サッカー場のように広い天闘技場で、実技項目授業が行われていた。この闘技場は、イベント大會の決勝トーナメントでよく使われている。観覧席の壁や柱のあちこちに石像が施され、荘厳な雰囲気を醸していた。

「うあっ！！きつい……」

のぞみは両手で防の構えをし、相手の攻撃をけ止めた。息は荒く、腕には痣ができている。顔も腫れ、見るからにダメージをけた者の様相だ。

「カンザキさん、まだ続けますか？」

弾む息を整え、崩れた姿勢を構え直す。のぞみの目には意思が宿っている。

「はい、お願いします！」

相手はミーラティス人ハーフの小柄で飾り気のないだった。髪のを左側のサイドテールにし、短く鋭い耳を持つそのは、黃い武服からＥ組の心苗(コディセミット)だとわかる。二人は２５枚の石板の間を取り、格闘訓練を行っている。のぞみたちの他に、１５組のペアが訓練をしていた。

のぞみが今、けている格闘実演演習では、任務時の戦闘や恒例闘競(バトル)など、実戦の覚をにつけるための訓練をける。フリーバトルにも近いが、本気の戦いを意識した訓練のため、ケガやダメージに耐えきれず意識を失ったり、大怪我で急搬送される心苗もいる。

今日は最初の授業のため、本気の戦いという意識を持つのが難しい者が多いらしい。中間テストの実力試験でもないのだからと、決め技を使う者はなかった。

のぞみにとって格闘技は、まだ學びはじめたばかりだ。実戦に近い訓練には苦手意識もある。相手の心苗の技量やパワーはティータモットと比べられるはずもないが、手足やの反応が良く、のぞみの攻撃はいつも躱されてしまう。彼はサイドチェンジするとすぐ、手のひらから弾を撃ち出した。

足のきが悪いのぞみはなかなか攻撃を避けられない。源気(グラムグラカ)を出し、防でけを取る。弾は源気の集まった塊だ。のぞみが全に源を纏いけを取っても、多はダメージをけることになる。今ののぞみの鍛錬度合いでは、耐久戦などもってのほかだ。見るからにが怠そうだった。

運が良かったのは、のぞみの相手が好戦的なタイプではなかったことだ。のぞみの戦意の低さ、攻撃の弱さ、鈍い反応を見て、は手を緩める。

「これ以上続けると、が持たないと思いますよ」

のぞみは攻撃するタイミングを計れずにいた。蛍(ほたる)との宣言闘競(ディクレイションバトル)も近付いている。しでも早く弾戦の覚に慣れたい一心で、のぞみはの痛みや怠さを耐えていた。

スピードだけなら蛍の方が倍は速い。こののテンポについていけないなら、三日後の戦いではボコボコにされて終わるだろう。

ステージの向こうから、蛍がこちらを見つめている。口端にわずかに笑みを浮かべ、のぞみの訓練をずっと見ていた。実戦力を調べることとプレッシャーをかけること、その両方に蛍は功していた。

自分の実力が試されていることに気付いていたのぞみは、呼吸を整える。噂が気になって集中できないこともあったが、のぞみは対人での戦闘に慣れていないため、どこまで本気を出していいのか困してもいた。そのため、なるべく源(グラム)を抑えて訓練していたが、このままでは蛍に気圧されてしまう。のぞみはしだけ源気を強め、に向き合う。

「いえ、時間が終わるまでは続けてください！」

（カンザキさん、ずっと実力を抑えている……。モリジマさんがずっと見ているせいかしら？それとも何か別の……？し協力してみましょうか）

はのぞみの源気の上昇に気付いた。彼はもちろん、のぞみと蛍の闘競について知っている。更室で三人がのぞみを囲み、悪態をついているところを目撃したそのにとって、他クラスではあっても、自分より弱い心苗をいじめているクリアたち三人の印象は悪かった。はのぞみに笑いかける。

「カンザキさん、遠慮はいりません！その程度のきではモリジマさんに勝てません。今は私に集中してください」

笑顔の奧にある真剣な眼差しから、のぞみはの言葉の意味を汲みとった。のぞみは手を上げて告げる。

「わかりました！ではこちらから行きます！」

弾を投げ、それと同時にのぞみはきはじめる。は弾を片手で打ち払う。その間にのぞみはまっすぐ突くようにの足先へと迫り、両手を何度も打ち出した。

突然スピードを上げたのぞみの攻撃に、は逃げ場を失う。驚いた表になり、間に合わせようと腕で攻撃をけ止める。

は一旦、後ろに退くとすぐに跳び上がり、バク転してのぞみの背後に回る。のぞみは攻撃を止めることなく、振り向きざまに回転蹴りを繰り出した。は蹴りを躱すと同時にその足を両手で摑み、のぞみを投げ飛ばす。

目を回しながらも、のぞみは倒れないように足に源気を集めて蹴り出し、崩れたの重心を取り戻す。足先が地面につくと、無駄のないきで回転し、目だけでの居場所を探った。

生家の剣で得した足さばきを応用したのぞみのきは、付け焼き刃ではできないものだ。衝撃を回避し、のぞみが改めて戦闘態勢の構えを取ったとき、笛の音が鋭く響いた。

「タイムアウト！全員、手を止めなさい」

指示を出したのはルビス・ラティ・ムルフォンシター。教諭だ。１８０センチを超える長に短いエルフの耳を持ち、白金に近いストレートの金髪を高い位置でポニーテールにしている。のは薄い青で、その首には特別な素材の糸で結った縄がかけられている。縄の先には二つの水晶玉が揺れていた。ルビスの指示に応じ、１６組の心苗たちは即座にきを止めた。

「重の者がいないなら、次の組に代しなさい」

ようやくがあたたまってきたところで、打ち合いの訓練は終わってしまった。のぞみが息を整えていると、相手のが聲をかけてきた。

「カンザキさん、バトルに集中してから急に手足の使い方が良くなりましたね」

「えっ、そうなんですか？」

「時間が決まっていたので殘念でしたが、もし続けていたら面白くなりそうでした」

のぞみはにまったくダメージを與えられずに終わった。

「はい……」

「カンザキさんの拳をけ止める覚、悪くなかったですよ」

にっこりと微笑むの想の意味がわからず、のぞみは困した。

「それは……どういう意味でしょうか？」

「チャンスがあればまた、お手合わせ願います」

「はい、ぜひよろしくお願いします」

のぞみの問いかけには答えず、は楽しげにステージを離れ、去っていく。その姿をのぞみはしばらくぼんやりと見ていた。

「Ｍｓ．カンザキ。合でも悪いの？」

厳しげに見えたルビスの母をじさせるような口調に、のぞみは慌てて返事をする。

「いえ、何でもありません、すぐにステージから降ります」

麗しい教諭に目を付けられ、のぞみは顔を薄く赤らめ、急いでステージから離れた。

ステージから降りたのぞみは、し離れた場所にある芝生に腰を下ろす。『気癒(きゆじゅつ)』で腫れや痣を癒やし、ケガの処置をしながら、次のステージに上がった藍(ラン)の訓練の様子を見ていた。

「カンザキさん」

のぞみが顔を上げると、風にたなびく金のロングヘアーが見えた。その髪の間からは、長く鋭い耳が覗いている。サファイアのように麗らかな瞳、ネコの眉のような黃い覚。

「ハヴィテュティーさん！」

返事をしたのぞみに、ティフニーは優しげな笑みを見せた。

つづく