《ウイルター 英雄列伝 英雄の座と神代巫》3.始業日の朝 ③
シェアハウスの食卓の真ん中に、サラダやなど沢山の料理が並んでいる。シェア用のそれらとは別に、それぞれの席にはワンセットの食が置かれており、栄養バランスと個人の好みを考慮し、特別に作った逸品料理が盛りつけられている。全てのぞみが作ったものだ。
六人はそれぞれの席に著いている。ミナリはダッフルコートのように大きな留めの四つついた、白地に赤のマントを著ている。マントの下からは白のスコートが覗き、暖かそうなブーツを履いている。著替えはばっちり終わっていたが、眠気がまだ殘っているのか、ミナリは大きな欠して言った。
「う~~寒い。どうして始業式の日がこんなに寒いニャー?」
のぞみはスープ鍋を持ち、キッチンから出てくると、その鍋をテーブルの真ん中に置いて言った。
「ミナリちゃんはいつも短いスコートを著てるから寒いよね」
「むー仕方がない!うおうお~、タイツになれ~」
「うおうお~」というミナリの聲に呼応するように、周りに浮かんでいたる魚たちはの糸となった。糸はミナリの両足に纏い、魚紋様のタイツになっていく。自らの源(グラム)によって作られたタイツは、その者の質に最も合う。が直ぐに暖かくなり、ミナリはまるでコタツにったように、幸せな笑みを浮かべて言った。
「これで暖かくなるニャー」
席に著いているミュラは、両手を元に合わせ、穏やかに微笑みながら、なにやら呪文でも唱えるかのように歌っている。目の前の全ての料理が、ほぼ分子合の食材で作られたものであっても、彼にとってはかな食事だった。この唱え歌はミュラにとって、に対する敬意と、この食事を作るために必要な全ての者たちからけた恩恵に対しての謝であり、皆に幸せを與え、祝福するためのものだ。
ミュラはアトランス界の人類と、エルフに近いミーラティス人のハーフであった。彼は子供のころからミーラティス人の國で育ったため、人類よりもミーラティス人らしい価値観を持っている。食事や、多くの人が集まっている場面で、彼はよくこのような呪文を唱える。
イリアスは目の前の食の外見といい匂いに耐えられず、口から涎が出ている。両手にフォークとナイフを持ち、もう待てない!という顔をしているのを見てのぞみが言った。
「イリアスちゃん、お行儀が悪いですよ。ミュラさんはまだ呪文を唱えている最中です」
我慢出來ず、イリアスはいつものように文句を言った。
「まだ〜?私もうお腹ぺっこぺこ!」
歌が終わると、ミュラは両手を下ろして言った。
「はい、祝福の儀は終わりましたよ。さ、食べましょうか」
「皆さんどうぞ召しあがってくださいね。パンとご飯はおかわりもありますよ」
ガリスは自分の逸品料理、白魚のソテーを見て心している。
「神崎さん、これで適當に作った料理なんですか?本當にすごいなあ!」
のぞみは同じシェアハウスに住んでいる男子に対しても友好的に接する。
「いえいえ、実家でちょっと料理の修行をしたので、このくらいは普通です。遠慮なく食べてくださいね!オリエンス君」
「はい!いただきます!」
ガリスはフォークを手に取り、嬉しそうに食べ始めた。
「今日の俺の逸品料理はスープりの水餃子か?ん、いや、形がちょっと違うな」
「スープ小籠包ですよ」
茶碗にをゼリー質になるまでじっくり煮込んだ濃厚なスープが注がれている。その中に生姜と、まんのように大きい小籠包がっている。楊はガリスよりもさらに素直に喜びを表現した。
「めちゃくちゃ味いぜ!神崎さん、こんなに料理上手なんて。神崎さんと結婚できる男は幸せ者だなあ」
友だち同士、他ない話題として済ませることもできたが、縁結びに敏なのぞみにとっては聞き捨てならない臺詞だった。のぞみは苦笑いし、真面目な調子で楊に返事をする。
「楊君、褒めすぎですよ。料理を味しく作れるなんてたくさんいますよ。それに、料理ができなくても、心苗(コディセミット)の中には私より強いがごまんといるんです」
「いやー、俺は謙遜なが好きだぜ、神崎さん」
直的な楊は、場所や狀況を選ばず、自分の思ったことを、思ったときに、思ったとおりに口に出すところがある。朝の食卓で寮生、皆がいる前でものぞみに告白できるのは、そんな彼の格のためだった。
聖學園(セントフェラストアカデミー)には、さまざまな型の寮がある。それぞれの學院が所有する集合住宅式のものや、二人一室の寮、別制限のある男子寮や子寮もある。
ほかの心苗との流を多く行いたい者たちは、のぞみのいるようなシェアハウス式の寮を選ぶ。共同生活をし、同じ釜の飯を食うというのは、心苗にとって大きな刺激をけることになる。
心苗は一年生の時にりたい寮の要を書き、くじ引きで決定する。
このシャビンアスタルト寮はエリートルーラーを育てる、フミンモントル學院所屬の男混合のシェアハウスである。とはいえ、フミンモントル學院のエリア外に建っているため、のぞみは転校してもこの寮に住み続けられることになっていた。
聖學園では、ルールのないことについては、心苗自の自由意志を尊重する。それは、自分で選んだことの責任を自分で取らせるためである。心苗に自律を教えることも教育の一環であり、自律した心苗こそが優秀なウィルターに育つと考えられていた。
また、この學園では、信頼できるパートナーのことを『ホミ』と呼ぶ。それは、互いに深い信頼関係にあるペアのことを言い、校の組合授業を一緒にけたり、今後、任務をけるときにも行を共にする仲間である。同・異を問わず、二人が『ホミ』を結ぶことを決めたら、大衆の集まる場所で宣言することができる。狹義には、人同士という意味でもあった。
學校でのはじられていない。いわゆる『不純異友』であっても、雙方の合意の上であれば、処罰もない。男混合のシェアハウスがなからず人気を博しているのには、そういう事もあった。
生まれてこの方、のぞみは父と祖父しか、男というものを知らない。地球(アース)界で通った中學校も子校だったため、彼は家族以外の男という生きものを、もっと知りたかった。だからこそ、許嫁の相手がいるにも関わらず、男混合のシェアハウス式の寮を選んだのだ。
のぞみは最近、どうやら楊が自分のことを好きらしいということに気がついていた。だが、生まれる前にすでに、許嫁は決まっている。だから、告白をされたときはいつも似たような返事をしてはぐらかした。
「あははっ、楊君はもう王級聖霊と契約してるんですよね。神霊(ドルソート)系士(ルーラー)としての才能に恵まれた楊君には、私なんかよりももっと良い子が見つかると思いますよ」
楊はのぞみの返事を聞いてもショックをけた様子ではなかったが、し憂鬱そうな表になって言った。
「別に俺の才能なんかじゃないぜ。子供の頃にはもう定められたこと、筋が契約した式神みたいなもんだ。授業で他の神霊系の心苗がどの聖霊と契約するかワクワクしてるのを見てるだけ。俺はそのワクワクを奪われたんだ。自由に聖霊と契約できる奴のことが羨ましいぜ」
楊の出は神崎家と同じように、遠い昔から神と契約し、神に代わって世の安泰を守るよう、『神祇代言者』の先祖代々が定めた使命をけた筋である。のぞみは、筋で生き方を左右されたことについては楊の気持ちを多理解できるが、まだ聖霊と契約したことがなかった。楊がすでに王級聖霊と契約しているということは素直に羨ましいと思っていたが、楊の気持ちを汲み、優しい口調で言った。
「その気持ち、分かる気がします。でも、そんなふうに言ったら、敖潤様がかわいそうですよ。子供の頃からずっと、楊君を守ってくれている神様なんですから」
「でもよ。みんなで戦ってて相棒を作るってときに、俺はいくつになっても保母さんとしかペアになれないみたいな覚なんだぜ?」
のぞみは自然と楊の気持ちに共していた。
「そうなんですね。確かに、ちょっと恥ずかしいですよね」
そう言ったのぞみの明な笑顔に、楊は癒され、ほんのりと顔が赤く染まっていく。
(ったく、神崎さんはなんで俺の気持ちに気づいてくれねぇんだ。まあ、そこが可いんだけどよ)
「ヨウ君」
ミュラに聲をかけられ、先刻、ロロタスに毆られたことを思い出す。楊はビビり、慌てて返事をした。
「はい!ミュラさん、なんでしょう?!」
食事中は怒らないようにと決めているミュラは、涼しげな笑みを見せて言った。
「ヨウ君がお話ばかりしていると、のぞみちゃんはお食事できないでしょう?」
楊は直ぐに合掌して言った。
「おぉ、悪かったな神崎さん!それじゃ、いただきます!」
數十分間後。
食卓の上に並んでいた皿は、綺麗に食べ切られ、空になっていた。
朝から暴飲暴食したイリアスは、膨らんだお腹を支えるようにしている。
「ああ、味しかった!」
ミナリは真正面に座っているイリアスに向かって言う。
「イリアスちゃん、食べ過ぎだニャ」
イリアスは鼻息を荒くして言い返す。
「朝食はこれくらい、いいの!始業式の日は力訓練の授業だってないんだから!」
黙々と料理を堪能していたガリスは、のぞみの料理スキルに心から服している様子で言った。
「それにしても神崎さん、本當にすごいです。毎回違うものを作ってくれるから、また次の料理が楽しみになるし、期待させられます。僕なんて実家の味の、洋食風のものしか作れないから、飽きられないような工夫ってすごいと思います」
「オリエンス君、男の子なら料理ができるってだけでもすごいと思いますよ」
それぞれの好みを考慮して作った料理には、のぞみの優しい気持ちが込められている。寮生たちは皆、今日一日、元気いっぱいで過ごすことができそうだという思いで満たされていた。
楊は爪楊枝を使って歯を掃除しながら言う。
「でも、神崎さんが當番だと、いつも満足だぜ」
皆の満足そうな様子を見て、のぞみは嬉しくなった。
「皆さん、お末様でした!」
のぞみが食を片付けようとすると、ミナリも手伝い始める。その様子を見てミュラが聲をかけた。
「のぞみちゃん、片付けまでしなくていいのよ」
「でも、家事をすることは、私にとっては當たり前なので……」
「それはのぞみちゃんの悪い癖よ。子が食事當番なら、男子が片付け。そう決まっているでしょう?」
「そうですけど……」
立ち止まっているのぞみの橫から、ガリスが食を片付け始め、らかい笑みを浮かべて言った。
「いいんですよ。神崎さん、皆で決めたことです。食の片付けは僕たちに任せてください」
荒い仕草で片付けを始めた楊は、手早く皿と茶碗を重ね、トレーに置きながら言った。
「何ぼーっとしてんだよ。これくらい俺たちでさっさと終わらせるから。神崎さんは學院手続きがあるだろ?」
男にたくさん家事をさせるのは良くないことだと、親に教えられた。
のぞみが作る料理は、男子の準備したシンプルな食事とは比べものにならないほど、片付ける食が多い。事があり、朝食を作れないときには寮の食堂のビュッフェもあるので、そういったことも考慮すると、男子の片付けの方が多いのではないかとのぞみは思っていた。シェアハウスに住んでいる以上、お互いに助け合う仲間関係なのだから、しくらい頼っても良いと思ってはいるが、親からの教えは深く心にざしており、のぞみはし申し訳ない気持ちになって、困ったような笑みを浮かべて言った。
「楊君、オリエンス君。じゃあ、あとは頼みますね……」
「のぞみちゃん、一緒にお出かけしにゃい?」
ミナリがのぞみに聲をかけると、イリアスも混ざる。
「そうよ、浮遊船でもハイニオスに行けるでしょ?」
今まではよく三人一緒に登校していたが、のぞみは斷った。
「ごめん、ミナリちゃん、イリアスちゃん。私、今日から歩きで登校しようと思ってるんです。もっと、力をつけないと、鍛錬についていけそうにないから……」
イリアスは目線をそらし、し寂しい表で言った。
「そっか、ハイニオスは逆方向だし、仕方ないね」
ミナリは目に涙をウルウルさせ、のぞみを見つめている。
「のぞみニャン……」
抱きついてきたミナリの頭を、のぞみは子供にするようによしよしと手ででながら言う。
「ミナリちゃん、大丈夫ですよ。學院が変わったからって、住む場所は変わりません。帰ったらまたお話ししましょうね」
ミナリを引き剝がすと、のぞみは部屋に戻り、自分のマスタープロテタスと鞄を持った。
「では、ミュラさん、私は先に出かけます。行ってきますね」
前庭のゲートへ出ると、のぞみは転送裝置にる。踏み臺に転送陣の紋様がり、そのに包まれたのぞみは、あまりの眩しさに目を閉じた。
次に目を開けると、彼はシャビンアスタルト寮中央棟の転送ゲートホールの間に立っていた。天井がドーム型になったホールに、10臺の転送裝置が狀に設置されている。
のぞみは転送ゲートホールから出ると、同級生・上級生問わず、挨拶する。そして、寮の玄関り口で掃除しているお爺さんに聲をかけた。
「ホプキンス寮長先生、おはようございます!」
マコス・ホプキンス。痩せた軀に銀髪、鼻の下に髭のある彼は、アトランス界の人間種族であり、北國の出である。元はフミンモントルの教諭をしていたが、15年前からずっと、この寮の寮長を務めている。
「オホーホホ、Ms.カンザキ、おはよう。いつもよりずいぶん早いお出かけじゃな」
地味な外見だが慈に満ちた雰囲気のある60才のお爺さん先生を見ていると、寮に住む心苗の生活や門限や秩序などを厳しく管理する寮長先生とは誰も思わない。
のぞみは微笑んで返事する。
「ええ、歩きで登校するんです」
快活なのぞみの言葉を聞くと、ホプキンスは右目をやや開け、にやりと口を歪ませて助言した。
「ホホ、元気でよろしいことじゃが、今日は思わぬトラブルが起こるそうじゃ。相手の挑発に付き合わないようにすると安泰じゃよ」
「そうなんですか。ご助言を賜りまして、ありがとうございます、ホプキンス寮長先生。では、行ってきます!」
のぞみは玄関から出る。機元(ピュラト)センサーにれると扉の鍵が解錠され、自扉が開いた。
つづく
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