《ウイルター 英雄列伝 英雄の座と神代巫》13.不破とハヴィテュティ
紫と黃の混ざったアフロ系ウルフの髪型が最初に目にって、のぞみはすぐに、さきほど自分に質問をしてきたクラスメイトだとわかった。
「あなたは、不破さん?」
修二は大仰な態度でのぞみの隣の席に腰かけ、にっこりと笑みをたたえる。
「うん、俺様は不破修二。お前すげぇな!あのトヨトヨ猿から一勝をもぎ取るって、並の心苗には無理な話だぜ?」
「まぐれですよ、先生がわざと譲ってくださったんでしょう」
「ありえねぇって。あいつはステージに上がると相手でも本気で潰しにかかるんだから!」
「このクラスで先生に勝った心苗は不破君しかいないっていうのは本當ですか?」
「本當だぜ。あの一回は忘れられねぇなぁ……。いやぁ、ほんっとあいつのきって妙でさ、リズムがパターン化されないから、見切れねぇのさ」
「でも、どんなに速い剣でも、一度止めたら反撃のチャンスがあるはずですよね?」
「そう思ってお前みたいに盾で刺撃を躱そうとする奴もけっこういるんだけどさ。反撃しようとすると躱されるし、追撃はカウンター攻撃されちまう」
のぞみは関心ありげに頷く。修二は義毅とのぞみの戦いを思い出すように続けた。
「お前がさっき使った技は、片手剣使いの防技とちがって、変形の盾が相手の攻撃を止めて、そのうえで逃げないように捕らえるんだな。だから、一瞬トヨトヨ猿に隙ができて、刺撃のチャンスを摑んだ。見事だったよ。どこの流派か知らないけど、あれ、本當は二刀流なんだろ?」
「たった一度の試合でどうしてそこまでわかるんですか?」
「俺様は刀剣鍛冶師の息子だからな。小さい頃からずっと剣にれてきた。10才でフェイトアンファルス連邦に出て、あちこちで武者修行もしたなぁ。魔獣や賊を何度も退治して……。ま、そんな修行をしてれば、それくらいはわかるもんなのさ」
「そうでしたか。お名前を伺って、てっきり地球(アース)界の日本人かと思っていました。不破さんはアトランス界の出なんですね」
「俺の3代前の祖先がたしか、地球界のヒイズルと呼ばれる所からアトランスに移民したみたいだな」
「不破さんはどちらの國の出ですか?」
「俺はホトムルス出だ」
「それは、ティマイオルスに近い國ですか?」
「ティマイオルスよりもっと南の山國だな。そんなことより、お前、士なんだろ?武が作れるんだよな?」
「アイテム作りの基礎スキルなら、前期の授業でし學びましたが……。なぜそんなこと聞くんですか?」
「寶も作れるのか?」
「えぇっ?一年生の知識と経験値では、そんな高級高度なアイテム作れませんよ……?」
「神崎、俺のために作ってくれよ?」
修二はのぞみの肩に手を置いて、真剣な目をして顔を近付ける。のぞみは修二の言にびっくりして、慌てて両手を振る。
「えっ?!!そんなこと無理ですよ」
「なんで?作ってみないとわからないじゃん?」
「そんなこと、急に言われても……。私、今まで自分のために武を作るばっかりで、誰かのためにアイテムを作るなんて経験がありません。それに、不破さんは刀剣鍛冶師の出で、剣の実戦経験も厚い実力者なんでしょう?まだまだ未な私なんかが作った、不破さんに申し訳ないです」
人のために武を作ったことのないのぞみは、依頼に応えられるようなが作れないのにけるのは失禮だと思い、必死に斷った。
「不破君、言い過ぎですよ。カンザキさんが困っているでしょう?」
のぞみに助け船を出すような癒しの聲が、花の香りを伴って二人に近付く。修二はようやくのぞみの肩から手を離した。
「なんだ、ハヴィか」
白に近い金のロングヘアが艶々と照り、その髪の間から鋭く長い耳が見えている。サファイアのように麗らかな瞳、ネコの眉のような黃い覚をばし、額には部族の巫(かんなぎ)であることを示す青い紋様が描かれている。のぞみはほわりと芳しいそのに目を奪われる。
「あなたは?」
ティフニーが名乗る前に、修二が代わりに紹介した。
「彼は、ティフニー・リーレイズ・ハヴィテュティー。クラス委員長だぜ」
ティフニーはらかい微笑みを浮かべ、のぞみに向かって言う。
「カンザキさん。2年A組にようこそ!まだいろいろとわからないことがあると思うので、遠慮なく聞いてくださいね」
ティフニーの姿を見て、のぞみはミュラのことを思い出す。二人は同じように鋭い耳をしているが、ミュラの方が人間の耳に近いようだ。ティフニーの耳は左右に大きくびており、よく見ると、羽が退化したことを象徴する羽の皮が見られた。
「ハヴィテュティーさんは、ミーラティス人のハーフですか?」
のぞみはつい、思ったまま尋ねる。
今度も修二が答えた。
「いや、ハヴィは正真正銘のミーラティス人さ。しかもあの、リーレイズ部族の巫なんだぜ」
ミーラティス人の中には、影響力の強い十二の部族がある。ティフニーは、そのうちの一つである、『風の里(リレイズム)』を拠點とするリーレイズ部族の神の娘だった。彼は、ハイニオス學院に換學生としてアトランス人のもとへ留學に來ている。
総合績評価はクラス三位、実力と人格を備え、クラスメイトからも一目置かれる學級委員長だ。
「ミーラティス人の巫ってことは、高名な方なんですね?」
ミーラティス人は意思の同調や、記憶の共有をする種族だ。それぞれの部族に王は3名存在する。ミーラティス人の世界で巫は、世界の繁栄を祈り、過去の記憶や記録から未來を予知し、王たちに最善の國策を提案する。そして、ミーラティス人だけでなく、世界全を最善へと導く神としての役目を擔っている。実際、ミーラティス人にとって、巫は王よりも重要な存在として考えられていた。
「わたくしはまだ見習いですから。カンザキさん、さっきのこと、気になさらないでね。フハ君はただ、聖剣寶を求めるのに夢中なんです」
「そうなんですか」
のぞみは苦笑いして言った。
ティフニーは修二に向き直り、雅やかな口調で諭す。
「フハ君が今使っているその剣、ベルコート商店街で一番の刀剣鍛冶師に頼んだ素晴らしい代ではないですか。それでも満足できませんか?」
ティフニーの言葉を聞いて、修二は自分の腰に著けている剣を抜き出す。その剣は、柄に近い方は片刃となっているが、切っ先から40センチほどは両刃になった風変わりな剣をしている。修二は自分の剣を見ると、不満げに愚癡をこぼす。
「さも斬れ味も良いんだけど、なんか足りないんだよなぁ。前に一回だけ使った寶がすごかったんだよ。魔導士(マギア)の展開したですら破れるんだ」
「ふ、不破(ふは)さん、私そんなすごいもの作れませんよ!」
「え?でもお前、士(ルーラー)なんだろ?士ならなんでも作れるんじゃないのか?」
「不破君、自分で質問しておいて、カンザキさんの答えを聞いてなかったんですか?カンザキさんは神霊(ドルソート)系士ですから、アイテム作りは専門ではありませんよ」
修二は照れたように自分の頭をりながら、のぞみに向かって言った。
「アハハ、なんだ、俺様の勘違いだったみたいだな。すまんな、神崎」
考えるよりも先にがいてしまう修二は、失敗することも多い。ミスに気付いたらすぐに認めることと、照れ隠しのような笑顔で誤魔化すのは修二の十八番だった。
なんとなく固くなった空気を和らげるようにのぞみは答える。
「いえいえ。士は屬分けしても、修行した分野やスキルの違いもあるので、よく勘違いされてしまうんです。あまり気にしないでください」
にこやかに二人の會話を聞いていたティフニーが、のぞみに向かって言う。
「そうそう、カンザキさん。トヨトミ先生がお話しになったかわかりませんが、ハイニオスでは授業が始まる前や午後の四時間目に、門派(もんぱ)の稽古時間があるんです。カンザキさんはどの門派にりたいかお決まりですか?」
「門派?」
のぞみの反応を見て、修二が問いかける。
「神崎、わざわざハイニオスに転したってのに、門派を知らないのか?」
「転説明書は読んだんですが、よくわからなくて……」
困っている様子ののぞみに、ティフニーは一から説明を始める。
「カンザキさん、私たち闘士(ウォーリア)にとって、各カレッジでの実技項目授業は大事かもしれませんが、それはあくまで基礎の拳法や剣法、戦闘方法やさまざまな戦闘狀況への対応訓練にすぎません」
ティフニーは流麗な仕草で説明を続ける。
「さらに上級のスキルや法奧義のようなものは、門派で研鑽していくことになるんです。だから、門派を決めなければ、その稽古時間が空白になってしまいますよ」
「そうなんですか」
修二もティフニーの説明に付け加えるように話す。
「ほら、さっきまでのホームルームのとき、クラスの四分の一くらいはいなかっただろ?そのうちの一部は、所屬門派の朝練が長引いたからだぜ」
のぞみは、ホームルームが終わった今になって教室にってくる心苗(コディセミット)が多い理由に合點がいった。
「なるほど、やけに空席が多いと思いました」
ティフニーは説明を続ける。
「二年生の一學期は、まだ共通項目が多いんですが、二學期からは専修項目に分かれていきます。これは、得意な武や戦闘に専念するためですね。この専修項目においても、門派にっていれば、師範からさまざまなアドバイスをけられます」
のぞみは、こういう話こそ擔任がするべきだったのでは?と疑念を抱きながらも、ティフニーの説明を聞いて頭を悩ませる。
「門派によって磨く技や修行方法が違うということですね?士(ルーラー)としての素質を多く持つ私でもけられる門派はあるんでしょうか?」
のぞみは決して、転説明書に書いてある門派についての項目を読み飛ばしたわけではなかった。しかし、ハイニオス學院には大小200の門派があり、読み進めるのに苦労してしまい、理解できなかったのだ。
門派の中では、地球(アース)界から伝來した武恒武連盟の流派が人気を博している。他にも、一年生が50人を超えるような門條件の緩い門派もあれば、毎年門試験を行い、一學年の定員が3名のみという狹き門の門派もある。
門派それぞれの特徴や修行できる技を調べ、自分に最も合う門派を探すのは骨が折れる作業だろう。
不安げなのぞみの言葉を聞き、修二は得意げに持論を展開させる。
「ハヴィ、門派にるのは絶対じゃないだろう?我流で修業してる人だって、この學院には相當數いるじゃないか。下手に門規の厳しいところにっちまったら、他の門派の技を修行することすら止されちまう。ルールに縛られてたら、俺様みたいな多蕓闘士にはなれないだろ?」
「不破(ふは)さんは門派にってないんですか?」
「士に騎士(レッダーフラッハ)、魔導士(マギア)。みんなそれぞれ、闘士からすると考えもつかないような技に長けてる。未知の相手と戦うときって、たった一つの門派の技じゃ、通用しないことがあると思うんだ。だから俺は、門派とは関係なしに、一つでも多くの剣法・剣を習得してきたのさ」
「フハくんは経験を積んだうえでハイニオスに學してきたから、門派に弟子りしなくても自分で修行できるのよ。でも、カンザキさんは闘士としては初學者だもの」
「それもそうか……」
修二は能天気そうに相槌を打った。
「カンザキさん、闘士として學ぶこと、ハイニオスの環境に早く慣れるためにも、門派を決めるといいんじゃないかしら。門派にれば師範だけでなく、先輩たちからも闘士としての基礎を教わることができるはずですよ。そうすれば、クラスのペースにも付いてこられるようになると思うわ」
「ハヴィテュティーさん、ありがとうございます。心に留めておきます。でも、本當ならこういうことは、臣先生が伝えるべきですよね」
「お構いなく。トヨトミ先生は々と忙しい方ですから、クラスの細かいことは私が代わりに務めさせていただいてるんです」
「そうでしたか。それは頼もしいですね」
臣先生よりもハヴィテュティーさんの方が相談しやすいかも。のぞみはティフニーと話すだけで、転の不安が払拭され、心が癒やされたようにじた。
のぞみたちが話していたとき、その様子を遠目に見ていたクリアたちは、不愉快そうに言い合っていた。
「何よあれ、ちょっと可いからって修二がなびくと思ってんのかな、あのキツネ」
蛍(ほたる)は、ティフニーのことは気にならなかったが、のぞみが修二と楽しげに話しているのは許せなかった。バトルの邪魔をしたのみならず、修二の心を奪うようなマネをするのぞみに、蛍は嫉妬の炎で自分自が燃え盡きてしまいそうだった。機の上で組んだ手に頭を乗せて、三人のやりとりを注視しながら、が震えるような怒りに満たされていく。
「キツネ?ちがうわ、あのは魔よ!どこまで邪魔すれば気が済むのよ!」
「おはよう!」
エジプト系の彫りの深い顔立ちに濃い化粧をした、細かい巻きの心苗の姿を認めると、クリアが応えた。
「マーヤじゃない。朝稽古の調子はどう?」
「いつもどおり好調だよ!やっぱし、トヨトヨ猿のホームルームより、門派の朝練に費やした方が有意義だね。そういや、あの子が噂の転生?」
マーヤ・パレシカ。アートメイクの太い眉に、厚いと高い鼻。化粧の濃さも相まって、クリアや蛍よりも年上に見える。制服の帯の左右には、二本の特殊形の釵(サイ)を収め、悍な面持ちで朝稽古を終えてきたようだ。
マーヤの問いかけにクリアと蛍は答えず、険しい表に変わる。マーヤはその表の変化を察することなく、地雷を踏んでいく。
「二人ともどうしたのさ?朝からずいぶん暗い顔して。あ、まさか、あの子になんかやられたのかい?」
「やられたどころじゃないわよ……」
我慢の限界に來ていた蛍は、授業開始のチャイムが鳴るまで、ひたすらのぞみへの憎悪の念を二人に吐き出しつづけた。
つづく
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