《ウイルター 英雄列伝 英雄の座と神代巫》44.噂と予言
許可通知書が來て皆に相談に乗ってもらい、気分の上がったのぞみは、さっと食卓の上を片付けると、いつものように準備をして、イリアスとミナリとともにハウスを出た。
三人は転送ゲートホールからシャビンアスタルト寮の中央棟に出る。アーチを描いた廊下では、いつもよりも三人に挨拶する人が多くじる。
「カンザキさん、おはようございます!」
のぞみが寮の敷地で倒れた夜、ハウスまで運んでくれた二人のメイドが聲をかけた。
「コットエンスさん、セルベラさん、おはようございます」
數本の青いリボンが結ばれた白のドレス。白いブラウスの袖や、ドレスの裾からのぞく大ぶりなフリル。ミディアムショートの髪のに、薔薇のついたガラス製のカチューシャを付けたそのの名は、ローズ・アッガッツィ・コットエンス。はのぞみにお辭儀をした。
「おはようございます。見ましたよ、カンザキさん。同じクラスの方と宣言闘競(ディクレイションバトル)するんですね?」
のぞみに問いかけたのは、エミリー・セルベラ。長い髪のを巻きあげ、重たいおまんじゅうのようにまとめている。白のロングドレスの襟にはオレンジの線がっており、紫花に黒の千鳥柄のった、明のあるベストを著ている。
「はい、三日後の午後の五時間目からです」
「三日後ですか。その時間帯は寮の仕事がありますね……」
「そうなんですね。コットエンスさんも、寮のレストランのお仕事ですか?」
ローズは答えづらそうに眉を寄せる。
「ええ。応援しに行きたいと思っていたので殘念ですが、代わりの人が見つけられなかったので」
「いえいえ、お気持ちだけでも十分嬉しいですよ」
「更室で暴力を振るうような心苗(コディセミット)には負けないように頑張ってくださいね」
「えっ?どうしてセルベラさんが知ってるんですか?」
エミリーの言葉に、のぞみは目を丸くした。
宣言闘競の報は今朝、開示されたばかりだ。それに、蛍(ほたる)たちから嫌がらせをけていたことは、A組の心苗たちは知っているかもしれないが、その他といえば、ハウスメイトくらいしか知らないことだった。驚いて言葉に詰まっているのぞみを見て、ローズが応える。
「カンザキさんの噂は、フミンモントルでも多くの人が聞き及んでいますよ」
ローズの言葉に頷き、エミリーが引き継ぐ。
「今朝、宣言闘競を申し出た理由についても読みましたよ。でも、元はといえば、カンザキさんがたまたまバトル現場を通過した時に起こったトラブルなんですよね?勘違いだったとはいえ、カンザキさんに悪気はなく、むしろ彼を助けたというのに。あまりにも恩知らずで酷いことと思いました」
悪者が誰かを明らかにし、のぞみの行為を正當化するような、何者かによる意図的な報作があったとわかり、のぞみは慌てる。
「そんな話になっているんですか?」
予想外の展開は、好都合なはずだった。の安全やバトル時の優劣を考えても、のぞみに悪い話ではない。だが、蛍を敵視するような話が流布していることは、蛍との対話をみ、救いたいとすら考えているのぞみには、かえって蛍を逆上させてしまうのではないかと不安材料にしかならない。
妙な噂がセントフェラストに流れているのが気になり、のぞみは周辺の人を頭に浮かべる。気な格のミナリが友だちの個人報をペラペラ喋るとは思えない。
「まさか……」
とのぞみは不安げに顔を傾ける。
「イリアスちゃん……、誰にも言ってないよね?」
疑っているわけではないが、ほかに蛍とのことを知っている人も浮かばず、のぞみは申し訳なさそうに訊いた。
「私!?言うわけないじゃん!私もその噂は一昨日、キャンパスで聞いたけど信じなかったもん!その日の夜にのぞみちゃんの口から話を聞いたんだから」
心外だというように、イリアスは聲を荒げた。
楊(ヨウ)には昨晩、話をした。ガリスは今朝の朝食の時だ。二人には更室でのことまでは話していない。ミュラはフミンモントルの學生會のメンバーだ。人の噂を撒き散らし、余計な事件を増やすようなことはするはずがない。のぞみは思案顔になった。
「いったい誰がこんなことを……」
のぞみの辺には、そんなことをする人が浮かばなかった。
困り顔で長考しているのぞみを見て、ローズとエミリーは互いに視線をわす。
「まあまあ、カンザキさん。ハイニオスは暴力や傷害の事件が多発していると聞きますから、くれぐれもお気をつけて」
「はい」
納得のいかないまま、のぞみはエミリーの忠告に応える。
「通學中にお引き留めしてすみません。こちらも用事がありますので、これで失禮しますわ」
ローズがそう言って、二人は反対方向へと去っていった。
ミナリが、まだぼうっとしているのぞみの顔を覗きこむ。
「のぞみちゃん、行くニャー」
イリアスとミナリが前を行き、し遅れてのぞみがついていく。噂が気になって仕方がなかった。
三人はシャビンアスタルト寮中央棟の玄関り口にやってくる。ホプキンス寮長先生は腰を曲げ、玄関の盆栽を丁寧に剪定していた。碧の葉っぱが、ミニ薔薇が咲くように生えている。萬力のような道を使い、枝を切り取っていく。
五葉松のような枝ぶりの盆栽の造形を整えるホプキンスを見て、イリアスが大聲を出す。
「おはようございます!ホプキンス寮長先生!」
パチンと枝を切ると、曲げた腰をし持ちあげ、三人に向き直った。
「おはよう。諸君、し荒々しい朝じゃな」
「寮長先生はトゥキンリスの木を剪定していますのニャ?」
「そうじゃよ、Ms.ミナリ。植は毎日、変化しておる。二日も目を離せば予想していない形になってしまうんじゃ。だから、こまめな剪定が大事なんじゃよ」
ホプキンスはおしげにトゥキンリスの葉にれる。
「寮長先生は植の剪定がお好きなんだニャ」
「ホホ、そうじゃな。植も人も同じ。毎日れあうことで、何か得るものがある。愉快なことじゃよ」
「それって雑草でも一緒なの?」
イリアスの他ない質問に、ホプキンスは気安く答える。
「オホーホホ、Ms.ルンムル。草には「能」があるんじゃよ。観る者が「雑草」と言うた途端、「能」は見えなくなる。雑草でもトゥキンリスの木でも、違う角度から見れば違う姿が見つけられるのじゃ。醜いところばかり見ていて魅力的なところを見逃すと損じゃろ?」
自分のことでいっぱいいっぱいだったのぞみは、ホプキンスの言葉が耳にらない。そんな様子を見て、ホプキンスは「Ms.カンザキ」と聲をかけた。
ぼうっとしていたのぞみは、耳の側にあった風船が破られたようにびっくりして飛びあがる。
「はい!何でしょうか、ホプキンス寮長先生」
「そろそろ次期のビュッフェのメニューリストを考えなければならんのじゃが、お願いできるかのう?」
「あっ、もうそんな時期でしたね。わかりました。新作を中心に作りますか?」
「新作ディッシュは五品くらいで十分じゃろう。これまで好評だった品をもう一度出すつもりじゃ」
バトルに集中したいと知っているホプキンスは、無理に頼むことはできなかった。
「わかりました。復刻したいメニューのリストをもらえると助かります」
妙な噂に気を取られていたのぞみは、ホプキンスとの會話に注意を移した。ホプキンスは右目をやや開けて、にやりと口を歪ませる。
「ホホ、ではリストを作っておこう。さて、Ms.カンザキ、険しい道を選んだんじゃな」
「はい」
「宣言闘競の勝敗を問わず、気持ちを伝えたとしても狀況は打破できないじゃろう。じゃが、近い未來、五人の命を救うかもしれん」
「えっ?五人の命が、森島さんと関係しているんですか?」
初めてハイニオスに通學した日の、「思わぬトラブルが起こる」という助言は見事的中した。のぞみはそれを思い出すと、今度の助言があまりにも不吉で恐ろしくなった。
「そうじゃ。ただし、未來は人々の思いや選択により変わっていく。どうなるかは五分五分というところじゃ」
「そうですか……。ご助言を賜りまして、ありがとうございます」
もはやこれは助言ではない。人命がかかっているのだ。
のぞみはこれまで以上に、バトルをきっかけに蛍と対話したい気持ちを高まらせた。
つづく
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