《【書籍化】傲慢王でしたが心をれ替えたのでもう悪い事はしません、たぶん》伯母の來訪 ⑮【完】
気絶したルドルは一応、醫務室へと運ばれた。
(これに懲りて、今後はもっと真っ當に生きてくれればいいのだけど)
ともあれ完全に取引を取りやめてしまった後だったら、気がつかなかったかもしれない真実を明るみに出來た事は満足だ。
「お、王殿下。こんな……大丈夫でしょうか? 後で訴えられたりするのでは?」
オロオロと心配気なドリカ夫人に、わたしはにっこりと微笑んだ。
「大丈夫って、何のことかしら? わたしはただ、お世話になったルドルに疲れをとってしかっただけよ」
「え!? で、でも、王殿下! この部屋にたどり著く直前にものすごいび聲が聞こえましたよ!?」
「まあ、び聲。そんなもの聞こえたかしらリューク?」
わたしは思い切りすっとぼけた。
「さあ、私には別に」
リュークもしらを切った。
もちろん王家に対し特別な忠誠を誓っている王宮騎士団から異論の聲がでるはずもない。
……そもそもわたしが用意した『発泡湯』はちょっとピリピリした刺激があるくらいで、び出すような激痛なんてありえない。後ろ暗いルドルが勝手に神経を尖らせ、過度に張した挙句にショックで気絶しただけだ。
「ふん、そもそも仕返しに怯えるような真似、最初からしなきゃ良かったのよ!」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
わたしがを張って答えると、ドリカ夫人は何か言ってしそうにリュークをチラチラと見た。
「ええ。ユスティネ王は法にれるような事はしていませんとも」
一切まったく、これっぽっちも諫める気配のないリューク。
ドリカ夫人は打つ手なしとでもいうように片手で顔を覆った。
「はあ……私の負けだわ。確かに貴方がたにとって、お互い以上のパートナーはいないでしょうね」
◇
翌日、ドリカ夫人は予定通り領地に帰ることになった。
あんな大騒ぎがあったのだから、もうしゆっくりしていけばいいと勧めたのだけれど、夫であるクライフ伯爵が寂しがるからと斷られた。
「々迷をかけて、申し訳なかったわね」
「いえ、こちらこそ勘違いで失禮な態度をとりました。お詫びします」
リュークが頭を下げようとするとドリカ夫人は慌てて押しとどめた。
「よして。元々はわたしの怠惰が招いた事態よ」
「確かにそこは間違いないですね。今後は必ずご自分か、せめてクライフ伯爵に確認して頂くのがいいでしょう」
「な、なんですって!」
それまでのような折り目正しいがどこか他人行儀な態度ではなく、彼本來の淡々とした、しかし率直で歯に著せぬ言いだった。
夫人は呆気にとられた後、破顔した。
「さようなら、リューク。そして婚約おめでとう」
リュークは一瞬わずかに目を見開き、すぐにいつも通りの無表で禮をとった。
だけどすました顔をしたって、本當は仲違いを解消できて嬉しく思っている事ぐらい、わたしにはちゃんとお見通しだ。
◇
ドリカ夫人が立ち去った後、晴れ晴れとした気持ちでリュークを見上げた。
「どう? やっぱりわたしが観劇に行かず、こちらに殘ってて良かったでしょ……うわっ!? ちょ、ちょっと!」
後ろから突然抱きしめられ、慌てて逃げ出そうとするが外せない。怒鳴りつけようと口を開きかけたが、なんだか様子が違うと気がついた。振り向こうとしても、後ろから抱きつかれているせいで顔を見る事が出來ない。
「……私はし怒っています」
怒っているという言葉とは裏腹にその聲はどこか悲しそうで、思わず口をつぐんだ。
「もしもあの時、商人が貴方に逆上していたらどうなっていたと思うのですか? どうしてこうも無防備に危険に飛び込むのでしょう」
「そ、それは悪かったけど……いくらなんでも心配しすぎよ。あんなに何人もの王宮騎士団が一緒にいたのよ? 大丈夫に決まってるじゃない」
「彼等の実力の高さは知っていますが、いつでも萬が一はあるんです」
それを言うならリュークの方がよほど危ないじゃないか。一歩城の外に出れば、他國との爭いの最前線に立って危険にを曬しているくせに他人の心配ばかりするだなんて。
反論はいくらでも思いついたけど、口に出す事は出來なかった。
「心配します。私にとって貴方は誰とも代えられない、唯一なんですから」
リュークがわたしを抱きしめる力がちょっとだけ強くなった。
いつもなら人前で抱きつくなとか恥ずかしいとか憎まれ口を叩きたくなるけれど、彼がどれほどわたしのを案じてくれているのかが伝わってきて、何も言い訳できなくなってしまう。
「……ごめん」
「もう分かっています。何を言ったって貴方は変わらない」
リュークは抱きしめていた手を緩ませた。
ちらりとアイスブルーの瞳をのぞき見ると、いつもと変わらぬ穏やかさでわたしを見下ろしている。
「だったら私が変わるしかないんでしょうね」
そう言って小さく笑ってくれたから、ほっとして笑顔を返した。
これで本當の大団円だ。
間違いなくその時のわたしはそう思っていた。
次の日、目覚めるその時までは――。
◇◇◇
最初に異変に気がついたのは、部屋の靜けさだった。
いつも通りの部屋、いつも通りのベッド。だというのに何かがいつもと違う。
それに太がずいぶんと高く昇っているのに、誰も起こしに來ていないなんて変だ。
「ねえ、誰かいないの?」
部屋を出ようとドアに手をかけると、鍵がかかっているらしくドアノブが回らない。
……鍵?
まさか、外側から!?
「あっ! ユスティネ様、お目覚めになりましたか?」
ガチャガチャとドアを鳴らしていると、よく聞き馴染んだ聲が聞こえた。
「その聲はアンね!? 大変なの、ドアが開かないのよ!」
とんでもない重大ニュースだというのに、アンは申し訳なさそうにしながらも落ち著いた様子で説明してくれた。なんでもドアがおかしくなって開けられないとかなんとか……。
「そうなの? じゃあ窓からでも助け出してよ」
「い、いえその! ユスティネ様の部屋は二階ですから危険ですし……!」
なんなく、アンの様子に不信を持った。
「じゃあもうドアを壊しちゃってよ。重厚そうだけど斧でもあればいけるでしょ」
「えっ!? そのっ……、そこまでしなくても、夜とか、そのぐらいまでには直るかもしれないなって……。あっ、換気用の小窓は開くので、お食事やその他のお世話はできますから安心してください!」
「…………」
「その……た、たまにはゆっくりお部屋で過ごされてはいかがでしょうかね!?」
完全に怪しい。
わたしはすぐさま窓を開け放ち、助けを呼ぼうと息を吸い込んだ。
しかし……。
「なっ……窓も開かない!?」
まさかこの狀態で偶然の事故だなんて思うほど間抜けではない。というか先程からこの奇妙な靜けさ……まさか、防音魔法まで施してあるのだろうか?
わたしは再びドアの方に向かって大聲をあげた。
「こんなの監じゃない! わたしが何をしたっていうの!?」
「えっと……わりと々やらかしてると思いますが……。だ、大丈夫ですよ。ご當主様もすぐに許してくださいますって……」
「…………リュークなのね?」
「はっ!? い、いえそのっ……!」
ちょっと!!!
『私が変わる』ってそういう意味!!?!!!?
あまりの事態にその場に倒れこみそうになった。いや、ショックをけている場合じゃない、こんな橫暴を許してなるものか!
ドアの外ではまだアンが何かを言っていたけれど、わたしの耳には屆かない。
「リュークの馬鹿! 冷漢! 犯罪者ー-っ! 絶対、ぜーったいすぐに出てやるんだから!」
リュークを理解できるような気になっていたわたしは本當に平和ボケしていた。彼は最大の理解者であると同時に、このわたしの権力に屈服することのない唯一の反逆者なのだ。
「ふん、こんな事でわたしを思い通りに出來ると思うだなんて甘いわよ」
わたしはすぐさまここから出する方法と、リュークをぎゃふんと言わせる為の作戦を考え始めたのだった。
これにてユスティネ視點は終わりです。
次回、別視點の番外編にて「伯母の來訪編」完結予定となります。
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