！　子供の頃から自分の部屋よりもぐっすり眠れると言っては、毎晩のように泊まりに來ていたんですから！」

「桜ちゃん！　昔のことをバラさないで！」

鈴が焦った表でに人差し指を當ててシー！　というゼスチャーをしても、もう後の祭りであった。カレンが、ジトーっとした目を隠そうともせずに鈴に向ける。

こうして朝食を終えてから、準備を整えて一行は待ち合わせ場所の駅の改札へと向かう。すでに明日香ちゃんは到著しており、手を振ってメンバーを迎える。

「皆さん！　昨夜はグッスリ眠れましたか？　私は久しぶりの実家で、自分のベッドで睡しました！」

何も知らずに放たれた明日香ちゃんの言葉に、聡史、さくら、カレンの三人は、まじまじと鈴の顔を見つめるのだった。

４０話を夕方投稿します。もうしばらくお待ちください。