《ウイルター 英雄列伝 英雄の座と神代巫》29.・アクションスキル強化演習 ③
壁を登りきったのぞみは、すでにスタミナの半分を使ってしまっていた。平衡木橋にる前、のぞみは気癒(きゆじゅつ)を使い、しだけ力回復をはかった。
五人分用意された平衡木が見えると、のぞみは息を整えた。橋は50メートルほど続いているようだ。平衡覚に優れたのぞみは、トットッと難なく橋を渡っていく。ペースをさず進んでいくうち、のぞみは心の淺い部分に小さな自信の芽が芽生えるような気がして、足早になった。
その勢いに乗って、橋の殘り三分の一のところから向こう岸の臺まで、ひとっ飛びで著地した。
のぞみはその次に待ち構えている飛び石池のゾーンへと進む。そこは50メートル続く池で、激しい高低差のある石柱が數十本そびえている。踏み場の直徑はおよそ30センチ。太さは均一ではないため、さらに細いものもある。
目視でルートを確認し、のぞみは思い切って石柱を跳び移りながら進んでいく。
その時、後ろの班の誰かがハイペースで追いあげてきた。
のぞみは突如、背中に衝撃をけ、池に墜落した。
唐突なできごとにショックをけながらも、のぞみは慌てて池の水面に頭を出す。辺りを見回しても、もう人の姿はない。池は、育座りをすれば膝が外に出るほど淺かった。
のぞみは自分を落ち著かせるため、意識的に呼吸を整えることにした。
そこにようやくやってきた初音が、バランスを崩し、池に落ちてきた。
のぞみが初音の様子を窺っていると、彼は四つん這いの姿勢で、細いツインテールをしょんぼりと肩に垂らしている。どうやらケガはないようだが、表は苦しげだ。
「こんなの……もううんざりよ!」
のぞみはいてもたってもいられず、思わず聲をかける。
「舞鶴さん、大丈夫ですか?」
池の中にいる者同士、目線が合う。
「……あなたは、神崎さん……?あなたも落ちたんですか?」
「はい。どうも誰かに蹴り落とされてしまったみたいです……」
練習に集中していたのぞみは、自分を踏み臺にして走り去った心苗の気配をじる余裕がなかった。
「……たぶん、クリアたちの仕業ですね」
「え?舞鶴さん、彼たちの姿を見ましたか?」
「ええ。し前に、私の近くを走り去っていったのを見ました。それに、彼たちはよく、下位の心苗をいじめていますから」
のぞみは自分がクリアたちにいじめられた事実よりも、初音が今日だけでなく、いつも、暗い顔で過ごしていることが気になっていた。
「そうでしたか。……ところで舞鶴さん。どうしていつも浮かない顔をしているんですか?ハイニオスでの學院生活はつまらないですか?」
「……最初は、し期待してたんです」
初音はついに堪忍袋の緒が切れたとでもいうように、聲を震わせた。
「だけど、実力至上主義のこのクソ學院の、どこに楽しみを見いだせばいいの?私にはもうわからない。自分らしく生きられるのは、結局、強者だけじゃない!?」
「強者の定義はちょっと、わからないですが……。でも、どうして強者でなければ、自分らしく生きられないのですか?」
突然、激昂しはじめた初音に戸いながらも、のぞみは疑問をぶつける。
「毎日毎日、評価順位と力比べ。もうたくさんよ!せっかくアトランス界まで來たっていうのに、これじゃ地球(アース)界と何も変わらないじゃない!」
「たしかに難しいですね……。でも、私がこれまで通っていた學院の擔任の先生は、このように教えてくださいました」
のぞみは初音を労るように続ける。
「評価は大切なものですが、あくまでも過去の參考値でしかありません。これからの自分がどの道を歩むかは、どんな自分になっていたいかを考え、その自分になるための努力をすることでのみ決まります。だから私は、この學院に転學することを決めました」
「ばかばかしい!そんなの綺麗ごとじゃない。神崎さんがどんな目的でハイニオスに來たか知らないけど、來る日も來る日も力で自分を証明するだけ。ここは終わらない爭いの地獄よ。何が変わるっていうの?」
「……舞鶴さん、し考えすぎではないですか?ヌティオスさんやライさんのように、績評価なんて気にせずに學院生活を送っている心苗もいますよ」
初音はストレスフルなを全て吐き出すように、ネガティブワードを吐しつづける。
「転したばかりのあなたにはわからないでしょうね。績順位を維持するために、下位を蹴落とす人は一定數存在するんです。あなただってそうでしょう?森島さんたちに目を付けられて、底辺で這いつくばるしかないのよ」
「そうかもしれません。でも、私は逃げません。転學したときの想いは変わりませんから」
のぞみの返事が面白くないのか、初音は話題をすり替え、アーサには聞かせられないような愚癡をこぼしはじめる。
「だいたい、この授業はなんなのよ。要領の良い人、格に恵まれた人ばかりが得をするじゃない。こんなのが必修なんて、あんまりだわ」
悔しさと怒りの源には、自分への甘さが混じっている。のぞみは初音の弱さを否定せず、らかい口調で応えた。
「そうですね。どうして皆、あんなふうに自由自在に駆けていくんでしょうね?」
のぞみが仰向けになると、後発の心苗たちが次々と上空を飛び越えていく姿が見えた。修二やティフニー、藍(ラン)たちは、おそらくもう、二周目か三周目だろう。日に照らされ、眩しいほどに輝いて見える彼らの姿を見ていると、のぞみは自分が立ち止まっているのがもどかしく思える。瞳を輝かせながら、のぞみは初音に言った。
「上手な人の姿を見ると、自分もやってみたいって、思いませんか。私は、たとえ何度失敗しても、またチャレンジしたいって思います。そして、自分の可能を信じたい」
「可能ですか……?」
のぞみは立ち上がり、池から出ようと歩き出す。膝下までしかない水の抵抗をじながらも岸に著くと、のぞみは振り返り、初音の方に手をばした。
「私たち心苗は、自分の可能を広げるために授業をけている。そうですよね?」
拠のない論ではあったが、初音はそれを聞いて、過去の愚かな自分のことを思った。そして、なぜかわからないが、のぞみの言葉には一縷の信憑があるような気がした。
「……たしかに、そうかもしれないですね。セントフェラストにるまでは、自分が抜刀を使うようになるなんて思わなかった。今でも、決して上手くはないですけど……」
「でしょう?なら、また自分の可能にチャレンジしましょう、舞鶴さん。さぁ、一緒に行きましょう!」
だまりのような微笑みに、初音(はつね)の表も思わず和らぐ。のぞみは冷たい初音の手を握り、芝生の広がる岸へと引っ張りあげた。
その時、二人の上空を京彌(きょうや)が飛び越えていった。一瞬のこと。初音と京彌は視線をわした。
「黒須(くろす)さんはもう三周目でしょうか?」
初音はつむじ風のように飛び去っていく京彌の後ろ姿を目で追いながら言った。
「彼はアクションスキルに長けていますね」
「黒須さんと島谷さんは、地球界・ヒイズル州の誇りです」
そういう初音こそが、同郷である二人を誇りに思っていた。
きっと二人はいつも行をともにしている仲間なのだろう。のぞみは初音の表からそんなことを読み取り、返事をする。
「二人の績評価はA組の12位と5位でしたっけ」
「そうです。すごいでしょう?」
「ふふ。そうですね。さあ、行きましょう、舞鶴さん!彼らのあとを、追いかけましょう!」
仲間の長していく姿に憧れを抱く一方で、しずつ開いていく実力差に立ちすくんでいた初音は、今初めて、自分がそのあとを追いかけることができるかもしれないと気付いた。のぞみの言葉は初音の心を、石を投げれた沼の水のように激しく揺さぶったのだ。
二人はこのゾーンの始めまで戻り、練習を再開した。
つづく
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