午後の四時間目、門派の稽古時間となった。

のぞみはヌティオスの後ろについて、『雷豻門(らいかんもん)』の道場へとやってきた。

山を荒削りしただけのその道場は、正面にり口があるだけで、殘る三面は絶壁に囲まれている。り口の左右には獅子の石像が建っており、中にるとヌティオスはすぐに階段を登る。登った先には広場があり、凹の字型に組み合った三つの建に囲まれている。後ろにはそれらの建の二倍はあろうかという高さの九重の塔が左右対稱に控えている。城塞ならぬ山塞とでもいうべきこの道場の裏には、山に沿って滝が流れ、水の落下する音が絶え間なく耳に聞こえていた。ハイニオス學院の長い歴史の中で、名のある門派の多くは、ここ、『雷豻門』のように大きな道場を所有していた。

広場では男八名の心苗(コディセミット)が拳法の型をやっている。背の高いヌティオスが広場の脇の回廊を通過すると、一人の男が型をやめ、手を上げた。

「おっ！ヌティオスではないか？」

その聲を聞いて、ほかの心苗たちも手を止め、目線を向けた。ヌティオスは楽しげに応える。

「おお～！お前ら、もう來てたのか？」

それに答えるよりも先にのぞみに気付いた男が目を丸くした。

「ほう、可いの子を連れてくるなんて、珍しいことだな？」

「ルーク、こいつは俺のクラスメイト、カンザキだ。『雷豻門』の門試験をけるつもりだから、よろしくな」

「ほほ、楽しみなことではないか？」

「お前ら、手が止まってるぞ、稽古をサボるなよ」

活をれるの聲を聞くと、その場にいた全員が、鳥が立ったようにを震わせた。強いプレッシャーをかけてくることで有名なそのに、ルークは答えて言う。

「すまんな、ティータモット先輩。ではお前ら、続きをやろうか」

先輩からの圧力を避けるため、集まっていた者たちはみな頷き、拳法の型の準備作にる。

「よ～し、はじめ！！」

ティータモットはヌティオスとのぞみの前までやってくると、単刀直に問いかけた。

「ヌティオスからメッセージで聞いてる。門試験をけたいっていうのは君だね？」

コーヒーをしたショートボブの髪型と、フレームの細いメガネが特徴的なその先輩は、獲をロックオンするときの猛獣のような目でのぞみを見つめている。

「神崎のぞみです」

「そうか、私は君の門試験を擔當するエレンナ・ティータモットだ。こちらに來なさい」

口を挾む間もなくティータモットは踵を返し、道場の裏にある本堂へと向かって歩いていく。のぞみはヌティオスとともに、彼の後について本堂へとり、廊下に沿って歩む。廊下にはいくつものり口があり、その先にはステージが広がっているのが見えた。練習用の木人形が置いてあるステージや、心苗たちが刀や槍でバトルさながらの練習をしているステージなど、のぞみは多種多様なステージが垣間見えるたびに、高揚を覚える。

ティータモットは淀みない足さばきで一つのり口をくぐる。そこには正方形のステージがあり、二つの架け橋からでしかることができない。そのステージには今、男が二人、が一人いて、多人數のフリーバトルが行われている。ステージの周りには小粋な料亭のように水が流れており、魚がさやさやと泳いでいた。

男二人は手足の撃ち合いをしており、激しい攻防戦が繰り広げられている。そこに割りこむようにが技を打ちこみ、三人での戦いはより烈しさを増している。

一人の男が打ち飛ばされると、がもう一人の男に向かって次々に技を繰り出す。飛ばされた男も休むことなく、また二人の戦闘の隙をつくように攻めていった。

「あの先輩たちは何をしているんですか？」

「ああ、あれは三人での組手練習だ」

「三人での組手練習？」

「お互いの合意のもとに戦う試合と違って、任務や戦場では複數の勢力と戦うことももちろんある。彼らはそのための訓練をしている」

「たしかに、三人ともが敵同士のようですね」

「今日まで共に戦った友であっても、明日は敵に転じることがある。そういう心づもりでいなければ、戦場では戦えない」

「……先輩たちは、強いですね」

のぞみは戦爭理論についてよくわからず、あまり深く考えたこともなかった。今も、ただ単純に先輩たちの戦う姿に憧れているだけだ。背の低いであっても、男二人と対等に戦い、堂々としているところを見ているだけで、勇気が湧き出してくるようだった。

「おーい、そろそろ場所を空けてくれないか？」

ティータモットが聲をかけると、三人はピタリと戦闘を止める。中でもヤンチャな見てくれの男が聲をあげた。

「なんだ、ティータか。せっかく燃えてきたところなのによ、そう水を差すなよ」

「悪いがバトルの続きはこの子の門試験が終わってからにしてくれないか？ステージの予約も取ってある」

二十代後半くらいに見える白人男は、顎のヒゲをりながらのぞみを見た。

「ん～？この心苗は、今朝のバトルで我がカレッジの後輩のハンマーをけ止めたっていう噂の子か？バトルへの介は褒められたもんじゃないが、力と膽力があるなら、我が門派は歓迎だぜ」

カイムオスと同じ第六カレッジに屬するのであろう先輩の話を聞き、のぞみは顔を真っ赤に染めた。返す言葉が見つからず、苦笑いをすることしかできない。

「我が門派にけれられるかどうかは、試験で決める。さ、さっさと空けてくれないか」

「仕方ないな。俺たちは別のステージでやろうぜ。ニーミも來るよな？」

紅一點、長い髪のを一つの太い三つ編みにして背に流しているその子心苗は、ちらりとのぞみを見てニッコリした。

「そうだね、この子の門試験も気になるけど、今はバトルの続きがしたいね」

「ならば、行こうぜ！」

三人は一つの橋を渡ってステージを降り、廊下を歩く。戦闘意が勝ったものの、自分たちの門派にってくるかもしれない後輩のことも気になっていた。

「ねえ、あの子、合格するかな？」

「無理だな」

ヤンチャな男は決めつけるように首を振った。

「何故だ？」

顎ヒゲの男が問う。

「見ただろ？あの顔。今から門試験をけるってのに、闘気の欠片もなかったぜ。ああいうは向いてない。それによ、試験の擔當がティータだろ？あいつ、自分よりスタイルが良くて可いなんて、手加減なしで潰すだろ」

ヒゲの男は軽く頷いた。

「たしかに彼はの大きなが嫌いだからな。殘念だけど、俺はあの子、タイプだったかもな……」

二人の話を、ニーミは呆れた顔で話を切りあげる。

「はっ、あんたたちに聞いた私がバカだったわ」

三人の聲は廊下の先まで続いていたが、次第に小さくなって、聞こえなくなった。

つづく