「ずいぶん厳重な包囲網ですね……」

タチカワ市立病院を中心にして一キロメートル以の範囲は現在隔離地域とされ、警察による厳重な警戒網が引かれていた。その中を黒塗りのリムジンが進んでいく。人々は何事か、とそのリムジンの車を覗こうとするが車はよく見えない……『どこかの大臣でも來たのか？』とか『アメリカの外でも來ているのか？』など邪推する人たちもいたが、警察によりその場から引き剝がされていく。

私と悠人さんは青山さんの運転するリムジンに乗っていた。私は窓際に座っているが、悠人さんは一人で二人分くらいの席にだらしなく座ってナッツを食べている。そういうとこ見せてるとモテねえぞ、と心呆れるものの本人は気にもせずにナッツを放り投げては口にれている。

「一応降魔被害(デーモンインシデント)は世の中には大っぴらに知られていないことになっているからねえ……こうでもしないとあっという間にインターネットに拡散！　ってじだもんな」

悠人さんはアハハ、と笑って片手で持ったエナジードリンクを一口飲む。このエナジードリンク、結構匂いがきつくて個人的には苦手な飲みだ。疲労回復・覚醒効果があるとか話しているが、そんな添加の塊を飲んで平気な顔しているのもどうかと思っている。

私は呆れたようにため息をつくと、リムジンの窓から空を見る。闇夜の中に大きく月が浮かんでいる。この世界でも月はしい……そういえば、子供の頃に月にはウサギさんが住んでいるんだよ、とお父様に教えられて以來、私は月の中にいるウサギを目で探してしまう。

ああ、今日も綺麗にウサギさんが見えている……しい夜だ。

病院のり口には警察車両が止まっており、ゆっくりとリムジンがそこへ橫付けされる。どこの大臣が來たんだ、と訝しがる警察たちは、リムジンから二人の人が降りてくるのを見た。

一人はヤクザ、いやチンピラにしか見えない……金髪を短く刈り込んで、スーツをだらしなく著た頬に大きな傷跡のある男。

そしてもう一人が降りてきたときに警察たちは驚きのあまりに目を見張った。夜風に吹かれてさらさらと流れる長い黒髪は夜の闇を凝したような輝きを、この世界に神がいるのであれば嫉妬するであろうしい整った風貌、大き目の、らかな首筋、膝よりし短いスカートから覗く白い素足、雰囲気にそぐわないゴツいブーツ。そして鞘に収められた長めの日本刀を腰に刺した、制服姿の子高生がその場に立っていた。子高生が！？　なんでこんな場所に。

「あー、ここの代表の人いますー？　ＫｏＲＪの墨田ってもんですが」

チンピラ風の男が分証と思しきカードを提示して、張なく警察に尋ねる。ＫｏＲＪ？　ああ、あの國際団？　それが何の用だろう？　と考えるも、その場にいた刑事の一人が慌てて走り寄ってくる。

「あ、こちらで。ＫｏＲＪからの応援ですね！」

不審がる警察を目に、チンピラ風の男と子高生は刑事に連れられて病院のり口へと歩いていく。警察の橫を通った際に、子高生の長い髪がフワッと巻き上がり、その一連の作は神々しいまでのしさをじさせた。思わず見惚れてしまう警察たち。

「ありゃあ……一何者なんですか？」

二人を案して戻ってきた刑事に警察の一人が尋ねる。刑事はタバコに火をつけて、一と吹かしすると警察を見ずにこう答えた。

「聞かねえほうがいいぜ、世の中には知らぬ存ぜぬを決め込んだほうがいいこともあるんだ。忘れな……」

電源を落とされ、予備電源の暗い照明で照らされた病院の中には、前世で何度も嗅いだ匂いが漂っている。死臭……人(ゾンビ)とか食鬼(グール)とか、死霊(レイス)とかまあいわゆる死霊系の魔の討伐の際に散々嗅いだ。

前世では慣れっこになってしまったが、この強い匂いは正直嗅覚がおかしくなりそうだ……ということで制服のポケットにっていた布製の黒いマスクをつける。これだけでも多嗅覚への攻撃はマシになってくれる。

「あ、いいなー。俺もマスクしいなあ、そうだ！　今つけてるのを俺にくれてもいいんだよ？」

悠人さんが羨ましそうな顔でこちらを見てしれっとセクハラしてくるが、無視してそのまま周りに注意を払う。

「ねえ、燈ちゃんと間接キスしたいんですけど？」

あー……はいはい無視無視、私が軽く手を振ると悠人さんは殘念そうな顔でがっくりと項垂れる。

死臭がしているということは亡者(アンデッド)が発生しているかもしれない。不死者(アンデッド)を生み出せる、ということは……吸鬼(ヴァンパイア)や不死の王(ノーライフキング)がいるかもしれない。

KoRJの記録では過去に數回出現しているということだが、理で毆って倒せるものだろうか？　前世では祝福された武が必要だったんだっけ……細かいところまでは思い出せないな。

うーん、と考えながら病院を探索していく。病院とはいえ、いきなり敵に出くわすことはないだろうと考えていた矢先、とある病室のドアを開けた瞬間に、目の前に顔中が皺だらけになり、鋭い牙と虛な目をしたく死……食鬼(グール)が立っていた。

院患者が食鬼(グール)化したのだろうか、まだ原型は留めているものの、甚平風の患者著のあちこちにの染みがこびり付いている。その橫には同じように看護婦がいて……こちらも食鬼(グール)と化している。二人ともこちらに気がついたのか、人の匂いに興したうめき聲を上げながら、ノロノロと歩いてくる。

「遅くなって……ごめんなさい」

謝罪とともに鯉口を切り……一撃で食鬼(グール)二を両斷する。

上半が地面へと落ち、虛な目がこちらを見つめている。かないのを確認して、気になってもう一度見ると……看護婦食鬼(グール)のに手書きの名札で「もののべ」と書かれているのに気がついた。

文字は子供が書いたかのように歪で、辿々しいものだった。子供がいるのか……私たちがもうし早く來れれば死なずに済んだだろうか？　立ち止まって名札をじっと見つめている私を見て、悠人さんがいつになく真剣な顔で聲をかけてくる。

「見るな、燈ちゃんがそいつの人生まで背負うことは無いよ……」

悠人さんがその死に火を付ける。食鬼(グール)は殘念ながらこのまま収容できないため、すぐに燃やす必要があるのだ。

そう……だな。前世でも同じ気持ちになったことがある。村ひとつが全滅し不死者(アンデッド)の拠點と化した事件、人改造で家族を合獣(キメラ)にしてしまった魔導士、食人鬼(オーガ)に支配されていた孤児院……もうし早く気がついたら、という悲しい気持ち。いつだって間に合わないものなのだ、とは理解している。とはいえ目の前で同じことが起きると、毎回この気持ちを味合わなければいけないのだ。

かなくなった死へせめてもの気持ちで一禮すると、私は刀を納めて部屋を出た。

「貴方たちを辱めた相手は必ず殺すわ、約束する……もののべ、さん」

悠人さんと私はその後も次々と現れる食鬼(グール)を殲滅していった。悠人さんの発火能力(パイロキネシス)と、私のミカガミ流剣……食鬼(グール)ごときで遅れをとるようなことはない。病院に巣食っている食鬼(グール)を次々と倒し、燃やし、あらかた捜査をしてみるも、これだけの量の亡者(アンデッド)を作った張本人が見つからない。

「地下……ですかね？」

「かもしれないねえ」

悠人さんと私は殘る病院の地下へと向かう。マスクを外してインカムで三階までの掃除が終わったと伝え、重ねて地下にはらないように連絡をする。

「了解、戰乙(ワルキューレ)。し聲が震えているけど大丈夫か？」

「え？　……そうですか？　大丈夫です」

がし昂っているのがわかる。

これは怒りとかではなく、敵を倒す時に生じた快のようなものだ……剣を生業としていた前世、私は敵を倒すことに喜びを覚えていた。だから……敵を斬るということに、源的な快楽をじていることは私自否定できない(サガ)のようなものなのだ。とはいえ聲に出るとはまだまだ私は未者だな、と嘆息する。

ちなみに戰乙(ワルキューレ)は私のコードネームだ。職員があまり表を変えずに、淡々としながら敵を斬っていく私を見て思いついたんだとか。

れてはいけない天界の乙、という意味も込めてるんだとかで、戰乙(ワルキューレ)をググって見た時に出た説明を見て、私もこのコードネームは心……結構気にっている。

「燈ちゃん、頬が赤いし息もし上がってるね。もしかして興してる？」

悠人さんが私の頬にしれっと指を當ててニヤリと笑う。彼の冷たい指の覚をじて一息整え……私はできるだけ冷靜に反論する。

「いえ、運したので心拍數が上がっているんでしょう。それと私のことはコードネームで呼んでください」

「えー、つれないなあ……よし、終わったら俺と一緒にもっと興することしようか？」

「コンプライアンス違反です、いい加減にしてくださいね」

この人は……いつだってセクハラを忘れない。前世の私だってここまで骨にやらないぞ？こうやって押しまくると落ちるがいたのだろうかと疑問に思う。子高生に嫌われる大人って今の世の中では案外悲しいものがあるのに。

「それと……ここですかね」

地下にある大手室。扉から異様な瘴気が溢れ出しており……じる、ここに事件を起こした張本人がいるのだろう。

ゆっくりと扉を開けて、私たちはお互いの顔を見て頷くと部屋の中へと進んでいく。

_(:3 」∠)_ 目の前に死が歩いてたら逃げ出す自信ある

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