《お月様はいつも雨降り》第五十一目
「セバ、お前の手首は弾にも使えて便利じゃのう」
「ええ、ウィーン仕込みの特製品ですから、それにセバではなくセバスチャン、この後も覚えの悪いレディに付き合う苦労を察し願えたらと存じます」
シャンにそう言われた人形のセバスチャンは、復元させた自分の手首をなでながらすました顔で答えていた。
「ふぅん、セバのご主人さまは覚えが悪いのか、うちの上様に似ておるな」
「め、滅相もない、いつ、わたくしめがカエデお嬢様のことを覚えが悪いと言うわけはありません、それは、野蠻な人形であるシャン、あなたのことですよ」
「見くびってもらっては困るのぅ、わしは野蠻ではなく、部システム含めすべて最先端らしいぞ」
「論點が全方位で百八十度ずれていますね」
二の人形のやり取りを目に、僕とカエデ、サユミは階下へ通じる階段がないかを探した。
「階段がどこにもない」
サユミの確かめた非常階段のマークの付いた扉の向こうは、ただのコンクリートの壁であった。
「あんな変な奴らがいるの中になんか絶対りたくないわよ」
「しかし、らないと先に空間を転移できない、しかし、そのルートも客人によって制限されている、そうだな、市松、ラグ」
ヒロトが上半をはだけたまま僕たちの後ろに立っていた。ヒロトののから浮くように目を閉じたままのツカサの顔が浮き出ているのが見えた。
ヒロトの呼び掛けに人形の市松とラグがこくりとうなずいた。
「いつの間に戻ってきていたの?」
ヒロトは驚くサユミに靜かに答えた。
「戻ってきたというよりこの位置に押し出されてきただけだ、奴らは蟻地獄のに追い込むように時間と空間を俺たちにぶつけ導している……この建は、本社の高層階に似ている、次は學校か、病院か……公園かだな」
「それどういうことなんだ?」
僕はヒロトに聞いた。
「俺たちの誰かが存在していた場所を客人はその意識から再現している、ボウを除いてここにいるみんなが知っている場所だ」
「ここに呼ばれる前、あの柱のところで私の大切な方が亡くなりました」
人形の市松が近くの柱を指さした。
「マモルなのね」
サユミの弱弱しい聲を聞いても僕は何も聲を掛けることはできなかった。
「市松のマスターのことは上様だけの責任じゃない、ここでウロウロとしている方が無責任じゃ、先に進むしか目的の空間にはたどり著けぬ」
「うん」
僕たちはそれから無言のままエレベーターホールのの近くまで進んだ。
の開いていた場所にエレベーターの箱が扉を開けて待機していた。
「ほほぉ、ヒロト様のおっしゃっていた通り、客人の方々は私たちを歓迎してくれているようです、それも殺し、破壊する最高のおもてなしのために、皆様、いかがなされますか」
人形のセバスチャンは大げさに両腕を広げ、僕たちを仰ぎ見た。
「もちろん行くよ、向こうがこうしてってくれるのなら」
僕はそう言ってエレベーターに乗った。
「決まりだ……人形たち、奴らは途中で必ず襲ってくる、協働しろ」
ヒロトも僕に続いてすぐにエレベーターに乗った。ヒロトの肩の皮が盛り上がり、の姿の人形が上半だけ現れた。
「炸裂火箭ジュンビ、カンリョウシマシタ」
ヒロトの亡くなった妹に似た人形の『ツカサ』はシャンとは全く違った無な聲だった。
カエデやサユミも渋々ながらエレベーターに乗り込んできた。
作パネルには、下向きの矢印が付いているだけのボタンが一つだけ。
ボタンを押すと辺りの景が一変し、僕たちが卒業した學校の校庭になった。
あの時の夕焼け空ではなく、薄暗い雲のようなものが広がっている。
「予想した通りだ……奴らは、俺たちの記憶に侵食して空間を変化させている」
ヒロトの聲に僕はうなずくことしかできなかった。
校舎が中心から割れるようにして崩れ、小山ほどの大きなマネキン人形の顔が出現した。
頭髪がないその頭部に比してまつが長く、瞬きをする青い瞳をより不気味なものに見せた。
ツカサの火箭というよりもの矢が巨大な額の位置に刺さり炸裂した。
大きな裂け目からは脳髄ではなく、人の大きさのマネキン人形がこぼれるように落ちてきた。サユミの人形の『ラグ』と『市松』は舊式の拳銃のようなで人形の頭を正確に撃ち抜いている。
「シャン嬢はまだ手を出さないようですね、何か戦いに參加しない理由でもあるのですか?」
まだ戦いに加わらないセバスチャンは僕の肩に乗るシャンに気楽な素振りで話し掛けてきた。
「セバはそんなにわしのことが気になるのか?」
「ま、まさか、ただ儀禮的な會話を適當な存在に投げ掛けたにすぎません!」
「その割には何か盜もうと変なアクセスをわしに仕掛けてきておらぬか?」
「それはたまたま」
「ふん、噓をつけ、理由はお主と同じじゃよ」
「ふむ、なるほど、やはり、あなたはわたしと同じ一歩時代の先を行く能力をお持ちですね」
「一歩じゃない、なく見積もってもミリオンじゃ、歴然とした差は埋められぬ」
「シャン嬢のそういうところは可げない」
「わしは上様だけに好かれてればいいのじゃ」
二人の會話の意味は僕には分からない。セバスチャンは両手を後ろに組み、軽い足取りでカエデの方へ帰っていった。
「今の會話はどういうことなの?」
「セバもわしも、あのデカ頭の人形のルートに直接侵しようとしているのじゃよ、あいつのシグナルは今までの人形のタイプとだいぶ違っていて強力な力が介在している、でも、まだ、あの鳥の糞のようにポロポロと落ちてくる人形たちの子汚いノイズが微妙に邪魔をしてくるんでな、その様子見じゃ」
「そうするとどうなるの?」
「上様がもう一人のわしに會うことができる可能がより高くなる、それが創造主様の願いでもあるからのぅ、そこで……わしと……いや、上様のためにわし、頑張るから!上様もしっかりするのじゃぞ」
シャンはしだけ言葉を詰まらせたが、すぐにいつもの強気な口調に戻った。
それが僕の心を余計に不安にさせたことをシャンはどこかで気付いたかもしれない。
note+ノベルバ+アルファポリス+電子書籍でエッセイ、小説を収益化しつつ小説家を目指す日記
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