《ウイルター 英雄列伝 英雄の座と神代巫》39.蛍、宣戦布告
蛍(ほたる)は離れた場所からのぞみたちのやりとりを観察していたが、のぞみの社の高さ、同調力に驚いていた。
クリアはそんなのぞみを睨めつけ、両手を組んでいる。
「ふ~ん、剣はし習得してきているようね」
マーヤは眉間にしわを寄せ、後ろに立つ蛍の方へと振り向く。
「蛍、このままで宣言闘競(ディクレイションバトル)、勝てるか?剣もそうだけど、あのに関する報がまだ足りないんじゃない?」
弱気なマーヤの発言に、蛍は素っ気ない笑顔を浮かべる。
「勝って當然よ。あのは士(ルーラー)なんだから、屬の相克からしても私の方が、勝算があるわ。スピードも源(グラム)の強さも、全部私の方が上だしね」
「だけど、士が本気の戦いでどんな技を仕掛けてくるか、想像できないよ?」
「ふん!どんなユニークな技だっていいわよ!何か造るたびに私が木っ端微塵に砕してやるんだから!」
のぞみの剣など取るに足りないというように、蛍は蹴散らした。
取るに足りないとわかっている相手に全力で向かっていく蛍を、クリアはし心配して聲をかける。
「蛍、あんな弱者、ほっとけばいいのに」
「いーや、宣言闘競でしっかりと実力の差を刻みこんでやるわ!」
「ちょっと、気を取られすぎじゃない?」
「ムカつくのよあいつ!ふん、私ちょっと、遊んでくるわ」
蛍は吐き捨てるようにそう言うと、手前のステージへ近付き、軽に飛び乗った。マスタープロテタスを持ち出し、宙に浮かぶ機元(ピュラト)が彼のをスキャンすると、ステージの真ん中まで歩みを進める。スタートポイントに立つと、蛍の周囲には9臺のダミー的が現れた。これは、今日の稽古で試し斬りを行った子の中ではもっとも多い的數だ。
ダミー的を6臺以上設定すると、集団を相手にするという形式となる。単純に斬るというスキルのほかに、戦場の空間報の把握などを含めた、戦いのセンスそのものが試されることになる。3臺以下の試し斬りとは比べものにならない難易度だ。
蛍が9臺ものダミー的を相手取るというので、周囲の心苗(コディセミット)は沸いた。
のぞみたちも無論、蛍の試し斬りに注目している。
蛍は右手に源を集め、脇差しを逆手に持って翳す。一瞬の間にどっと噴き出した源の気流に乗るように、蛍がき出した。
9臺の的の間をうように飛び回り、宙を跳び、バク転をしたりと、一連のきは目視で追いつくのが困難なほどに速い。中空できを止めた蛍は、その場から飛び降り、足を踏ん張った。左手を高く上げ、右手には脇差しを持っている。
五秒と経たないうちに蛍の技は終わり、9臺のダミー的はバラバラに斬られ、崩れ落ちる。目にも留まらぬ技に、熱烈な拍手が響いた。
のぞみには、蛍が殺陣のように俊敏に無雙する、スーパー忍者のように思えていた。
蛍は全の張を解くと、ステージの上から大聲で呼びかけた。
「神崎のぞみ!」
試し斬りを見ていたのぞみは、まさか自分に向けて聲がかかると思わず驚く。
「何でしょうか?!」
純粋に驚いているのぞみを見て、蛍は苛立ちを覚えながら続きをぶ。
「生徒會に宣言闘競の許諾をしたわ!先に言わせてもらうけど、あんたごときが私に勝てるなんて思わないでね!」
宣戦布告ともいえる剣捌きを見せ、蛍は牽制した。その場に立ち會った心苗たちがのぞみを見る。のぞみは立ち上がり、勇気を振り絞った。
「森島さん、私は負けません。お互い、最高の狀態で打ち合いましょう!」
「むところよ。最高の狀態でかかってきてちょうだい。ふふ、あんたの面目が丸潰れになるくらい叩きのめしてやるから、楽しみに待ってなさい!」
すでに心理戦は始まっている。蛍の見せた挑発的な技に、のぞみは鳥が立ち、返す言葉を失っていた。
蛍は凜然とのぞみに背を向け、ステージから飛び降りる。二人の対話を聞いた心苗たちは、ひそひそと噂話に花を咲かせた。
闘競(バトル)に向けて息巻く蛍に、クリアは助言を送る。
「蛍、あの程度の実力しかないに、ここまでする必要なかったんじゃない?」
「ああいう奴は、放っておくと図に乗って、いつか厄介な存在になるのよ」
蛍は本気で敵を斬る者のような、殺意に満ちた目をしている。あまりに冷靜さを欠く様子を見て、マーヤがし心配した。
「蛍、ずいぶん余裕がないね。あんたらしくない」
「私、本気なのよ」
修二がのぞみのことを気にかけていると知り、蛍は自分の方が強い存在であることをはっきりと主張したかった。そうしなければ、いつか邪魔な存在になるだろうと思うのだ。
気の多い修二は、これまでにもたびたび、綾(れい)やティフニーなど評価の高い子たちに聲をかけている。それも蛍は知っていた。しかし綾は修二に対して心など抱いていないし、ティフニーは修二だけでなく、誰に対しても友をもって接している。修二だけを特別に扱うような場面は見けられなかった。
彼たちに比べると、のぞみにはどこか危うさがある。蛍は慎重に芽を摘んでおきたかった。
先ほどの蛍のきが目で追えなかったのを思い出しながら、のぞみは震いした。スピード比べであれば勝ち目はない。ティータモット先輩と比べれば源気(グラムグラカ)は弱いが、それでも蛍との闘競に苦戦する自分の姿は容易に想像がついた。
強気な振る舞いをする蛍を見て、メリルは気の毒そうに眉を寄せる。
「ホタルちゃん……、痛い子になってしまったヨン……」
「元々、強気で逞しい人でしたが、あの件以來、強さだけを求めるようになってしまいましたね……」
のぞみは二人の話に參加しようと、膝を突き合わせるように座る。
「それってもしかして、舞鶴さんと関係があることでしょうか?」
「のぞみさんもあの話、聞きましたか?」
初音たちの間ではその話は忌のようだったが、闘競相手である以上、のぞみは気になっていた。
「いえ……。よければ、詳しい話をお聞かせいただけませんか?」
藍(ラン)とメリルは互いに見合う。言っていいものかと悩むような表のまま、藍が口を開いた。
「森島さんは、學前から源の使い方をすでににつけていました。出までは詳しくわからないのですが、彼はどうやら、地球(アース)界のロデントロプス機関の、選ばれしヤングエージェントとして、ヒイズル州で事件の捜査協力をしていた経験があるようなんです。それで、機関からの推薦で、ハイニオスに學しました」
ローデントロプス機関とは、地球界に存在するウィルターをはじめ、源を使う者たちを統一管理する報安全管理機関のことである。中でもヤングエージェントは、源を使いこなす未年の年が機関と協力契約を結び、彼らが暮らす地域の異端(ヘラドロクシー)に関する犯罪事件をはじめ、不祥な事相、自然災害などを解決する者たちを指す。ここでいう異端とは、源気を悪用して兇悪な犯罪を犯す者のことだ。
蛍が元・ヤングエージェントと聞き、のぞみはびっくりした。
「それは、すごいですね……」
「第三學期のはじめまで、森島さんはとても優秀な心苗でした。いつも源の修行が上手でない人を教えてくれていました」
し化しすぎであると言うように、メリルが眉を寄せる。
「でも、ちょっと強引なところもあったのヨン」
メリルの発言を肯定も否定もせず、藍は続きを話した。
「舞鶴さんは、源の使い方があまり上手くありませんでした。それに、彼は地元で同級生にいじめられたり、両親や知人から化け扱いされていたことがあって、人との付き合いが苦手でした」
のぞみが後を引き継いだ。
「森島さんは、修行も人付き合いも苦手な舞鶴さんに遠慮のない口出しをしてしまったということでしょうか?」
「二人とも、最初は良い雰囲気だったんだけどな。マイヅルは、モリジマの教え方に耐えられなかったみたいだな」
急に男の聲が聞こえ、のぞみは振り向き、聲の主を見上げる。
「ああ、ヌティオスさん」
大きな柄で立ちはだかるヌティオスに、藍はしを引いた。
「い、いつからそこに立っていたんですか?!」
ヌティオスは右上の手で頭をり、困ったように笑った。
「さっきから三人が話しているから気になってたんだが、なかなか口を挾むきっかけがなかったんだぞ」
ヌティオスはのぞみの試し斬りを見て聲をかけようと思っていたが、藍とメリルに先を越され、話しかけるチャンスを見計らっていたのだ。
盜み聞きされたとは思わず、のぞみはヌティオスに問いかける。
「ヌティオスさんも、森島さんたちのこと、知ってましたか?」
「おう。モリジマを止めるため、シマタニが宣言闘競(ディクレイションバトル)を申し出たんだ。忘れるわけないぞ。シマタニの出した勝負條件が、クラスだけじゃなく、アテンネス・カレッジ全で大騒ぎになったからな」
ヌティオスのボールを拾うように、メリルが手を組んで話を引き継ぐ。
「一年生であんな條件を申し出る人はほとんどいないヨン」
「それは……いったいどんな條件だったんですか?」
「森島さんは、強くなるために必要だと言っていましたが、あまりに強引な稽古の付け方や、ミスをしたときの叱責の強さに、舞鶴さんは昔のトラウマを思い出すこともあったみたいです」
「見てるこっちが辛くなるようなスパルタ教育だったのヨン……」
藍とメリルは當時を思い出すように目を伏せた。
「それで島谷さんは、修行とはいえ、舞鶴さんに暴力を振るったと認めること。そして、舞鶴さんが許すまで彼に近付かないことを、森島さんへの條件としました」
「森島さんは、どんな條件を出したんでしょうか?」
「ホタルちゃんは、自分が勝った暁には、シマタニさんとホミの関係を結ぶことを條件としたのヨン!」
「えっ!?森島さんと島谷さんは、そんな関係だったんですか?」
「そうですね。あの頃、舞鶴さんも森島さんも、二人とも、島谷さんに対して慕わしいを持っていたと思います」
のぞみはここまで聞いた話と、真人(さなと)たちとともに晝食を取ったときの、彼らの振るまいを考える。
「それで、バトルの結果は、森島さんが負けたということですか……」
「そう。それ以來、森島さんはずっと、ヒタンシリカさんたちとともに行するようになりました」
のぞみは俯きがちになり、自分の足元をじっと見つめている。
真人の條件はとてもシンプルなもので、本來は闘競(バトル)など必要なく、蛍(ほたる)が初音に謝ればすべて丸く収まる話だった。だが、人助けのつもりが罪人扱いされたことが、蛍にとっては屈辱的だったのだ。
ヤングエージェントを務めるくらいの人だから、人並み以上のプライドもあっただろう。やり方は良し悪しだが、稽古が苦手な初音を助けてあげたいという熱心さが、彼の中に強くあったのだと思う。
蛍は結果的に、好意を寄せていた相手に自分の正義に則った行を諭され、しかもバトルに敗北した。
プライドも心も同時にズタズタにされた蛍には、他人に対する溫かい気持ちを捨て、力の強さを求めることしか選択肢がなかったのだろう。
蛍がの三角関係から離したのち、真人が初音を選ぶことにしたのかどうかは、真人自にしかわからない。
蛍の境遇を深く考えると、のぞみは溜め息が出た。
「なんて可哀想な……」
アトランス界という異世界の學園に通う者にとって、地球界から來た同胞とともに行ができるというのはとても心強いことだ。グループから追放された蛍のことを思うと、のぞみは切なくなった。
両手で膝を抱き、顔を上げる。遠くにいる蛍の姿が目にると、自然と目元が潤い、視界がぼやけた。
その頃、ステージにはティフニーが立っていた。1メートルはあろう細の剣を両手で翳す彼の姿は、素振りや基礎拳法をやっている他クラスの心苗(コディセミット)など、武道館にいる全ての者の注意を奪った。その剣は、ミーラティス人の技を使い、鋼水晶で作ったものだ。風と花をモチーフとした華麗な剣を持つティフニーの姿は凜々しい。
10臺のダミー的に囲まれ、ティフニーは落ち著きはらった表をしている。薄く笑みを浮かべている彼の様子は、まるでこれから剣(つるぎ)の舞を舞う神かと見紛うほど端麗である。
中から湧き出した源気の突風が、10臺の的のきを瞬時に封じた。そして、らかいのきに合わせ、両手で摑んだ剣を左右にそれぞれ一度ずつ振るう。
ティフニーがきを止める。
10臺のダミー的は両斷され、一同に崩れた。
闘気も雑念も一切じさせない優雅な舞のような、慈しむような剣筋だった。ティフニーが一禮すると、武道館中に、割れるほどの賛嘆の聲が轟いた。
拍手だけでなく、スポーツ観戦並みの歓聲が、いつ止むともわからないほどに続く。しかし、ティフニーの剣筋を見ていたのぞみは、その間もずっと呆けていた。蛍のことが頭から離れず、思考は深く沈んでいた。
つづく
文書を読んでくれてありがとうございます。
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クリエイターとして引き続き進いたします。
次回は、家族通信の回です。
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