アメリアはベッドに腰を下ろして、ぼんやりと考え込んでいた。機の上に置かれているのは、ジャナキ王國の王、クロエからの返信だ。

アロイスに対する取り調べの結果、彼は完全に被害者だとわかったので、謹慎が解けたらしい。クロエの意識は完全にアロイスの支配下に置かれていて、心でさえ彼のものではなかったと判明したからだ。

ビーダイド王國から駆け付けたアレクシスによって洗脳を解かれたクロエは、もうアロイスへの心を口にすることはなかった。

むしろ怖いと怯えている様子だ。

亡くなったお姉様に申し訳ないと、託された約束を果たせなかったと泣く彼に、ソフィアやマリーエも同的だった。

「魔力が弱くて洗脳されてしまったのなら、かえってビーダイド王國にいた方が安全だと思うの。もし何かあっても、アレクシス達がすぐに異変に気が付くだろうから」

ソフィアがそう言っていたように、婚約は一旦白紙に戻すが、魔法學園への留學はそのまま実施することになったようだ。彼は予定通り留學生として、ビーダイド王國に行くことが決まっていた。

クロエからの返信には迷を掛けてしまった謝罪と、これから真面目に魔法の勉強に勵みたいということが丁寧に書かれていた。

きっと彼はもう大丈夫だ。

そうして、すべての元兇だったアロイス。

昨日、アレクシスはだけを集めて、調査した容を話してくれた。

同席したのは、彼の妻であるソフィアとユリウス。

そしてサルジュとアメリアだけだ。

マリーエはユリウスの婚約者ではあるが、王家に嫁ぐわけではない。なるべく彼には重荷を背負わせたくないというユリウスの希で、マリーエは同席していなかった。

目が覚めたアロイスは、周囲の人間をって逃げようとしたらしい。

けれど彼の周囲を固めていたのはジャナキ王國の兵士ではなく、ビーダイド王國から派遣された魔導師達だ。彼らは全員貴族出で、アロイスよりも強い魔力を持っていたため、通用しなかった。

逃げられないとわかると、アロイスは急に大人しくなり、靜かに過ごしているという。念のため、今は彼に魔封じの腕をつけている。

「々と話を聞いてみたが、要領を得ない話ばかりでね。最初にクロエ王の話を聞いたときと同じだ」

「……まさか、彼にも洗脳魔法が？」

ユリウスが眉を顰めてそう言ったが、アレクシスは首を振る。

「ベルツ帝國に、そう何人も魔導師はいない。魔法ではないだろう。だが、それが事実だと思い込まされ、疑うことなくそう信じていたのなら、それも洗脳と言うのかもしれない」

「それは……」

アロイスもまた、誰かに騙されている被害者なのか。

そう考えると複雑な心境になる。

それは他の皆も同じだったらしく、ユリウスもソフィアも、何とも言えない表で互いの顔を見合わせている。

「兄上、それは的にはどういうことでしょうか」

ユリウスが尋ねると、アレクシスは視線をサルジュに向けた。

彼はアレクシスの言葉にもまったく揺することなく、淡々としていた。

「サルジュ、何か知っているのか？」

アロイスは、攫われた王のを引いているのではないか。サルジュがそう言ったところ、彼は逆上したのだ。

アレクシスの問いに、サルジュは靜かに頷いた。

「過去を、視た。そして、それは彼が真実だと思っていることと、まったく違っていた」

そう言ってサルジュは、自分が見た過去を話し始めた。

今から五十五年前のこと。

攫われた王は、王宮に幽閉されていた。

ベルツ帝國の皇帝の狙いは、屬の子どもを持つことである。

本來なら直系の王族でないと引き継がれないものだが、ごくまれに王太子の子ども以外にも、屬の子どもが生まれたことがあった。

そんな僅かな可能にかけて、皇帝は攫ってきた王を自分の妻にするつもりだったようだ。

けれど王宮に勤める騎士は、攫われてきた王を哀れに思い、彼を王宮から逃がした。か弱く頼りない王の逃亡を手伝って一緒に逃げているうちに仲になり、逃亡生活中に、ふたりの間には娘が生まれていた。

だが皇帝も王を諦めず、執拗に追っていた。

追い詰められた王は、最後の手段として移魔法で山脈を越えようとする。

「王の魔力は、王家の者にしては弱いと言われていた。まして、複數の人間を移させるのは魔力を消費する。彼は失敗してしまった。娘を、向こう側に置き去りにしてしまったんだ」

サルジュの語った過去の話に、アメリアは息を呑む。

王は娘を取り戻そうと必死になったが、父である國王は、ベルツ帝國出である夫も存在すら認めてくれない。娘を取り戻すために協力してくれることもなかった。

そのうち娘は追っ手に連れ去られ、皇帝の娘として王宮で育てられていることが判明する。

「ベルツ帝國の皇帝はその子どもを自分の娘として育て、母親は娘を捨てて男と逃げたのだと、そう教えたようだ」

娘は自分を捨てた母親を憎んでいた。

魔法どころか普通の魔法さえも使えなかった娘を、皇帝もそのうち疎ましく思い、冷遇したようだ。

その娘の子どもが、アロイスである。

娘は我が子に母親に対する憎しみ、父親に対する恨みを訴え続けた。やがてその娘は病で亡くなってしまい、恨みの中で育ったアロイスが殘される。

彼は母の無念を晴らそうと、ベルツ帝國の乗っ取りと、ビーダイド王國に対する復讐を志したのだ。

「アロイスにとってビーダイド王國出の祖母は、自分の母親を捨てて男と逃げた非道な人であり、母親の不幸の元兇。そう思い込んでいるのか」

確認するアレクシスの言葉に、サルジュは頷いた。

母親と同じように魔法の才能は引き継がれなかったが、それでも僅かな魔力をけ継いだアロイスは、周囲を洗脳して皇帝の親族ではなく皇弟にりすました。そうして、乾いた大地に実りを取り戻すことで功績を上げて皇帝になり、祖母が逃げ込んだという大陸の向こう側に攻め込もうとしたのだろう。

だが、アロイスの本當の父は王を連れて逃げた騎士であり、ベルツ帝國の皇族のは引いていない。

彼がけ継いでいるのは、ビーダイド王國の王族のだけ。

サルジュはアロイスにそう伝えたのだ。

復讐を誓った相手から、ずっと信じていたことと異なる真実を伝えられて、アロイスは困し、噓に違いないと逆上したのだろう。

「しかし、それほど過去のことも再現魔法で視ることができるのか？」

ユリウスの問いに、サルジュは頷いた。

「強い想いは、長い年月が経過しても殘っていることが多い。実際にあの町に行ったこともあり、それを視ることは、それほど難しくはない」

アロイスが兵を集めていたあの町で、王は娘を置き去りにしてしまったのだろう。娘に対する罪悪や絶が、五十五年もの歳月を得ても殘っているというのか。

「それを再現魔法で見せても、彼は信じないだろうな。長年信じてきたことを覆すのは、簡単なことではない」

アレクシスはそう言って、険しい表をする。

ビーダイド王國の王子達は兄弟仲がとても良く、結束が固い。アロイスのことも、だと思うと放っておけないのかもしれない。

けれど彼がサルジュに危害を加えていることが、気に掛かっている様子だ。

「どちらにしろ、アロイスもビーダイド王國に連れて行く。ベルツ帝國の対策やジャナキ王國への対応は父上と俺に任せておけ」

アレクシスの言葉に、ユリウスとサルジュは頷いていた。

國同士のことは、國王と王太子であるアレクシスの領分だ。

そうして、その場は解散となった。

ジャナキ王國としても、被害に合ったのは王であるが、魔導師がないことから考えても、ビーダイド王國に引き取ってもらうのが一番だと結論を出したようだ。

「許可を得たので魔法で移する。三人もいれば、全員で移できるだろう」

他國で魔法を使うことは止されているが、両國の許可が下りれば可能である。今回はアロイスのこともあり、長距離の移は危険だと判斷されたようだ。

こうしてアレクシスとユリウス。そしてサルジュの三人で移魔法を使い、一行はすぐにビーダイド王國に帰還することができた。