《【書籍化】傲慢王でしたが心をれ替えたのでもう悪い事はしません、たぶん》伯母の來訪 ⑩
ドリカ夫人は誰にも告げずに來てしいと頼んできた。
リュークはドリカ夫人と二人きりで會うなと釘をさしてきた。
迷った末にアンにだけ事を話して、溫室の外で待っていてもらうことにした。もしわたしに何かあったらアンがいてくれるはず。二人きりで會うことになってしまうけど、どちらの意見も取りれて、これがギリギリの妥協點だった。
……どちらのいう事もきかなかったといえるかもしれない。
溫室はソフィア様が指示して作られた特別なもので、とても綺麗に管理されている。全面をガラス張りにされた広い空間には、所狹しと植が並べられていた。そっと中にると魔法によって溫かく保たれた空気がふわりとを包み込んだ。
(肖像畫のソフィア様は繊細でたおやかなイメージだけど、この無秩序に置かれた花達をみるに、実は結構大雑把な格だったんじゃないかと思えるのよね……)
もっとも、好きと思ったものを躊躇なく押しこんだようなこの空間は気にっているのだけど。
「お待たせしたかしら」
溫室の奧にドリカ夫人が立っている。
彼はどこか切羽詰まったような空気を醸し出していた。
「ああ、ユスティネ王殿下。本當に來て下さった事を謝致します。早速本題にりますが、貴方様は騙されているのですわ」
「まだそれを言うの? 何故そう思うのかしら」
「王殿下の降嫁による箔づけと持參金。打算的なあの辺境伯にとっては貴方は絶対に逃がしたくない相手なのです。だから今だけは貴方にあわせているのでしょうが、絶対にいつか本をあらわし、王殿下が後悔するに決まっているのです」
ドリカ夫人の中で、わたしが後悔する事はもはや決定事項のようだった。
「ちょっと待ってちょうだい。何度も言うけどリュークはそんな人なんかじゃないわ。そりゃあ、いまだに何考えてるか分からない時があるし、結構口と腹が違うし、わたしよりも領民達の方を大事にしてるんじゃないかって思う時がしばしばあるけど……」
うん?
なんだか喋っているうちに自信が無くなってきた。
「何かといえば皮を言ってくるし、王であるわたしに対する敬意が足りないし、全然特別扱いしてくれないし……」
いくらでも出てくる。不思議。
ドリカ夫人は我が意を得たりとばかりに頷いた。
「そうでしょう!? ああ、やっぱり心配した通りだったわ!」
「ま、待って! 今の無し!」
慌てて前言撤回した。向こうの言い分に乗っかってどうするのよ。
「とにかく々言いたい事はあるけど、婚約を解消する気は無いのよ。その……ちょっとぐらいは、優しい所もあるし」
「優しいですって? 的にはどういう?」
「えっ……!?」
えーと……。
あるはずなのだ。あるはずなのだけど……。
思わず沈黙してしまうと、夫人はふっと小さく笑い飛ばした。
「必要のない人間は容赦なく切り捨てる。そういう奴等なのですよ、代々のここの領主達は。とにかく上手く丸め込まれる前に一旦、距離を置くべきですわ」
「だ、だからってそんな……。それに、そんな事を後押ししたら、あなた自もまずい立場に追い込まれるかもしれないわよ?」
リュークはドリカ夫人が自分のの為に、甥の伴を自分の都合のいい人間にしたくて行していると言っていた。でも、ここまであからさまな反対をするのは、返って彼自の首を絞めてしまうのではないだろうか?
しかしドリカ夫人は鬼気迫る勢いで詰め寄ってきた。
「王殿下、どうか私を信じて下さい。二度と、ソフィアのような不幸な子をつくりたくないのです」
「不幸……?」
「ええ、そうです。私のせいでバルテリンクに嫁ぐ事になったソフィアの結婚生活は辛いものでした。その事をどれだけ後悔しても、今更償う事はできませんが……。二度とあの子のような犠牲者を出さない為になら、私に出來ることはなんでもするつもりですわ!」
リュークの話ではドリカ夫人はもっと得ずくで、自分勝手な人間のように言われていた。だけど真剣にわたしを心配する様子は噓や誤魔化しではないように思えた。
「リュークは本當にあの父親にそっくりです。顔立ちだけじゃない、話し方や態度、どこまでも人を駒のように利用する冷徹さ! あんな手合いと、並みのご令嬢がうまくやっていけるはずがありません。ああ、だからせめて、あいつらのいいようにされないような芯の強いお嬢さんをお相手にと思ってたのに!」
「え……。だけど夫人が紹介したのは、どの方もクライフ伯爵家と繋がりが深いって……」
「ええ、私がよく知った、ちゃんとどこでもやっていけるようなしっかりしたお嬢さんばかりです。……リュークはなんのかんのと言って斷っていたけど、本心は分の低い、利益にならない娘だからと全く相手にしなかったのよ。いくら領地の利益の為とはいえ、本當に人のが通っているのかしら」
「…………」
同じ出來事だというのに、リュークとドリカ夫人との見解が違いすぎる。
この掛け違いは一どこから生まれているのだろうか。
「えっと……ドリカ夫人は、その、元々はリュークのお父様と婚約されていたって聞いたのだけど」
「そうよ、あの男! 確かに直接直談判して婚約の解消を迫ったのは私だし、賠償金だって當然覚悟していたけれど、だからといってまさか代わりにソフィアを要求するだなんて! 恥知らずだわ、あの子には婚約こそしていないけれど、親しくしていた相手だっていたのよ」
「そうなのかしら。でも、結局はソフィア様本人も納得して結婚されたわけでしょう?」
「そんなの騙されていたに決まってます。あの子は昔からおっとりしていたから。……貴方でしたらどう思われます? 婚約相手に解消を申し出たら、相手など誰でもいいとばかりに別の姉妹にすげ替えたのですよ!?」
……そんなに悪い事なのだろうか。
(貴族の婚約は、個人ではなく家同士の利権で決まるわけだから、稀にそういった話は耳にするわ。もちろんあまり外聞のいい話ではないから大っぴらにはされないけど、そこまで非難される事かしら?)
わたしはちょっと想像してみることにした。
もしもリュークに婚約を解消したい、やっぱり別の人と結婚したいと申し出たとして……。
『――そうですか、こちらは構いませんよ。代わりに貴方の妹君を差し出してくれるなら、貰えるものは何も変わりませんからね』
「さ、最っ低だわ……!! とてもじゃないけど一生許せそうにない!!」
「貴方なら分かってくれると思っていたわ、ユスティネ王殿下!」
わたし達ははっしと手をとりあった。
はっ! しまった、つい。
「実は城の裏口の方に馬車を用意してありますの。とにかく一度ここを離れて冷靜になりましょう?」
「え、馬車?!」
「大丈夫、今のうちに出発すれば気づかれないうちにクライフ領にりますわ。後ほど王宮騎士の方々を呼び寄せて、なんとか工夫して無事王都まで送り屆けて差し上げます」
そう言ってクライフ夫人はわたしの手を取った。
一瞬振りほどこうかとも思ったが、今の興しきっているドリカ夫人に何を言っても、とても聞いて貰えそうもない。大聲を出せば誰かが止めに來てくれるだろうが、そんな事になったら二度とドリカ夫人とリュークがまともに話し合う機會は無くなるような気がする。
それでいいのだろうか?
(二人とも、なんだかお互いを盛大に勘違いしているように思えてならないわ。……ならいっそ、今だけドリカ夫人に従ってみる? しばらくして彼が落ち著いたら、ゆっくり説得して後でそっと帰ってくればいい。……うん、悪くないかも)
もし城を勝手に抜け出た事がリュークにバレたら死ぬほど怒られそうな気がしたが、まあバレなければいいかと結論付けて、一旦ついていくフリをする事にした。
その途端、突然ドリカ夫人の足が止まる。
「ドリカ夫人?」
「あ……そんな、何故ここに……」
ドリカ夫人はぐように言葉を詰まらせ、ジワリと後ずさる。
彼の向こう側、溫室のり口に大きな影があった。月を背にしているせいで表がよく見えない。しかし……。
「こんな夜中にどちらに行かれるのですか? クライフ伯爵夫人……そしてユスティネ王」
その穏やかな聲に震いするほどの冷たさをじて、わたし達はその場に凍り付いた。
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